第10話 当日

 襲撃予告された当日の早朝。


マルヴィナはすでに村の中央でスタンバイしていた。首にペンダント、腰に護身用の剣、紫のローブの下には肘と膝にプロテクター、そして手にグローブもしていた。ヨエルも全身武装で槍を持って立っている。

「眠そうだね」

「うん」

「ちょっと居眠りしててもいいと思うけど。一応いつ来てもいいように準備は出来てるし」

「うん。そうしたいんだけど。眠いけどさ、いざ眠ろうとすると気が張ってるからか眠れないんだ」

前日はダスティンとヨエル、そして中央広場で待機する予備の十名含めて最後の訓練を行い、あるていど騎馬の相手を撃ち取れそうなやり方を見つけ出して終わった。そして早めの時間で切り上げて家に帰り、夜も早めにベッドに入ったのだが、そこから眠れなかったのだ。

「でも、いつ来るんだろう。こうして待ってる時間が意外とつらい」

「そうね。……ちょっとトイレに行ってくる」

「え、また?」

広場の中央は膝ぐらいの高さの石の花壇になっているのだが、戦い易いように花がすべて別の場所に移され、代わりに馬止めの柵が植えられていた。その石段に座って賊が来るのを早朝から待っているのだ。すでにだいぶ日も昇ってきた。


 昼近くになってダスティンが予備の兵員十人を連れてやってきた。

「すまない、これで準備万端だ」

ダスティンも中央広場で本部を作って待機するが、戦闘が始まると重要な役目もある。

「しかしもういい時間だな、いったん昼食をとろう」

ということで、村中に昼食をとってよいという指示が出た。持ってきた食料を取り出す。マルヴィナの昼食は、パンにチーズと焼いた卵がはさまったものだ。ヨエルも同じような、パンにチキンがはさんであるものを頬張りだした。

「これが最後の晩餐だったりして」

「ちょ、ちょっとマルヴィナ、不吉なこと言わないでよ」

しかしそういう冗談が今のマルヴィナには精一杯だった。

水筒の水を飲んで少し落ち着くと、本格的に睡魔が襲って来た。

ややウトウトしかけたころ。

「伝令―!」

「賊、二十騎を確認! 南東から北へ川沿いに駆け抜けました!」

「わかった、持ち場へ戻れ」

「持ち場へ戻ります!」

意識の遠くのほうでその声を聞いていた。

その後、緊急事態を告げるカンカンカンというけたたましい鐘の音とヨエルの起きてという声で、マルヴィナは一気に目が醒めた。

「北、西、南の順で各隊に賊の襲来を告げてくれ」

ダスティンが予備兵のひとりに指示を出している。

「よし、敵はおそらく川の浅瀬を渡って村の北、西の順で回っていくだろう」

ダスティンの言う通り、各隊から次々と報告がやってきて、さらに南西側にまわったようだ。

しばらくして、南の隊員がひとりやってきて大声で、

「準備よいかー!」

と叫んだ。

中央の予備兵たちも「準備よーし!」と答えて持ち場につく。マルヴィナとヨエルは予備兵たちとともに敵の騎馬が突入してくるのに備え、ダスティンは大きな弓を持ってものかげに隠れた。

そしてしばらくの沈黙。沈黙が重なるごとに、マルヴィナの心臓が回転数をあげ、やや吐き気とめまいがしてくる。横を見るとヨエルも緊張のためか表情が固い。

南側でわぁーっとときの声があがった。戦闘が始まったようだ。

そして数秒後、騎馬が一騎走り込んできた。思っていたより馬は大きく、走る速度も速く感じられる。

予備兵十名が各々大きな声を出しながら馬に向かっていき、槍で威嚇しはじめた。馬は中央広場のマルヴィナたちがいるところへ走ってくる。髭を生やし、馬上でたづなを裁きながら剣で威嚇している男はとても強そうに見える。

ヨエルが槍を構えつつマルヴィナの前に出ようとするが、膝が震えているように見えた。

「アー、ウー、ムー、我、冥界のニュンケ神に帰依する。痛みと苦しみの奇跡をかの者に与えよ。効いて!」

自分の役割を思い出して必死に苦痛の呪文を詠唱する。二度三度と唱えるうちに、相手も馬上で激しく動き回っているせいか、明らかに動きが鈍ってきた。呪文が効いているのだ。

ものかげのほうを見ると、ダスティンが目いっぱい弓を引いている。

馬の動きが止まった、と思った瞬間、まるで吸い寄せられるように矢が飛んで、男の腕に突き刺さり、その勢いで男が落馬した。

マルヴィナとヨエルが同時に、

「やった!」

遠くでダスティンの「よし!」という声も聞こえたような気がする。

予備兵たちがわーっと取り囲むが、男は矢と落馬の衝撃で呻いて起き上がることも出来ない。

ダスティンが走ってやってきた。

「待て、殺すな! 法令に従ってカロッサに引き渡すから、縄で縛ってくれ」

ひとりが指示を受けて持ってきた縄で縛り始めるが、男はもう抵抗もできないようだ。

南の隊員がまたやってきた。

「準備よいかー!」

「準備よーし!」

予備兵たちとマルヴィナ、ヨエルが大きな声で応える。

数秒後、騎馬が走り込んでくるが、しかし今度は二騎だ。そして、そのうちの一騎が予備兵たちの槍による威嚇をすり抜けて、ヨエルとマルヴィナの眼前に迫る。

「うわ!」

ヨエルが馬止めの柵の前に出てしまっていたので、あやうくぶつかりそうになって尻餅をつき、あわてて四つん這いで柵の下に転がる。馬は柵を回り込んで、乗っている賊の男がマルヴィナ目がけて攻撃をしかけようと剣を振り回し始めた。

「マルヴィナ、避けて!」

正面から迫る騎馬にどちらに避けるか一瞬逡巡するマルヴィナ、その後自分でもどう動いたのかわからないぐらいに慌てていたが、気付いて起き上がるとうまく転がって避けられたようだ。そして、馬がまた戻って来ようと馬首を巡らせたその時、

「ぐっ!」

馬に乗った男の胸のあたりに矢が突き刺さった。驚いたマルヴィナが、ダスティンのいる方向を探すが、ダスティンは別の一騎に狙いを定めている最中だった。

そして、ヨエルが先に見つけた。

「二コラ!」

「遅れてすまない」

いつの間に、どこから入って来たのか、二コラが弓を持って歩いて来て、マルヴィナが立ち上がるのに手を貸した。

「二コラ! なぜ!?」

マルヴィナが喜んで抱きつくほどの勢いをなんとか押しとどめて、

「昨日の夜、大陸から連絡があったらしくて、島の兵員の一部を戻すことになったらしいんだ。それで今朝になってカタニアにも実際に数人戻って来たから、支援の許可が下りたよ」

そばでは歓声があがって、予備兵とダスティンの弓でもう一騎も倒せたようだ。

そして、

「支援に来てくれたか、ありがとう。一番欲しかった弓使いだ」

ダスティンも汗を拭きながらやってきて二コラと握手した。

「二コラ、どうやってここまで来たの? 弓も使えたの?」

マルヴィナがまだ興奮気味に質問攻めだ。二コラと港町カタニアで練習したときは弓を使えるという話は聞いていなかったからだ。

「うん、実は一番得意なのが弓なんだ。僕の師匠が一番得意なのは大事なときまで隠せって」

と言ってにっこり笑う。

「よし、じゃあこの調子でがんばろう!」

ダスティンの掛け声にみんなが応えて再度配置につく。

同時に南隊がまたやってきた。

「準備よいかー!」


 その後、さらに二騎を倒して合計五騎を仕留めたところで賊たちは引き上げていった。見張りの数人を残していったん南側の搬入口あたりに全隊員が集合する。

「各隊は見張り役二名を決めて交代で休みをとるように、じゃあ解散する、以上!」

ダスティンも総指揮役が板についてきたようだ。

「主要なメンバーで作戦会議をやろう。私の実家がやっている宿屋に集まろうか」

ダスティンがマルヴィナとヨエル、そして二コラに声をかけた。

そして四人が向かおうとしたその時、

「僕も一緒に行っていいかな?」

「モモ!」

「村の入り口がなかなか見つからなくてね」

少し頭をかきながらそれぞれと握手をするモモ。

「ちょうどいい、宿についたらモモ君にも見せたいものがある。作戦会議はそのあとにしよう」

五人になった一行はさっそく宿屋につき、古い旧館の奥にある地下室への階段を下りていく。中は倉庫になっていて狭く、五人がやっと入れる広さだった。

「見てくれ」

倉庫の奥に何か鎮座している。階段から漏れる灯りでは暗かったので、ダスティンが灯りの点いたランプを持ってきた。

「わ!」

光の当たった瞬間、近くにいたヨエルがびっくりして飛びのいた。人型のものが座っている。

「我が家に伝わる全身鎧と兜を余った皮や布で繋いだんだ。急造りで申し訳ないが、これをアイアンゴーレムとして戦闘に参加させることはできないだろうか?」

ちょっと試してみる、と言って、モモはさっそく詠唱を開始する。

「アー、ウー、ムー、我、豊穣の神ココペリに感謝する、土より生じし富と穀物と煉瓦に命を吹き込みたまえ」

そうしてモモは両手のひとさし指と親指で丸を作る独特の手印を組んで見せた。

すると、全身鎧が兜を起こし、そして厳かに立ち上がった。マルヴィナとヨエルがそっと後ずさりするも、鎧は立ち上がったところで直立不動で止まる。

「大丈夫そうだね」

そういってモモは、鎧にお辞儀をさせたり手を振らせたりいろいろなポーズをとらせたあとに軽くダンスを踊らせて、そしてパチンと指をはじくと元あったとおりに座ってまた動かなくなった。

「すごい!」

一同感心しつつ、ダスティンに促されて宿の食堂横の個室へ向かう。食堂のほうは多くのひとでごった返していた。

個室のドアを閉めてテーブルに周辺地図を広げるダスティン。椅子もあるが、誰も座らずになんとなく立ったまま作戦会議が始まる。

「最初にこの五人で共有しておきたいことがある、そう、マルヴィナとヨエル君の件だ」

ダスティンが切り出す。

「マルヴィナ、話してあげてくれないか?」

「わかったわ……」

マルヴィナがカロッサの帰りに襲われた話を、真剣に聞く二コラとモモ。マルヴィナが話し終えると、

「非常に興味深いね。ただ、きっかけがまだわからないってことか……」

「僕もできることがあれば協力したい。類似の話をこれまで聞いたことがないが、王城図書館の書籍を調べたいところだが……」

「そこは我々の宿題にするとして、ひとつ提案があるんだ」

というダスティンの言葉に、

「今夜奇襲をかける……」

ボソッと呟いたのは二コラだ。

そうその通り、と二コラを両手で指さすダスティン。

「賊五人を討ち取ったが、基本的に村は防戦一方。おそらく彼らは今夜、作戦を練り直す」

とダスティンが説明する。

「まさか奇襲をかけてくるとは思わない、ってことか」

モモが相槌を打った。

「だけど、敵の拠点に出向くってことでしょ? 誰が行くの?」

マルヴィナの問いかけに、

「もちろん僕が行く」

すぐに答えたのは二コラだ。

「そしてマルヴィナとヨエル君、君たちにも行ってほしい。もちろん、絶対に無理はしてはいけない。そしてその間の村の守備についてはモモ君にお願いしたい」

そのダスティンの言葉にモモがうなずき、マルヴィナとヨエルは少し緊張した面持ちになったが、

「私、行くよ、何かきっかけがつかめるかもしれないし」

「よし、じゃあその方向で行こう。実は今日の戦闘後に、彼らのあとを尾行する偵察も送ってある。おそらく大陸のどこかから船か何かでこの島に来ているはずだ。船を襲うか、それとも彼らの拠点を探り当ててそこを襲うか……」


細かい打ち合わせを短時間で行って、彼らはさっそく動き出した。

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