第六節 みんなでおやすみなさい

「……どうしてこうなったのじゃ」

 お風呂上り、女王様の寝室にて。

 女王様はそれはそれは深いため息を吐いた。

「ワタシも知りたいんだよ。これはワタシへのご褒美のはずなのに……」

「やかましい。お主をヒカリと二人きりにさせてたまるか」

「何も変なことなんてしないんだよ。ただの添い寝を頼んだだけなんだよ」

「はっ。お主のほざくことなんぞ信用できるものか」

「やれやれ、嫉妬深い女王様には困ったものなんだよ……」

 と、寝間着姿で口論をする二人。

 ソーンは普段着が寝間着のようなものなので、見た目にあまり変化がないけど。

「いやー、愛されているね。ヒカちんよ」

「こういうときって喜べばいいのかなぁ……?」

 苦手なお風呂に我慢して入ったソーンが要求した『ご褒美』とは、添い寝。私に寝かしつけをしてほしい、とのことだった。

 彼女がご褒美だなんて言うからどんな無茶ぶりをしてくるかと身構えたものだけど、その程度のことならお安い御用だ。

 で、二つ返事で引き受けようとしたところ、女王様から待ったが掛かったというわけだ。

「愛されていると思うぜい。女王様は強欲で、自分のものが奪われるのが大嫌いなので。つまりヒカちんはめでたく女王様のもの認定されたわけです」

「なるほど……」

 物扱いはどうなのかって感じだけど、島の一員として馴染めているってことなら嬉しい。

「ああして怒っているのはヒカちんをソーンちゃまに取られるのが嫌、イヤイヤ期なわけですよ。ヒロインは大変だね、うん」

「おい、ニエーバ。何を勝手なことを言っておるか!」

「うひゃあ。ぢごくみみ」

 そんなわけで女王様は、私がソーンと二人きりで寝ることが気に入らないらしい。

 それに対して私は、もう三人揃って寝ましょうと提案した。寝かしつけるのが二人に増えようが大して変わらない。

 ただ──。

「ヒカリばっかりずるいのです! 自分も女王様と一緒に添い寝がしたいのです!」

「はいはい、もう、みんなで寝ましょうねー」

 お風呂上りにそんな話をしていたら、こうして女王様ラブのパラヴィーナも突っ込んで来たので、もういっそのことみんなで一緒に寝てしまおうということになったのだった。

 これだけの人数が同時に寝られるのは、王宮で一番大きな女王様のベッドでなければ不可能。そんなわけで私たちは半ば強引に女王様の寝室に押し掛けた。

 なんだか修学旅行みたいな……いや、どっちかというと子どものお泊り会みたいな感じかも。

 そういえば、女王様って寝姿を見られるのを異様に嫌っていたはずだけど……こんなに集まって大丈夫なのかな?

「パラちゃんは女王様が寝ている姿って見たことある?」

「いえ……そう言われてみると、見た覚えがないのです」

「付き合い長そうなパラちゃんでもそうなんだ?」

「むむっ、なんですかその言い草は! 自分を馬鹿にしているですか!?」

 まずい。地雷を踏んじゃったみたいだ。

「まぁまぁ、ミルクでも飲んで落ち着いて~」

 そこへ割って入ってきたのはメイド長のプルート。

「んむ……。なんかこれ、すごく美味しいのです!」

「フルーツ牛乳って言うのよ~。ヒカリちゃんが教えてくれたの~」

「はわ~。ヒカリは物知りですごいですねぇ~」

 大好きな果物の、新たな食感を口にしたパラヴィーナはすぐに笑顔を取り戻していた。ころころ表情が変わる子だなぁ……。

「しかし、ボクやプルートまで一緒に来る必要はあったのだ?」

「んー、まぁ、せっかくだし……」

 ソーンと女王様と、羨ましがっているパラヴィーナはともかく。ヴルカーンやプルート、ニエーバまで一緒に寝る必要はなかったかもしれない。

 まぁ、一緒にお風呂にも入ったことだし。このまま流れでってことで。

「それに、こういうのってあんまりやらないだろうし、結構楽しいじゃない?」

 流れでこんなことにはなったけれど、なんだかんだで少しテンションが上がっている。

 こういうのはいくつになっても楽しいものだ。

「確かに……。竜が身を寄せ合って寝ることなどあまりない経験なのだ」

「なんだかわくわくしちゃうわね~?」

「自分はいつも遅くまで起きているので、こんな時間に眠れるかどうか不安なのです」

「大丈夫大丈夫。ストレスと無縁なパラちゃまならすぐ眠れるって」

「うん? これって褒められているですか?」

「いや……馬鹿にされているのだ」

「ニエーバっ!」

「キミたち、どうでもいいけどヒカリ君の隣で寝るのはワタシなんだよ。みんな引っ付きすぎなんだよ」

 私の前で、横で、小さな子たちがわちゃわちゃと騒ぎ出す。気分が高揚しているのは私だけではなかったようだ。

「あー、やかましい! 寝るのならさっさと寝るぞ!」

 苛ついた女王様が一喝し、不貞腐れたようにベッドに寝転がってしまった。

 なんだかんだで寝室とベッドを貸すことを許容してくれたものの、心中あまり穏やかではないのかもしれない。

 これ以上変に刺激をしないように、みんなでベッドに入って横になることにする。

 中央には女王様、その隣に私。逆側にはソーン。パラヴィーナやヴルカーンたちはその外側に各々並んだ。

 私を含めて七人。私以外みんな小さいのもあるけど、みんなが一列に寝転がっても余裕があるのは、流石はクイーンサイズのベッドだと言える。

「ヒカリ君。せっかくだから、眠くなるまでキミの世界の話を聞かせてほしいんだよ」

 端の方が落っこちていないか目配せをしていたところ、隣で横たわるソーンと目が合う。

「わざわざ話すような、面白い内容なんて無いけどなぁ……」

 急に話題を振られても特に思いつかない。そういう鉄板ネタとかを持っているわけでもないし。

「何でも良いんだよ。キミの話を聞きたいだけなんだよ」

 うーん……。何でも良いと言われると逆に困るなぁ……。

 あ、そうだ。

「じゃあ、童話とかどうかな?」

「童話?」

「私の国の昔話みたいなもの」

「なるほど。是非とも聞かせてほしいんだよ」

 童話ならあまり考えずとも話せるし、寝かしつけにもぴったりなはずだ。

「昔々、あるところに──」

 使い古されたフレーズを口にして、聞き語りを始める。

 とりあえず、ストーリーもよく知っている『桃太郎』を語ってみるとしよう。



    ☆



「……というわけで、みんな幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」

 話し始めてから数十分後。

 二、三本目の話が終わったあたりで、みんなの反応はなくなっていた。

 途中まではあれこれ内容に口を挟んでいたソーンはすっかり寝息を立てているし、女王様も背中を向けていて顔が見られないが、反応がないのはもう寝ているということだろう。

 外側の方に目をやると、パラヴィーナたちもあまり動きがない。どうやら寝入ってしまったようだ。

「んー……。っと、私も寝ちゃおうかな」

 ひとつ伸びをして、改めて横になる。

「おやすみなさーい……」

 寝ている子を起こさないように小さな声で呟いて、静かに目を閉じる。

 ……ああ、今日もよく眠れそうだ。

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