第39話 慰労会3

 牧野、さっき言った俺の友人には融資の話は勧めないことにしょう。室屋さんの意見を聞いて気が変わった。だから諦めて地道に現金を持ち合わせているお客さんだけ、コツコツと利回りが少しだけましな堅い投資相談をやってくれ、と言うと彼奴あいつは顔色を変えて喰って掛かった。

「それじゃあいつまで経ってもあの会社で俺は日の目を見ないじゃあないかッ」

「まだそんなことを考えているのか」

「さっきお前が云っただろう堅い現金取引の投資相談をやれと」

「それは方便だそれじゃいつまで経っても証券会社の外商は務まらんぞ」

「お前の云うことはいちいち反対のことばかり言いよって今の仕事はヤバすぎると言ったり。それじゃあうだつがあがないからバリバリやれと言ったり波多野、お前は俺にどんな仕事をやって欲しいんだ」

 支離滅裂すぎると牧野は波多野に言いがかりを付けている。それを座卓の向かいに据える二人の女は、何も言わずに成り行きを見守っている。いや大学時代の牧野をいかに支え続けたかを知りたくて沈黙を守っているように見える。何せ牧野については此の二人の女よりも、付き合いの長い波多野がどう謂う結論を述べるか、それを面白半分に眺めているのだ。しかしそんな視線には無頓着に波多野は「今の仕事はお前の性格からはヤバすぎる」と牧野に迫った。

「そんなことはない俺は寺の息子として真っ当な人生を歩もうとしている。それが何でや、人の資産を増やしてやることがそんなにヤバい仕事とはどう言うこっちゃ」

 確かに今はまだ資産形成の何たるかを知らない。それはこれから社内で色々な人を視ながら磨いていけば多くの人に富をもたらすことが出来る。強いてはそれで生活がよくなり幸福を招き入れれば、寺の息子としても立派に成り立つ。

「牧野、お前は幸せの価値観を取り違えている。同じように人を愛する意味もだ。百人に百通りの人生があるように愛にも様々な意味があるのだ」

 一方的に捧げる愛と受け入れる愛があるが。思いやりの度合いは、持ちつ持たれつで心と謂うシーソーの上で、傾きすぎないようにバランスを取るのが基本だ。昔のあの愛は大崎と謂う女の一方的な過激な愛情の上に成り立っていた。それにお前は一向に気付かず無視し続けた結果、相手が恋のシーソーに疲れて崩れ落ちた。そこでもうてこでも動かない彼女を、長い間お前は呪い続けたと俺は観ている。

「お前もしつこい、俺以上に過去に拘る男だなあ」

「牧野、俺はお前の未来に拘わればこそお前の過去を真っ当にしたいだけだ」

「波多野、あの女には一度も会ってないんだろう。さっきも言ったように会ってからお前の説教を聞かせてもらう」

「それがいいわ」

 とみぎわが今日は慰労会だからその辺で留めておきましょう、と仕切り直しに入ってくれた。これは有り難かった。もういい加減に牧野の過去には係わりたくなかったが、一旦喋り出すと止まらなくなる。此の性格をみぎわは的確に見付けてくれてホッと一息吐けた。この時に牧野が注いでくれたビールは五六腑に染み渡った。

 とにかく仕事を続けるのなら、キッチリした会社の経営状態とやる気度をジックリ観ろ。そこで確かなものだけを顧客には勧めろ。けして裏付けなく値上がりする会社を顧客に訊かれても敬遠させろ。推奨は出来ないから最後は自己判断で、と突き放せとアドバイスした。それでは新規の顧客は開拓出来ずじり貧になると言われて、長い目で見れば牧野さんのアドバイスは良かったと言ってくれるから焦るなと忠告した。

「果たしてそうなるかはお前次第だからなあ。その時は俺より室屋さんを頼れ」

 と最後には彼女に華を持たせた。

 四人は居酒屋から表に出て仰ぎ見る夜空には、一年で一番爽やかな五月の夜空が一面に広がっていた。

「そう云えばそろそろ此の週末は葵祭だなあ」

「そうやねえ葵祭の頃は花が一斉に咲き誇って一年で一番綺麗な時やねえ」

 牧野にはさっきの「頼れ」と云う言葉に、さっそく室屋に寄り掛かり、それに彼女が応えていた。

 此の平安時代から続くお祭りは一年で一番爽やかな季節に行われる。それに比べて庶民のお祭りである祇園祭は、梅雨明けのジメジメしたうっとしい季節に行われる暑気払いだ。

「葵祭は平安時代から続く貴族の祭りか、あの頃は気楽なもんだなあ」

「何もないから優雅にのんびりと構えて居られたのよ」

 此の二人が外へ出て冴え渡る夜空を見上げて、交わした言葉を、その後ろから続いて出た波多野が「だがなあ、あの頃は苦しい庶民の生活を犠牲にした上に成り立っていた祭りなんだぜ」と言えば「それを言えば身も蓋もないわね」とみぎわが微笑ほほえましそうに云った。

「そうだ、夢を壊すな酔いが廻っている内は……。じゃあ行くか」

 と牧野のひと声で、そのつかの間の夜空を見ながら高瀬川沿いに、木屋町を四条へ下がり出した。

「室町の受付嬢には俺も一遍は行って会ってみたいなあ」

「彼女だけど小西さんの話だと昨日から休んでるみたいだなあ」

「何だ具合悪いのか」

 と波多野は少しがっかりした。

「なんせ内の会社にすればお得意さんだから幾ら受付嬢とは言えど小西さんにすれば余り突っ込んで訊くのもはばかられるからなあ」

 そうかと波多野は残念そうに呟くと「まあその内にまた出て来るだろうから何とか会って昔の俺の苦労を偲べ」と牧野はしっかり見極めてくれと言いたげだった。

 二組のペアは四条まで歩くとそのまま別れた。

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