#5 part2

「ちょっと落ち着きました、はい。取り乱して申し訳ありませんでした。それでは気を取り直してハガキの方読んでいこうと思います。じゃあ八家さん引いてください」


 


 


 


「ふむ、そう来たか。中々面白い事を考えるね」


 


 


 


「うるせーよ。というかそれ言いたかっただけでしょ。とっとと引いてください」


 


 


 


「分かったよ、これでいいのかい?」


 


 


 


「あー、じゃあついでに読んでください」


 


 


 


「ふむ、中々面白い事を……」


 


 


 


「言わせねーよ? 諦めて普通に話せばいいんですよ」


 


 


 


 流石に二度目はない、黒鵜座がそれをとがめた。黒鵜座も分かってはいる事ではあるのだが、これが八家の自然体である。見て分かる通り、レパートリーが少ないのが課題だ。


 


 


 


「では小鳥のさえずりが如き魅惑のウィスパーボイスで読み上げるとしよう。ペンネーム『伊賀者T』さんから。『制球力を上げるためにいつもやっている事が知りたいです。特別ではない事のほうがむしろやりがいがあって目的を設定できるので、その意図についても教えてください』だそうだ。これは……制球力をある意味捨てている俺には風向きが悪いらしい。君に任せるよ」


 


 


 


「丸投げですか……いや確かに八家さんにコントロールのコツを聞くのは間違いだと思いますけど。かといって自分が何か他の人と変わった事をしているかというと、そうでもないんですよね。んー、例えば誰かに自分の投球を撮影してもらってそれを後で確認してもらうとか。何故こうなったかを自分の中で理解する事でコントロールも良くなるんじゃないでしょうか」


 


 


 


「いいんじゃないかい? この質問者が求めているのはツチノコやネッシーのような答えではないよ。むしろ野良猫のようにありふれた答えでいいのさ。きっとこれを見ている視聴者もそれで納得するんじゃないかな」


 


 


 


「微妙に分かりづらいですけど、それでいいって事みたいですね。後は先にコースと球種を予告して投げてみるとか、ボールの握りを色々試してみるとかそんな所でしょうか。効果というか、意図は言わずもがなですね。先に目標を決めて後から自分で採点したり、後はちょっとアプローチの仕方を変えてみたりすることでいつもとは違う視点で見られると思います。ってこれでいいんでしょうか」


 


 


 


「うん、それは良い答えだね。答えの数はあるに越したことはないから。そう、それはこの世の女性の数のように。宇宙にきらめく星のように、数多にある方がいいのさ」


 


 


 


 その言葉に、黒鵜座は眉をひそめる。言い方からしてそれは大丈夫なのか?


 


 


 


「そんな事言ってたら奥さん拗ねちゃうんじゃないですか?」


 


 


 


「う……それはまずいな。しばらく栄養価が高いからと言って苦手な食べ物ばかり食卓に並べられてしまう」


 


 


 


 へぇ、これは意外な弱点なんだなと黒鵜座は思った。どうやら八家にとって奥さんの話題をするのはいじりがいがあるのかもしれない。


 


 


 


「奥さんを怒らせたことがあるみたいですね」


 


 


 


「そういう事もあったさ。この前なんてデート中にうら若き女性が落とし物をしていたみたいでね。手伝ってついでにサインを書いてあげたら、姫君はどうやら立腹したらしい。その日の夕食は俺の苦手なレバニラ炒めだったよ」


 


 


 


「あー、レバニラ炒めって結構人によって好き嫌い分かれますよね。っていうか奥さん独占欲強いですね。なんかそういうの聞いたら自分はまだ独身でいいかなとも思っちゃいます。一人なら好きなもの食べられますしね」


 


 


 


 すかさず黒鵜座は独身マウントを取る。こんなものが無謀だなんてことは分かっている。だがしかし、黒鵜座にもプライドというものがある。もっとも、今は確実に必要ないが。


 


 


 


「それでも俺は彼女が好きだ。彼女の髪や、ちょっとした仕草、時折見せる無邪気な笑みとかがね。いくら長く、そして高く飛べる鳥であろうととまる木が必要だろう? 俺にとっての彼女がそれなのさ。それに、少しだけわがままな姫君だけどいつも俺の事を必要としてくれている。さすれば、俺も王子様にならないとね」


 


 


 


「ごっふぁ!」


 


 


 


 圧倒的なパワーの惚気話を前にして、哀れ黒鵜座の心は爆発四散した。勇猛と蛮勇は似て非なるものである。当然のように後者であった黒鵜座はまるで強烈なカウンターを喰らったボクサーのごとく打ちのめされた。よろよろと震えながら、何とか黒鵜座は言葉を紡ぐ。


 


 


 


「それは……よかったですね……夫婦仲が良いようで何よりです。かなりの愛妻家なんですね。僕もそう思える人に出会えればなぁ……」


 


 


 


「おや、まだハガキに続きがあるみたいだ。えーっと『イラつきを和らげるコツやおすすめのルーティーンを教えてください』だそうだよ」


 


 


 


「これはまた難しい質問が飛んできましたね。まず一番に大事なのはスタートです。野球においても日常生活においても最初の一歩が大切なんですよ。つまり何が言いたいのかというと、しっかりと早寝早起きをしろという事ですね。当たり前すぎてお前は何を言っているんだとなるのは分かります。けれど落ち着いてください。健康でないと出来ることも出来なくなってしまいますからね」


 


 


 


「必ず起きろmorning♪ そうすれば君はgrowing♪ 鳴らすよ決戦のgong♪ Yeah!」


 


 


 


「Foo~! 僕の言おうとしてくれたことを端的に示してくれてありがとうございます。いや後半関係ないなアホが! あっぶね、もう少しで騙されるところだったわ!」


 


 


 


「戦士と言えども息抜きが必要さ。君はもう少しゆとりを持った方がいい」


 


 


 


「いや誰のせいだと……まぁいいです。あとは実戦でのルーティンですよね。特に変わったことはしてないと思いますが、こう、ボールを上に投げてみる感じですかね。野球選手だからと言いますか、ボールを投げていれば自然と落ち着けるんですよ。自分はそれで冷静さを取り戻せますけど、おすすめかと言われるとあんまりですね。八家さんはどうなんです?」


 


 


 


「そうだね、俺は……マウンドに文字を刻むかな。今自分が求めているものを改めて形にして表すことで整理が出来るんだ。言霊というものの効果は不思議でね、そうすることで力が湧いてくるんだ。後は風景の写真を見るのはどうかな。肉眼ではないけれど大きな自然を前にすれば、自分の苛立ちなんて大したことないと思えるからね」


 


 


 


「……何か八家さんがもっともらしい事を言うとそれはそれで腹立ちますね」


 


 


 


「そう思うかい? ならそれはそれで仕方のないことだね。いくら血を分け合った兄弟だとしても道を分かつことだってある。他人ならなおさらね。でも俺たちの目的地は同じだ。であれば、俺たちはどこかでまた巡り合う」


 


 


 


「やめろマジで! 聞いてるこっちが恥ずかしさでどうにかなりそうなんですよ! 少年漫画かこれは! もういいや、コマーシャルの時間でーす!」

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