第1章02 大会への参加要請

「緊急事態、至急連絡求む」


 非常に無視したい。シンプルかつ面倒臭い用件であろうことがビシビシと感じられる。


 ただ、無視したところでこちらが返事するまでメンヘラのごとくメッセージが届くことが目に見えているので、俺は渋々ながら通話ボタンをクリックした。


 数度の呼び出し音ののち、元気のいい声が聞こえてくる。


「お疲れ~! いや~悪いなH4Y4T0、すぐに連絡もらえて助かるよ」

「いや弥勒さんからあんな文章届いたら気になって練習になんないっすよ。で、何なんすか?」


 声の主は弥勒さん。日本のプロゲーミングチームの最大手“Ragnarokラグナロク”のオーナーだ。


 昨年行われた第一回世界大会でも、Ragnarokはアジア代表の一角として出場している。


 結果は惜しくも3位だったけど、アジア最強チームとして国内で不動の人気を誇っていた。


 そんな超強豪チームのオーナーである彼だがその人柄は陽気で、32歳と一回り以上年の離れた俺ともまるで同級生かのような気さくさで接してくれていた。


「え~。気になる? どうしよっかなぁ~、教えちゃおっかなぁ」

「対戦ありがとうございました」


 クソ怠い反応に反射的に通話をぶった切ってしまった。すぐさまティロンティロンと着信音が鳴る。


 表示されるアイコンをジト目で睨みつけながら、俺は仕方なく通話を再度繋げた。


「ひどいよいきなり切るなんて」

「いや切るでしょ。30過ぎてあんな怠いことしないでくださいよ」

「お前…。言ってはいけないことをいったな! そんな捻くれた性格してっからいつまでたってもあと1人が…」

「用件を言えぇ! ほんとに切るぞおっさん!」


 いつものプロレスでジャブを放ちあい、弥勒さんは満足したのかようやく用件を切り出した。


「来月うちが主催するRagnarok Cupが開催されるんだけど、お前とSetoに是非参加してほしいんだよね」


 Ragnarok Cup。弥勒さんが主催するローカルのTriumph Bulletの大会で、これまで2回開催されている。


 所属しているプロやストリーマーはもちろんのこと、多数の人気配信者や各界の大物がゲスト参戦することで人気の大会だ。


 これまでも人気の俳優や声優、アイドルなどが参加し、ファンの裾野を広げる意味でも一役買っていた。


「誘ってもらえるのは嬉しいっすけど、俺らまだそんな知名度ないですよ?」


 言葉のとおり、俺たちは優勝した大会を機に配信活動を始めはしたものの、Ragnarokに所属するプレイヤーやほかの配信者達には視聴者の数が遠く及ばない。


 招待をもらえるほどの実績は持っていないというのが、話を聞いた時の率直な感想だった。だが、俺の反応を弥勒さんは笑いながら否定した。


「大丈夫だって。参加要件のMy TubeもしくはNowtterの登録者5万人以上ってのは2人ともクリアしてる。それに、話題性って点では全く申し分ない。なんせたった3試合で18歳以下の頂点を掴んだんだ。盛り上がるのは間違いないから頼むよ」

「う~ん…」


 興味がないわけじゃない。配信者としての活動に、今回の提案は願ってもない機会だ。参加をすれば、新規登録者もかなりの数が見込めるだろうし、ファンも増えてくれると思う。


 ただ、プロとして次の世界大会に向けて1日でも早くチームを固めたい現状を考えると、大会に参加している暇があるのかという不安を禁じえなかった。


「焦ってんだろ?」

「…まぁね」


 普段はガキっぽい人だけど、こういうところはさすがに全部門合わせて40人を超える大所帯をまとめるオーナーだ。こちらの思惑などは端から見透かされていたらしい。


「まぁ分かる。たださ、2人にとって絶対にいい機会だと思うんだよ。何より顔が売れるし、最前線のプレイヤーや大手の実況者とやり合えるのは刺激にもなる。メンバー探しにも役立つと思うんだけどなぁ。それに…」

「それに?」

「2人分の機材、高かったなぁ~」

「うっ….」


 痛いところを突かれた。弥勒さんは俺たちがTBSC(U-18)に優勝する前から交流があった。


 レート戦を俺とSetoで回しているときに偶然マッチングしたのがきっかけだ。弥勒さんからフレンド申請が来てRagnarokのオーナーと知ったときはホントに驚いたよ。


 それから何かにつけて交流が続き、大会を制したときにはプレゼントといってスポンサー企業のPCや配信のための機材を俺とSeto分贈ってくれたのだ。


 交流をするなかで俺やSetoのスタンスも理解してくれていたので、大会後にスカウトをしてくるわけでもなく、友人としての距離感で接してくれている。


 慣れない一人暮らしのなかですぐに配信者として活動を始められたのは間違いなく弥勒さんのお陰であり、そこを突かれるとどうしても無碍に対応することはできなかった。


「今順調に配信できてるのは誰のお陰だったのかなぁ~」

「それを今持ち出すのは汚いでしょ」

「うるさい! 大人は時に汚いことに手を染めることも厭わないんだよ!」

「キリっと言いきりゃ許されると思うなよ! …はぁ、まぁ実際弥勒さんには恩があるしね。わかったよ」

「お、マジか! やっぱ恩は売るもんだなぁ」


 こちらの返答を聞いて気をよくした様子の弥勒さんに、俺はただし、と注文を付けた。


「ただし、このことはSetoも相談してから返答させてほしい。俺としては前向きに話をするつもりだけど、俺の一存では決められない」

「もちろん。そこはよく2人で話し合ってくれ。説明がいるなら俺からもSetoに話すから」


「分かった。じゃあ今日配信始める前にSetoに話すから、何かあったらメッセ送るよ」

「了解。いい返事が来ることを願ってるよ。んじゃ突然悪かったね、ありがとう」

「お疲れ~っす」


 通話が終わり、今しがたの会話を反芻する。たしかに最近は焦りばかりが先にたっていたかもしれない。


 焦ってメンバーを決めても出せる結果はたかが知れているだろうし、いいことは何もない。それにいい機会なのは間違いない。


 人気が出てこそのプロだ。時計を見ると16時過ぎ。Setoは訓練場に籠っている頃だろうと考え、配信開始前に話をしようと考えた俺は、気を取り直してゲームに意識を沈めていった。


「いいじゃん。やろうぜ」


 配信開始前に俺の説明を聞いたSetoは、特に考える素振りも見せず即決で返答してきた。あまりの快諾に拍子抜けしたけど、


「顔が売れるし弥勒さんにも借りが返せるんだろ? H4Y4T0も乗り気ならやるだろ」


 らしい。何はともあれ了解が取れたので、俺はすぐに弥勒さんに参加の連絡を送る。弥勒さんからはお礼と追って詳細を伝えると返事が返ってきた。



 時刻は19時前。俺とSetoは配信準備を終えたところだ。俺の配信待機画面にはすでに1千人弱がおり、コメントでも配信開始を待ちわびた様子のリスナーが多数いる。


 軽くSetoと最終確認を行った俺は、19時になったのを確認して配信を開始した。


「こんばんは~、H4Y4T0で~す」

「Setoで~す」


 最初は緊張で心臓バクバクだったが、1か月ですっかり慣れた。最初はコメントを読むだけでわたわたしてたけど、コツを掴んでからは気楽にリスナーとやり取りできるようになっている。


「今日も今日とてレート配信やってきま~す」

「H4Y4T0、@1は?」

「見つかってないから野良に潜ろう」

「おい、探すって言ってたろ」

「しゃあないじゃん、あんなことがあったんだから」

「あ~、そういやそっか」


 俺とSetoだけが分かるやり取りに、コメントで何のこと~と質問が飛ぶ。


「いや今日色々あってさ、まだ言えないからもうちょっと待っててね」

「新メンバーの目星がついたとかじゃねぇから安心しろよ」

「できねぇよ!」


 俺とSetoのやり取りにリスナーも思い思いの反応を示す。コメントを流し読みしていると、待機中だったレート戦の準備が完了し、カウントダウンが始まる。カウントがゼロになると、使用する英霊選択画面へと切り替わった。


「そんじゃ行きますか。Seto、火力頼んだ」

「あいよ、指示は任せた」


 英霊選択が終わり、画面が更に切り替わる。Triumph Bulletは、ゲーム開始時にマッチングしたプレイヤーが飛行する輸送機から任意のタイミングで空挺降下してスタートする。


 視点を操作して後方を移すと、すでに飛び立ったプレイヤーたちの飛行軌道が航跡雲となって線を描いていた。


 その色のうちおよそ3割が漆黒。このゲームの最上位層、パンデモニウムのみが使用を許された軌道色だ。俺はミニマップを開き、目指す地点にピンを指した。Setoが威勢のいい声でリスナーを煽る。


「しゃあ行くぞぉ! お前ら準備はいいかぁ!」


 コメント欄でもリスナーが今か今かと待っている。タイミングを見計らい、俺は左クリックで勢いよく輸送機から飛び出した。


「「「ゲームスタートォ!!」」」


 俺とSetoの声とともに、コメント欄でも同じ台詞が一斉に流れてゆく。配信を始めたばかりの頃、弥勒さんのアドバイスで何かリスナーと共通の合言葉を作ってみることにした。


 気恥ずかしさはまだ抜けないが、いい感じにテンションが上がるので結構気に入っている。速度を調整しながら漆黒の軌道を描き、今日も今日とて化物どもとの潰し合いが始まるのだった。

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