第37話 アルティメット

 砦を奪還してから四日目の昼。


砦の食堂での昼食時、

その日はたまたま、テーブルの座り方が男女に別れていた。

クルト、ヨエル、モモ、グアンが同じテーブルに座り、作戦の詳細を話し合いながら昼食のサンドイッチを食べていた。

その横のテーブルで、マルヴィナと二コラとミシェル。

「でもさあ、そんな長い間捕まっていて、よく無事でいられたね」

「僕たちは牢獄術も習得しているからね」

「看守を買収したって話?」

「衣類に常にそのための通貨を隠しているんだけど、それだけじゃないんだ」

「他にも方法があるの?」

「うん。代表的なのは色を使うことなんだけど……」

そこで二コラは少し言葉につまった。

「色を使うって、どういうこと?」

「うーん、例えば、その相手に、魅力的に見せるというか……」

「つまり?」

「つまり、相手に魅力的な部分を見せるというか……」

「魅力的な部分?」

いつの間にか、隣のテーブルの会話がストップしていた。

「それはちょっと言いづらいんだけど、……を……して……、するとその……を……」

二コラの声が小さくなり、マルヴィナとミシェルが顔を寄せる。

「え、うそ、……まで……するの!?」

同時に、隣のテーブルの四人の耳もややそちらに近づいた。


そのとき、

「マルヴィナ様ー! マルヴィナ様ー!」

エンゾが凄い形相で走ってきた。

マルヴィナの前に来て肩で息をしながら、

「ついに来ました! コンブです! 海から巨大なコンブがやってきています!」

「どうしたのエンゾ? 海の巨人がコンブで大事なところを隠しながら歩いてきているって!?」

「そうです! すぐご指示を!」

「わかったわ」

マルヴィナは立ち上がった。

「モモ!」

モモはすでに食堂の出入り口へ動き出し、マルヴィナの声に手で合図を返した。

「グアン!」

「御意……」

グアンも緊張した面持ちで立ち上がった。

「総員、第一戦闘配備!」

奪還後に、短時間ながらも何度も打ち合わせた通りに、それぞれが動き出した。


 南門の、左右の鎧戸が開かれた。

通用門から一人の人影。

そして、門の左右から、赤黒い色の巨人が一体づつ歩み出した。地面に降り立ち、いったん力強いポーズをとる。

「よし、海岸付近で敵を捕捉しよう!」

モモが二体の巨人と歩みはじめようとしたとき、

いつの間に砦に接近したのか、一人の人間が立ちはだかった。

派手なワインレッドのローブに、鳥のくちばしの付いた仮面。だが、そのローブは体にフィットして、その太い腕からもまるで魔法使いではなく格闘家のようだ。

「悪いが、その鉄の巨人、沈黙してもらう」

声からすると女性のようだが、その姿からモモは嫌な予感がした。

「そう簡単には止められないよ」

モモが集中すると、二体の鉄巨人は見た目以上のスピードで動き出した。

「ちぃっ!」

赤い鳥仮面は急いで下がりながら、呪文を詠唱して一度にふたつの火球を発生させた。

「やはりか!? でも……」

モモが恐れていたとおり、その女は火属性魔法を使用したが、

「でも、弱い!」

鉄巨人の二体ともが、腕でその火球を跳ね飛ばした。

「なんだと!?」

さらに火球を矢継ぎ早に繰り出すが、多少のダメージが腕にあるものの、巨人たちはすべて跳ね返す。

「うわあ!」

背後に大きな木、その根に足をとられかけ、巨人二体に挟まれ、完全に鳥仮面の女を追い詰めた。

その時、

天から光が射したように見えた。

「なんだ?」

いや、確かに天から光が射している。そしてその女や木や巨人たちを照らしている。

「もしや……、だめだ、下がれ!」

その瞬間、天から射していた光が濃くなり、そして、空間が破裂した。

「わああ!」

モモはとっさに地面に伏せて、爆風をやり過ごす。

そして顔をあげると、

それぞれ、右半身、左半身を失った鉄の巨人たちが、ゆっくりと倒れた。だが、女はまだそこにいて、女の体の周囲が赤く光っている。

「ファイアシールド。ファイアシールドは全ての熱を遮断する」

そして、さきほど発していた火球とは比べ物にならない火球がその手から発生し、モモ目掛けて飛んできた。

「こいつ……、実力を隠していた?」

その巨大火球をぎりぎりでかわしながら、砦へ走るモモ。砦南門の通用門が開いた。だが、まだ距離はある。

「これだと逃げ切れるかな?」

今度は女の周囲に無数の小さな火球があらわれ、そしてそれがモモを左右からまわりこむように飛翔した。

「はやい!」

逃げる方向から飛んでくる十は軽く超える火球。しかし、

「だめか!」

すべての火球が直撃する直前、モモの周囲が白い霧で包まれた。そして、直撃の瞬間、氷の壁が出現し、そして一瞬で消える。火球もその壁に吸い込まれたかのように消えていた。

「アイスシールド!?」

モモと女の口から同じ言葉が出て、

つぎの瞬間女の周囲の地面が白く変色しだす。そして地面が氷結するとともに、急所を狙った矢が砦方向から飛来した。

「どこだ!?」

すんでのところで矢を焼き落として、あたりを見渡しつつ下がる。

城壁の上の射手は一瞬見えたが、術者が見えない。気配はなんとなくある。

「いずれにせよ……」

女は鉄巨人を倒す任務を終えて退却するつもりではいたが、錬金術師は逃してしまった。

それはいい。しかし、

「この砦はなんだ?」

女は林の中へ消え去りつつ、ときどき砦を振り返って目を細めた。

「この砦が持つオーラ……、才能が集まっているのか?」

誰も追ってこないことを確信し、やや走るスピードを落とす。額の奥に隠れる第三の目に気を集中した。

「しかもほとんどがまだ覚醒前!?」

信じられん、これは、負けるぞ、と吐き捨てた。


 砦の中へ戻ったモモ、

通用門を入ってすぐに力なく座り込んだ。まだ息があらい。

「モモ!」

マントを裏返して姿をあらわしたマルヴィナ。ニコラも城壁から走り降りてきた。

「すまないマルヴィナ、アイアンゴーレムがやられた……」

「気にしないで、あなたが無事ならそれでいいよ」

モモの前でひざをついて手を取った。

「でも、巨大モンスターを止める方法が無くなった……、どうしよう」

めずらしく弱気になるモモ、

「何か方法があるはずだよ」

ニコラもモモの背中をさする。

「わたし、方法を探すから」

とマルヴィナが立ち上がろうとすると、脇に抱えていた屍道書が地面に落ちた。

そして、なぜかパラパラと勝手にページがめくれる。

「こ、これは……?」

三人で覗き込んだ。

「究極呪文?」

「これだよマルヴィナ!」

「え、でも使ったことないけど……」

「試してみよう!」

「わ、わかったわ」

恐る恐る、本に書いてある呪文の言葉を呟く。

「アー、ウー、ムー、冥界神ニュンケに帰依し、究極の奇跡に感謝する。超屍体召喚! 海から来る巨大モンスターをなんとかして!」

唱え終えると、

首にかけていたドクロのペンダントから黒い光が溢れ出した。

「なに!? これが呪文の効果!?」

しかし、それは数秒でおさまり、そのあとしばらく待っていたが、何も起こらない。

「効果が出るまで時間がかかるだけかもしれないし、待っている間にグアンたちと作戦を練ろう!」

モモも気持ちを切り替えたようだ。


 一方、ここは海岸近く。

「ふう、このメルクリオ様もたまには計算違いをやってしまうか……」

巨大コンブを巻きつけたモンスターは、鳥仮面メルクリオが期待していたよりも、ウミウシのごとく移動するスピードが遅かった。

砂浜近くの木をバキバキと巻き込んで、パワーはありそうだ。砦に到達すれば、間違いなく城壁を簡単に破壊できる。

「足をもう少しうまくイメージすればよかったか……」

だが、今さら作り直すのと、このまま侵攻させるのと、どちらが早いかという判断だった。

「いずれにせよ」

ルッジエロが到着するころには砦に到達するだろう、タイミング的にはむしろちょうどよい、かもしれない。

「いずれにせよ、今回の戦闘は訓練に等しい。ヒーヒッヒ」

強気に笑うメルクリオ。だが、

メルクリオの背後の海で、何かが海中からゆっくりあがってきた。それは、グラネロ砦の城壁よりはるかに大きなコンブのモンスター、それよりもはるかに高い位置に、その長い足で体を持ち上げつつあった。

パラパラと塩気のある霧雨が降りかかってきて、メルクリオは異常に気づいた。

「なんだ?」

海を振り返る。

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