Case.3-1 ショーケース

『今日も来ない…』


 私は、あの男の人を思い出す。



 ここは、東京都の外れにあるショッピングセンター。

 先月、一駅向こうに映画館やホームセンターも兼ね備えた大型モールが出来てからは、土日でさえ駐車場はガラガラという有様だ。


 『ペットショップ・ミーツ』、犬や猫を扱う専門店。

 すでに就職して三年も経つのか…。来店客がガクンと減ったので、なんだか余計なことも考えてしまう。ペットショップの厳しさや切なさなど、忙しい時は一度も思わなかったことが、今は胸の奥にずんと鎮座している気がする…。


 あー、先月も、長く売れなかった猫が二匹いなくなった…。

 店長には、あえて聞いていないが、あの猫たちはその後どうなるんだろう?もしかして、殺処分とかされているのではないだろうか?もっと販売価格を下げたらあの子達にも温かい家庭で暮らせるようにはならなかっただろうか?そんなことを考えていると、一匹の茶色の虎模様のメス猫、ナミと目が合った。


「この子の名前どうする?」


 通常、ショーケースに入れている動物たちには名前が無い。だが、スタッフ同士の間では、あだ名で呼び合うために閉店後、みんなで名前を考えるのが通例だ。このメス猫が入ってきたのは約三年前だったっけ。顔が『並』だったので、「ナミ」と名づけられたのだ。

 人間の世界で、並の顔を持つ私は、彼女の事が何故か他人事とは思えなかった。もう少しこの子に愛嬌があればいいのに…。なんで、興味を持ったお客さんに抱かれた時、ごろごろと喉を鳴らしデレデレしないんだろう?なぜ、抱かれると『ウッー』とうなり声をあげてしまうんだろう。だから、ずっとこのショーケースに入ったままなんだよ。


『外に出たいよね。ご主人様に可愛がって欲しいよね。もっと可愛く生まれてくれば良かったよね。もっと女子力があったら良かったよね』


 私は彼女が入っているショーケースの前に立つといつもそう思ってしまう。自分と同じような彼女を見ると他人事とは思えなかった。

『多分、この子もいつの日か急にいなくなるんだろうか。可愛そうに…』そう思う度に、自分の事のように辛くなった。



 今日から梅雨に入りましたと可愛いいお天気キャスターが言ったのは六月の第二週の確か水曜日だったと思う。


 あれから、長雨が続いていて私の気持ちも下がり気味だ。

 いつも午前中は暇なのだが、今日は特にお客さんが来ない。朝から雨足が強いので仕方ないか…。

 私達スタッフは、誰ともなく在庫の補充やショーケース内の清掃をし始める。

 それは、私がナミを外に出して、ショーケース内を拭いている時だった。


「あの、すいません。その子、抱かせて貰ってもいいですか?」

「えっ!?」


 年齢を重ね身体が大きくなるにつれて可愛いいという雰囲気が薄くなっていく動物たちの人気が、目に見えて落ちて行くのは通例だ。だから、最近はナミを抱かせて欲しいなんてこと、全くなかったのに…。


「えっと、その子。ナミちゃんを抱きたくて」

「あっ、はい。では、まずはアルコール消毒をお願いします」


 声を掛けてきた人の顔をさりげなく見てみる。なぜ、ナミちゃんを!?という興味本位だったのだが…。


 その人は、どうやら職人さんらしかった。ペンキで汚れたニッカポッカのズボン、そう言えばさっきアルコール消毒をした時、爪の中にもペンキが付いていたっけ。


「はい。では、ナミちゃんです。どうぞ」


 私はゆっくりとその男性の腕にナミちゃんを置く。彼は、ナミちゃんを凄く優しい目で見つめている。その純真な瞳が私の心を射貫いた…、ような気がした。


「可愛いよな〜〜。俺、猫を飼いたいんですよ。ずっと一人暮らしだし。だけど、今はちょっと遠くの作業場なんで、泊まりがけってのも多いので。今すぐは無理なんだ。だけど、それが落ち着いたらこの子を家族に迎え入れたいなぁって」


「そうなんですか!?もし、ナミちゃんのことを気に入ってくれたのなら是非、この子を家族にしてあげて欲しいです。良かったね〜〜ナミ!!!」


 私は、ナミの頭を撫でる。

 なんだろう。すごく不思議だ。あれだけ、人に抱っこされるのがいやだったナミがうっとりしたような顔をしているではないか。きっと、この男性の事が気に入ったんだろう。


「えっと。それでは…」

「あっ、ごめんなさい。すぐに戻らないと先輩に叱られてしまう。また来ます」

「は、はい。お待ちしています。ありがとうございました」


 その男性のことは、私達スタッフの間では、ちょっとした事件になっていた。


「なんでナミちゃんなんだろうね?もしかして、虐待とかしないよね…」

「同じ値段だったら、くーちゃんの方を選ぶんじゃない?おかしいよね」


 みんなナミが選ばれたことを不審がっている。


「いくら並の顔でも、分かる人には分かるんじゃないですかね?」


 私が少しムキになって話すとみんなが「ごめんごめん。嘘だよ。ナミが売れた方が私達も嬉しいもの」と謝ってくる。


「ご、ごめんなさい!私、ナミちゃんには、いきなり消えてもらいたくないので、つい…」

「いいの。私達が悪かったわ。じゃあ、あの素敵な男性がナミをちゃんと貰っていくまで見守っていこうね」

「はいっ!」


 私達スタッフ全員、ナミが幸せになることを信じていたのに、それからあの男性は一度も店に来ることはなかった。




Case.3-2に続く



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