第4話序列会議

「ヤクモが殺されただと?」


 円卓に座する5人の男女の内、スキンヘッドに龍と虎の刺青を左右に彫った20歳程の男が目を丸くして言った。彼こそが兄弟間序列1位にして、現在次期公爵の座に着いているイズモだ。次兄であるレイジを殺害し、その座を奪った男である。はち切れそうなシャツの下には筋骨隆々の肉体が隠れている。その右耳はレイジとの戦いで切り落とされており、額には大きな傷が横に流れている。


「ええ、ついでに私の母も死んだようですが」


 腰まで伸びた茶色い長髪の15歳ほどの目を閉じた少年が頷く。母親が死んだというのにまるでなんの感情も抱いていない様子だ。序列4位である彼、ツクモはヤクモと同じ母親を持つ同腹の兄弟だった。そろそろ夏も近づき、蒸し暑くなってきているというのに長袖長ズボンを着ている。その懐にはいくつもの暗器が隠されている事を知らない者はこの場にはいなかった。


「ってことは、この前何人か死んだから序列がまた変わるわけか」


 序列2位のロクロウが興味なさそうに言う。逆立った深緑色の髪に、両手には髑髏の刺青を入れている。上半身は裸で、その背には顔が髑髏の振り返っている女性の全身像の入れ墨が全面に入れられていた。さらに特筆すべきはその黒い眼球だ。彼によるとそれもまた入れ墨なのだそうだ。そんな彼はだるそうに円卓に頬杖をついている。


「ええ。序列11位のトウイチロウと12、13、14位のヒフミ、ヒミコ、ヒシミの3姉妹、それから16位のイロハですね。確か毒殺によるものと聞いております」


 ハヤトがヤクモを殺害する数日前に、5人の兄妹が暗闘の中で死亡していた。淡々と誰が死んだのかをツクモは報告する。


「あら、三つ子ちゃん達死んじゃったの? 少し残念。狙ってたのに」


 心底残念そうな顔をするのは序列5位のイオリだ。同性愛者の彼女は少女を甚振るのを好む生粋のサディストだ。腰まである赤毛の長い髪をポニーテールで纏め、濃紺の着物に赤い朝顔の模様が入った着物は大胆にはだけて肩が出ており、その大きな胸の谷間が強調されている。


「それで、殺ったのは誰なの? あそこにはカエンがいたはずだよね。そんなに強い相手だったのかな?」


 金色のツインテールの8歳ほどの少女が不思議そうな顔を浮かべる。彼女の容姿で特に目を引くのはその頭に二つついた猫のような耳だ。20人いる兄弟の中で最後に生まれた少女であり、その名をニトといった。幼いながらも才能に溢れ、実力で同腹の姉で9歳年上の序列3位だったシチカを殺してその座を奪ったのだ。


「調べた所ハヤトだそうです。どうやらカエンもあいつにやられたようですね」


 その名を聞いて、一斉に空気が張り詰める。その緊張感をもたらしているのが誰なのかを皆理解していた。


「本当にハヤトが動いたのか?」


 ドスの利いた声でイズモが尋ねる。


「え、ええ。その可能性が高いかと」


 緊張しながらツクモが答えた。その手はイズモから発せられる闘気で微かに震えていた。


「そうか。あのクソガキ、一年前に散々叩きのめしてやったのをもう忘れたのか」


 一年前、レイジを殺害したイズモをハヤトが襲ったのだ。容易く返り討ちにしたのだが、その額には大きな傷が出来た。残念ながら殺そうとしたもののレイジとの戦闘で疲弊していた彼は止めを刺さずにその場を去った。その後、序列上位が下位を殺す事が禁止された為、手を出したくても出せなかったのだ。このルールは生まれが早いと言うだけで継承権を得る事を禁止する為でもあった。


「それで、理由はなんなんだ? ハヤトは継承争いに参加する気配なかったのに」


 そんなイズモを無視してロクロウが眠そうな顔を浮かべながらツクモに質問する。この張り詰めた空気の中でそのような態度が取れるのはイズモと同等の実力を持つ彼だけだった。


「どうやら理由は愚兄がフウカを犯したからのようです。全く、女で身を滅ぼすなど同じ血が流れているのか疑わしくなりますね」


「あら、フウカちゃん。食べられちゃったの? さっさと手をつけとくんだったわぁ。兄さんに遠慮して損しちゃった」


 のんびりした調子でイオリが言う。


「クソッ、あの豚が俺の獲物に手を出しただと?」


 不機嫌だったイズモが一層怒りの表情を浮かべる。


「お前らよく妹に手を出そうなんて考えられるな。悪趣味すぎるぜ。まあ確かに兄妹の中、つーかこの国じゃ、フウカの面が一番良いと思うけどよ」


 そんな二人を見て呆れたようにロクロウが言った。上位序列の5人の中で、見た目は最も異質だが、一番話が通じるのも彼だった。そのため序列下位の者達とも比較的に仲が良かった。だからと言って序列争いに参加し、自分の敵となるならば殺害する事を躊躇わないのだが。


「チッ、手垢がついた奴はもういらねぇ」


 吐き捨てるようにイズモが言う。


「相変わらずの処女厨ねぇ。それじゃあ私がもらっても良いかしら。あ、でもトウシロウも狙ってたから急がないと」


 まるで物のようにフウカについて話す事を誰も非難しなかった。彼らにとって下位序列の者達は人間ではないのだ。唯一彼らに優しいロクロウでさえ、その優しさは愛玩動物に向けられるようなもので、肉親の情によるものではない。


「それで、序列はどうなるの?」


 年齢の為、年上の兄達がなんの話をしているのかいまいちピンときていないニトが尋ねる。


「まず、ハヤトの位置をヤクモと入れ替えるかを考えなければなりません。それ以外は繰上げでいいと思いますが」


 ツクモの提案にそれぞれ頷く。正直な所、彼らにとって下位の序列がどのように変動しようがどうでも良い事なのだ。重要なのは自分より上の序列の者達を如何にして殺すかだけだ。


「では新しい序列は以下のようにしましょう」


 そう言ってツクモは表を作る。継承争いには当事者しか関与出来ない為、こうした物も自分達で作らなければならないのだ。下位序列の者に任せても良いのだが、情報は常に自分達だけが持っている事に意味がある。態々誰が上に上がり、誰が死んだのかなど下の者達に伝える必要はない。


   序列 年齢 誕生順 性別

イズモ 1 21   1 男

ロクロウ 2 18 6 男

ニト 3 8  20 女

ツクモ 4 15 10 男

イオリ 5 19 5 女

ミツバ 6 20 3 女

ヨツバ 7 20 4 女

ハヤト 8 12 16 男

トウイチロウ 9 14 12 男

イチゴ 10 11 17 女

イクミ 11 9 19 女

フウカ 12 15 9 女


「しかし、親父殿も性格が悪いぜ。奴隷の子だとはいえ、ハヤトとフウカに誕生順の数を付けてやらねえとはな。そのせいで9番目から名前がグチャグチャで分かりにくい」


 フウカとハヤトはそれぞれ9番目と16番目に生まれた子供であり、それにちなんだ名前が付けられるのがこの家での普通のはずだった。しかし、彼らは奴隷の子であった為、そのルールが適用されなかった。結果ロクロウの言うようにツクモから誕生順と名前が分かりにくくなったのだ。


「取り敢えずハヤトがヤクモを殺ったのはフウカの為か、それとも継承戦に乗り出したのか、それが分かるまで様子見といった所ですかね」


 カエン程度ならこの場にいる全員が容易く屠る事が出来る。しかし、ハヤトの実力がどの程度であるか未知数である為、慎重にならざるを得ないのが現状であった。


「ま、皆さんにいちいち言うまでではないと思いますが、お気をつけて」


 ツクモの言葉で今回の会合は終了したのだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜


「まだまだ闘気の練り上げが足りんな」


 ハンゾーの前にはボロボロになったハヤトが倒れて空を見上げていた。荒い息を吐きながらハンゾーを睨む。


「う、うるせえ」


 悪態を吐こうにも疲労しすぎて言葉が出てこなかった。二人はハンゾーの道場で朝から稽古していたのだ。


「何よりも集中が出来ておらん。『蒼気』の扱いには細心の注意が必要である事を忘れたか?」


 『蒼気』は常人が辿り着ける闘気の最終形とも言われており、その力は想像を絶する。闘気はその練度によって色が変わる特徴がある。初めの状態は白に近く、徐々に黄色へと変化して行き、そして完全に蒼となる。さらにその先に『紅気』と呼ばれる闘気もあるのだが、歴史上其処に辿り着いた者は数人しかいなかった。ハヤトの師匠であるハンゾーも『紅気』の習得を目指しているが、未だ発動に至っていない。


「扱いを間違えたら死ぬんだろ? 分かってるって」


 ハヤトが口を尖らせて言う。『蒼気』は身体エネルギーを際限なく消費する為、上手く活用出来なければ死に繋がるのだ。ハンゾーはその力を指導する上で何度も口酸っぱくハヤトに伝えてきた。


「……何があった? 今日のお前はまるっきり集中できておらんぞ?」


 その質問にハヤトは押し黙る。


「……殺ったのか?」


 ハンゾーは半ば確信しながらもハヤトに聞いた。


「……ああ。殺った」


 ハヤトは短く答えた。その意味をハンゾーは理解する。継承戦に参加する意思を他の兄弟達に示したという事だ。幸いな事に下位序列の彼は上位から狙われないはずである。ただ最下位であった今までならば誰も彼を狙いはしなかった。しかし事ここに至ってはその状況は崩れ去る。


「何番目だ?」


「8。ヤクモだ」


 ヤクモがどんな人間か、ハンゾーも知っていた。戦闘力もなく、怠惰で女に溺れる男だ。戦う価値もない。それなのに、誰にも狙われず力を蓄えられる地位を捨てて、彼を殺害したという事が示す意味は一つ。姉のフウカか母親のレイカが傷付けられたのだろう。


「そうか。聞くまでもない事だが、その意味は理解しているな?」


「ああ、十分にな」


「ならば何も言うまい。お前の師としてお前が生き抜く力を授けるだけだ。と言う事で修行は今の倍、いや3倍にするぞ」


 そう言ってハンゾーはニコリと笑った。


「え゛?」


 それを聞いたハヤトは苦い顔を浮かべた。

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