15日目(月曜日 仮)薪ストーブの部屋の午後「マクシム・ゴーリキー」




「本を読め」


 黒い服の男は昨日そう言った。


 先週の日曜日にベッドにこの本が置かれた日以来、私はその本を手に取った。

 小さい活字で1ページに三段印刷されたマクシム・ゴーリキー全集を私は白い部屋に持ち込んでみようと思った。あの部屋ならもしかして読む気になるかもしれないと思ったからだ。

 

 いつもの通り、毎日違う複雑な経路を歩いて白い部屋に向かったが、厚さが5センチもある全集を持つ手がだるくなるのを感じた。


 着かなきゃいいのに、とうとう、白い部屋に到着してしまったので、私は、木製の椅子に座って、覚悟を決めて最初のページを開いた。

 全集の最初のお話は「どん底」という題名が付けられていた。

 老眼が入った眼鏡でも、文字がぼやけるので、私は眼鏡を外して、ちょうど良い眼との距離を取って本を読み始めた。


 読み始めてすぐ、元々、私は、洋書が苦手でだったのではないか、と薄らぼんやり思い始めた。なんと言っても、片仮名で書かれた登場人物の名前が覚えらえないのだ。一場面に、2人か3人くらいまでなら主語と述語が一致するものの、それ以上の登場人物が出てくると、主語の無い語りだとなおさら、誰が言っていることなのかわからなくなり、再び、数行さかのぼって読み直さなければならなかった。

 しかも、「どん底」という、題名を見ただけでも半ば意欲が失せるというのに、このお話は登場人物が多い戯曲らしく、最早、主語は無視して、述語だけを読み進めていかなければならない状態になった。



 私は、すっかりあきらめて本を閉じて床に置いた。


(なぜに、あの黒い服の男は、私にこんな本を読ませたいのだろう)


 もしかして、あのお話を最後まで読みきれば、黒い服の男の言わん足ることを理解できるのかもしれないが、主語を無視した述語読みではとても読み進めることは無理であろうと思った。

 いわんや、お話の意味を無視して活字だけを目で追って最後まで読み切ったとしても、黒い服の男に読後の感想を求められたら、とても答えられないだろうことは明らかである。


 

 私は、木製の椅子に浅く座って、両脚を伸ばし、背もたれに体重を預けながらいつの間にか深い眠りに入っていった。





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