第21話 グラネロ砦

 関係者全員が大広間に集められた。


マルヴィナが、上座の一段高い場所に玉座のごとく、木の椅子を置いてそこに座っている。そして、その横にヨエルが恐そうな顔で仁王立ちしていた。砦の住人たち二十数名ほどが、みな床に座ってかしこまっている。

「マルヴィナ、マルヴィナ」

ヨエルが小声で話しかける。

「なによ」

「いつまでこの顔続けたらいい?」

「もう少し頑張って」

「マルヴィナ様」

ここの頭領格であったエンゾが話しかけてきた。マルヴィナは鞘に入った護身用の剣を手に、椅子にふんぞり返っている。

「マルヴィナ様、まず、このたびは大変失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした。また、そのようなことをしでかした我々の命を奪わずに済ませていただいたこと、誠に感謝いたします」

そういって、エンゾは手をついて頭を下げた。他の者もそれに習う。


「さて、我々からひとつ提案がございます」

マルヴィナが手に持った剣で続けるよう促す。

「ぜひ我々の、かしらになっていただきたい」

「はあ?」

マルヴィナとヨエルの口から同じ言葉が漏れた。

「いかがでしょうか、悪い話ではないと思います。お見受けしたところ、それほどお忙しいご身分でもなさそうですし」

「何!? 私が無職の暇人とでも言いたいの?」

「あ、いえ、そういう意味ではございません」

「ちょっと待った、さすがにそれは……」

ヨエルが何か言おうとしたのを、マルヴィナが紫色の鞘に入った護身用の剣で遮った。

「わかったわ。だけど、私の将来にも関わる話だし、少し考えさせてくれるかしら」

そういって腕と足を組んで、自分の手下となる連中をやや睨みつけるように、値踏みするように眺めまわした。眺められている側は、思いつめたようにマルヴィナのほうをジッと見ている者や、下を向いて俯いてしまった者もいる。

「盗賊になるかは置いておいて、果たしてこの者たちと一緒に何かできるかしら」

そのようなことを考えていると、


「ううっ」

一人の男がついに泣き出した。

「我々がこの砦に入ったのはほんの三か月前で」

エンゾが語り始めた。

「我々は見た目こそそれっぽくなりましたが、元々は町民や農民。それが、能力が無かったばっかりに、職を失くして、家を失くして、行くところもなく」

そこまででエンゾも言葉に詰まってしまった。

それを見て、少し横を向いて片方の手で顔を覆うヨエル。思い直したように顔をあげ、

「そうか。ここにいらっしゃるマルヴィナ様は、能力の無い君たちの気持ちがようくわかる。必ず……」

「ちょっとヨエル、待ちなさい」

ひと呼吸置いて大きくため息をついたあと、

「まあ、わかったわ。ここは私、神聖屍道士マルヴィナが力になりましょう。ただし、盗賊団ではなく、もう少しあり方を考えたいわ。それと、サポートしてくれそうな人間にもさっそく声を掛けましょう」


「おお!」

男たち全員が顔を上げ、目を輝かせてマルヴィナのほうを見た。

「おかしら!」

「おかしら!」

「おかしら! おかしら!」

「ちょっと、ほら、あんまり近寄らないで」

興奮して寄って来た男たちをいったんなだめて、

「まずは、モモ・ナクラーダルに急ぎで使いを出しましょう。まだビヨルリンシティにいるかもしれない、誰か、馬を操れる者はいるかしら? あとは残ったもので、さっそく砦の整備をはじめましょう」

「おう!」

「使者に適した者が、ここにおります!」

馬術に長けた者がすぐさま手を挙げる。

そして皆、目を輝かせて行動を開始した。

「じゃあ、わたしたちもさっそく砦の中を見てまわろうかしら」


 数十分後、マルヴィナとヨエルは案内の者と一緒に砦の屋上に来ていた。

「いい景色ね」

ついさっきまで牢やの中にいたマルヴィナにはどんな景色もいい景色に見えたかもしれない。

「ほら、こっちの南西の方角に大海が広がっていて、逆側は大陸が広がっている。今日は天気もいいし、遠くまでよく見えるよ」

そう言うのは、案内役をしてくれたエマド・ジャマル。黒い肌に縮れた毛、年齢はマルヴィナたちとあまり変わらず、気さくであまり気を使わない性格のようだ。

「このグラネロ砦は、けっこう最近に作られた砦で、意外と最新式なんだよ。そこにマルヴィナとヨエルがいてくれるなら、本当におれたち心強いよ」

腰の高さまである屋上の石壁を握りこぶしでとんとんと叩くエマド。

マルヴィナは彼らのようなほとんど素人の集団にあっさり捕まってしまった。しかし、このエマドもマルヴィナをリーダーとして認めてくれているようだ。

「でもさあ、なんでこんな最新の砦が数か月前から廃墟になってたのかな?」

ヨエルも頑丈な石壁を足で蹴ったり手で押してみたりしながら言った。

「そうねえ」

マルヴィナが手をあごにあてて考えてみるが、よくわからない。

「おれからしたら、マルヴィナやヨエルのようなすごい人たちがおれたちを助けてくれたのもよくわからない」

マルヴィナはエマドからそう言われても、自分が冒険者大会で敗退したり、魔法学校の編入試験に落ちて、自分こそ社会から蹴落とされてしまったということはさすがに言えなかった。


 その夕刻、

二階建て構造の砦、その一階の食堂広間で夕食の準備をしていた。

「カロッサ国、モモ・ナクラーダル様が到着されました!」

門の見張り担当がやってきて、大きな声で告げた。

その後ろから、大きな荷物を背負った旅装のモモが入ってきた。

「やあ」

「モモ!」

「僕も夕食に参加させてもらうよ」

「もちろんだよ!」

モモはいったん持ち物を置きに、案内されて部屋へ向かった。

広い食堂。

そのほんの一角のテーブルを使って、料理が並べられていく。パンとチーズ、近くで採れた野菜のサラダにスープ、酒はなく、とても質素な夕食だ。見張りや門番を除いた全員が座るが、なぜか人員も三十人ほどになっている。

「近隣にまだ隠れているものがおりまして……」

エンゾによると、そういうことのようだ。

「豊穣神ココペリよ、本日の収穫に感謝します」

エンゾの号令で全員で手を合わせて祈りの言葉を述べ、食べ始める。

「うまい」

質素だが、何か特別な感じがしてうまい。自分たちの砦で食べるからだろうか。

「パンはここで焼いたものもありますが、食材は近隣の農家から貰って来たものが多いです」

しかしそれでも旨い。食べ終わった者たちの会話が盛り上がって来た。

一番端のテーブルで、マルヴィナとヨエル、モモ、そしてエンゾとエマドが座っていた。

「でも、最初に使者が来て状況を聞いた時、ほんとにびっくりしたよ」

話し始めたのはモモだ。

「僕も実はこの地域の状況が前から気になっていてね、まさかマルヴィナがそんなに早く行動を起こしてくれるなんて」

「え、うん、まあね」

確かに行動を起こしたのかもしれない。しかし、あまり褒められた経緯でもなく、魔法学校の不合格の件もここで話したくなかったので、曖昧な返事をするしかないマルヴィナ。

「ところでエンゾ」

モモがエンゾの方を向いて話しかけた。

「この砦、地上部分は数千人規模の構造になっている。それに加えて、地下にも施設があるよね?」

「え、そうなの?」

とマルヴィナとヨエルが初めて聞いたという驚いた顔。

「あ、いえ、それはこのあとすぐお伝えするつもりだったものでして……」

「いや、それはいいんだ、いずれわかることだから。それよりも」

そこでモモは一度区切って、

「この砦、おそらく最新モデルの砦で、その場合、地下施設も含めると十万人ほどが駐屯できる」

「へえ、十万人」

聞いていたみんなが驚いた。

「おそらく巨大な貯蔵庫になっていて、簡単にいうと大量の兵糧を格納して、それを守る拠点として建設された可能性がある」

「そうすると、やっぱりなんでそんな場所が空砦になってたんだろう?」

とヨエル。

「そこはこれからいろいろ調べたいところだけど、僕の予想では、教国の衰退が関係している」

モモの目が鋭くなった。

「腐敗によって経済が悪化して、それで軍事費が圧迫されて最新の砦を放り出した、と」

エンゾが苦虫を噛み潰したように言う。自分たちと同じようにこの砦も経済悪化のために放り出されたんだ、と言いたげだ。

「でも、状況はそうだとして、この先どうしようかしら?」

マルヴィナが、そこの誰もが気にしていることを口にした。

「僕もここに馬を走らせている間に考えたんだけど。そして、思いついたのが、ギルドになるのはどうかな、ってこと」

「ほう」

おれは私は分かっている、という顔をしているが、おそらくモモが言わんとしていることをまだ誰もわかっていない。

「つまり」

誰もが答えを知りたくて身構えた。


「防衛ギルドさ。不法占拠ではなくて、サービスとしてここを使用する。近隣の町にも、そして国にも、地域の安全を守るという理由で、砦を占有する許可をとる。一時的にでもね。という感じでどうかな?」

「素晴らしい、ありがとう! これでもう盗賊団でいる必要はない!」

エンゾが立ち上がり、目に涙を溜めながらモモに握手を求めた。他の者も納得した顔だ。

「あ、いや、そこまでのアイデアではないんだけどね」

モモが苦笑いしながらも、求めてきた者たちに握手を返す。

「そうだわ、ミシェルや二コラたちはどうしているのかしら?」

マルヴィナの質問に、モモが助かったとばかりにハグしようとしていたエンゾを押し戻して、答えた。

「二人とも、今回の話しを聞いていったんカロッサに帰っているよ。たぶん数日でここに合流する」

「やったあ!」

さすがにそのことを聞いてうれしそうなマルヴィナ。ヨエルも肩の荷が減ると思ったのかほっとした表情だ。

「じゃあ、さっそく明日から行動を開始しよう」

モモの言葉を皮切りに夕食の片付けが始まった。

そのあとマルヴィナは、砦の二階にある個室のひとつに寝具を持ち込んで寝ることにした。牢やとあまり変わらない質素な部屋であったが、気分はまるで違っていた。

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