28 ミュージカル

 劇場では、レオナルドが手配した王族や貴族専用の個室から観劇する。

 今日の演目は、現皇帝マゼランとサマンサ皇妃のなれそめを劇にしたとされる、例の黄色い悲鳴が上がるシーンのあるやつだ。

 レオナルドはソフィアに、精霊や帝国文化に触れてほしくて今回の演目をセレクトしたのだ。


 正面から劇場に入ると注目が集まってしまうため、事前に手配していた特別な入り口を利用することにした。

 それでも完全に人目を避けられるわけではなかった。


「あの方々は誰? オーラが違いすぎるわ」

「帝国のレオナルド殿下じゃない?」

「隣に立つ美少女はどこの令嬢だ?」

「学園で見初めたという噂のご令嬢かしら?」

「学園にあんなかわいい子がいて、誰も名前を知らないのか? ありえないだろう?」

「ねえ、あの子誰かに似てない? どこかで見たことがあるような」


 ひそひそしているようだが、結構聞こえるものだ。



 レオナルドとソフィアは注目を避けるため早々にボックス席に入った。

 この劇場では一番の特等席のため、舞台が正面からよく見えるし、ソファーやサイドテーブルなども最高級の調度品が備えられているのだ。


 レオナルドに促されて席に座るが、どうも二人掛けのソファーが小さめのようで肩がレオナルドに当たってしまう。


 劇場のソファーってこんなに体が密着するものだったかしら?


 ソフィアはドキドキが止まらな過ぎて、医者に診てもらった方がいいかしらなどと考えていた。


 レオナルドの指示で一回り小さめのソファーに入れ替えられているという事実は、ソフィアが知ることはないのだ。


 会場が暗くなると、レオナルドが少し姿勢を変えただけで、その動きがダイレクトに伝わってくる。


 これではお芝居に集中できないだろうと思いつつも、開演するとすぐにストーリーに引き込まれていった。人気作というのも頷ける面白さだ。


 そして、『いきなり壁際に追い込み情熱的に唇を奪う』シーンで、劇場内は興奮が最高潮となった。女性達のキャーという声がうるさいくらいに反響するのだ。



 だが、ソフィアだけは別の意味で衝撃を受けていた。

 帝国の現皇帝は、精霊が選んだ唯一の女性を本能的な衝動でこんな風に積極的に求めていたという事実に、だ。

 そしておそらく歴代の皇帝たちも同じような行動をしている可能性が高い。


 お芝居だから多少の脚色はあるだろう。でも……。


 自分の時はどうだったか……。


 初対面の時は、名前を尋ねられて、手首は握られたけど……それだけだった。


 二度目の時は、抱きしめられたが、あれはきっと震えていたソフィアを落ち着かせるための介抱に近い行動だ。


 今は『お互いの理解を深めたい』と称してサロンで交流をしているが、健全な距離でとお願いしたらそれが守られている。つまり理性で簡単に抑えられる程度なのだ。


 今日もデートと言われはしたが、いつか本物の唯一様とレオナルドがデートする時のための予行演習に付き合わされた可能性もある。


 つまり衝動的に求められることがなかったソフィアの存在は、『精霊が選んだ女性』だけど『妃となり得る唯一の存在』ではない可能性が濃厚ということなのだ。


 ……なんだか、胸が苦しい。


 一目ぼれのうえ、一途に愛されている歴代の妃たちがうらやましい。

 私も同じように愛されたい。

 でもそれは高望みなのだろう。


 ソフィアは自分がレオナルドのことを好きになっていたことにやっと気づいたのだ。


 恋心を自覚したと同時に失恋確定という事実が胸を締め付ける。

 いつか、彼がほかの女性を求めることが起こるかもしれないと思うと、それを近くで見て正気でいられる気がしない。

 そんなの無理だ。



「フィフィ!? どうした?」

 レオナルドから声をかけられて、ソフィアは暗い表情が出てしまっていたことに気づいた。


 レオナルドが動揺しているのがわかる。


 貴族令嬢として感情を顔に出さないよう教育を受けてきて身についていたはずなのに、レオナルドを前にするとコントロールできなくなってしまうのだ。

 それもこの恋心のせいなのかもしれない。


 これ以上好きになってしまう前に、会うのをやめた方がいい。


 私は、あなたのことが、好き。

 だから……今は距離を置きたい。

 ごめんなさい。


 ミュージカルのカーテンコールが終わったところでレオナルドに告げる。


「レオ様、しばらく一人で考えたいことがあるので二人で会うのは控えたいのです」



 レオナルドは動揺していた。

 いい雰囲気だと思っていたし、順調に距離を縮められていたと思っていたのだ。

 ミュージカルを観ている途中で表情が曇ってしまったソフィアを心配していたのだが、まさかこう来るとは思ってもいなかったのだ。


「フィフィ、なぜ……」

「今は……、私も混乱していてお話しできませんの」


 レオナルドにとってそれは絶望だった。

 あまりのショックにその日その後どうやってソフィアと別れたのかも記憶にない。



「ルイス、俺は何をしてしまったんだろう。フィフィに避けられるようなことをした覚えはないんだ」

「私にわかるわけがないでしょう」

「フィフィに会えなくなってしまうくらいなら、いっそ死んだ方がマシだ」


 だが、その日のやり取りを聞いても、距離感の問題はあるが、そこまで否定されてしまうほどのことはなかったのも事実。

 この世の終わりのように落ち込んでいるレオナルドを見て、ルイスとエマはなんとかしなければと思うのだった。

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