第27話 三年生 5月

「あんた、ちょっと話があるけ、時間ないん?」

ミミが帰りに話しかけてきた。

珍しいことだ。

彼氏ができてからは、由衣夏のこともユウのことも放りっぱなしだったのに。

じゃあ、一緒にお茶でもしよう、とふたりで喫茶店へ入った。

紅茶がテーブルに運ばれてくると、ミミは話だした。

「あんたが何も知らんみたいじゃけ、誰も教えてやらんけ、うちが言うたげようと思ったんじゃ」

由衣夏はなんのことだろう、と思って続きを待っていた。

「なんのことか、想像つかんの?」

わかんない、と言ってると、

「想像もつかんて、えらいうまく騙されとるねえ」

呆れたように言う。

由衣夏としては、もったいぶらないで早く言って欲しいのだが。

さっさと話してほしいなあとイライラしてきたところで、やっと、

「紘美のことじゃ」

と、ミミが言った。

「ああ」

「あんた、あの女にえらい嫌われとるんよ?」

「知ってるよ」

「知っててあんな仲良うしとるん?

 あんた、そんなじゃけ、バカにされとるんよ。

 なんじゃそれ、信じられんわ」

ミミに紘美の悪口を言うつもりは、なかった。

紘美の味方になるつもりもなかったが。

「前に、紘美にお前は顔だけ、みたいなことを言ってしまったから、しょうがないなって思ってんねん」

そう言うと、ミミは一瞬驚いた顔をした後、楽しそうに笑った。

「なんじゃ、そうなんか。

 好きなんとちゃうかったんか」

「いや、顔は好きよ。顔だけは」

そう言うと顔を両手で覆って笑い出した。

やっぱりミミは紘美が嫌いなようだ。

そういえば、ミミは前に紘美をライバル視してダイエットとかしていたこともあったなあ、と思い出した。

「なんやぁ、そんなら、どうしよう」

「いや、そこまで言ったんなら、最初に言おうとしてたことを言って欲しいねんけど」

「うん、そんなら言うたげるけどな。

 紘美はあんたがおらんところで、あんたの悪口ばっかり言うとるんよ。

 紗栄子も聞いとるけど、あんたには何も教えてないんやろ」

「紗栄子も一緒になってわたしの悪口言ってるん?」

「いや、それはないけど、止めもせんで。

 黙って聞いとるだけじゃ」

「そっか・・・」

紘美に、悪口を言うな、と言ってくれていないんだ。

それは悲しかったが、紘美を止めると由衣夏の味方についたことに思われてしまうんだろう。

そう思われると、紗栄子も家の方向が紘美と同じなのだから、登下校やりづらくなるんだろうから、ニュートラルなポジションでいたいと思ってるはずだ。

香水をくれたのは、由衣夏にちょっと申し訳なく思っている謝罪のしるし、なのかもしれない。

「あんた、紘美と男でも取り合っとるん?」

「いや、わたしの方は取り合ってないと思ってる。

 わたしはそいつのことは友だちやと思ってるだけやねんけど、紘美はわたしらが浮気してると思ってるみたいやねん。

 その男がホストになってんけど、そいつが源氏名にわたしの名前を勝手に使いよったみたいで、ほんまはつきあってるんちゃうかって疑われてんねん。

 でも他の同じ名前の女かもしれへんやん?

 わたしは関係ないって思ってるねんけど、紘美はず〜っと疑ってんねん。

 ふたりが付き合ってるのは前から知ってんねんけど、男が振られるんやろうと思って見てたんやけど、どうやら紘美の方が本気になったみたいやなあ」

ミミは、ええ?あの子はホストなんかと付きあっとったん? あんた勝手に名前使われたん? でもそれは疑われるねえ、とか、いちいち驚いていた。

「ふうん。その男のこと、わたしは知らんけど、あんたは巻き込まれただけみたいじゃねえ」

「うん、めんどくさいなって思ってるけど、陰険なイジメとかされてるわけちゃうし、まあ別にいいかなって思ってる」

「別にいいって、あんたってやっぱり変わった人じゃわあ。

 あんたがそんでええ、って言うなら、もう何も言えれんけど」

「教えてくれようとしたんやね、ありがとね」

「ええよ。あんたが可哀想じゃって思っただけじゃ」

「そっちは彼氏とは? うまくいってるん?」

「正月に彼氏の車で実家に一緒に帰ったら、お父さんがこんな男はあかん、言うてめちゃくちゃ怒りよって、びっくりしたわあ」

由衣夏は決してミミに優しくしてあげていなかったのに、こうして教えてくれようとしてくれたことに感謝した。


礼次郎からもお茶のお誘いがあった。

由衣夏はウエストのくびれが綺麗に見えるような、ボディラインに沿ったニットワンピを着て出かけた。

待ち合わせの場所には礼次郎が先に着い待ってくれていて、今日もイブピアッチェを一本くれた。

ありがとうと言って受け取り、香りを嗅いで笑顔を見せる。

そして手を繋いでカフェに向かって歩く。

いつもどおり、幸せなふたりの時間だったが、

「ぼく、事務所が決まってん」

と、唐突に礼次郎が言った。

「それって、メジャーデビューするのが決まった、ってこと?」

パンケーキを食べる手を止めて聞くと、うんと頷かれた。

「おめでとう」

と言うが、笑顔になれなかった。

礼次郎も、真顔だ。

「東京に行くから」

やっぱり、と思って、由衣夏は無言で頷いた。

覚悟していたことだ。

いずれ、必ず礼次郎はメジャーデビューが決まって、東京へ行ってしまう。

「うん、ぜったいデビューするやろうって思ってた」

そう言うと、ちょっと笑顔を見せてくれた。

「今までみたいに会えへんなると思うけど・・・」

「うん、覚悟してた」

「もしかして、もうぼくとは会わへんつもり?」

「そうじゃないけど、忙しくなるやろうし、難しいやろうなあって思ってた」

「何で、そんな顔するん?

 ぼくは別れようと思って言うたんとちゃうよ」

「わたし、レイちゃんは、夢を叶える人やと思ってる。

 芸能界に行ったら、レイちゃんが好きな人に会うこともあるやろう?」

「ぼくの好きな人?」

「あの、アナウンサーの人」

「まあ、そうやけど。

 ぼくはきみのこと、ちゃんと好きやから一緒におってんで?」

「わかってるけど、レイちゃん、その人は、こないだサッカー選手と熱愛報道されてたで」

「ん?」

「その人はな、わたしと違って、セックスできる人やってことやねん。

 わたしはいくら一緒にいても、ずっとこのまま何もできへんままかもしれへんねんで。その人は違うやろ」

「そうやけど、まだぼくはその人と会ってもおらへんのに」

「でもレイちゃん、わたしと一緒にいても、ぜったいその人の出てる番組見てたやん。わたしが横におるのに、テレビ見てたやんか」

そう言うと礼次郎は黙ってしまった。

「別れたいとか、嫌いになったとか、そんなんと違うねん。

 レイちゃんは、その人に会って、きっとその人のことも自分のものにするやろうって思ってるだけ。一緒にいて、なんとなくそう思っててん」

「きみは、そんなこと思って、ぼくと一緒におったんや」

「大好きやから、一緒にいたかったから、テレビ見てても何も言わんかった。

 他の人と住んでるのも知ってるし、他にも女の子がおるやろうと思ってた。

 それでもいいから、一緒にいたかってん」

話すうちに、由衣夏は涙が出てきた。

「ぼく、今日はこんな別れ話みたいになるとは思ってへんかった」

「別れるっていうか、なんやろう、別になんも変わらず、好きやねんけどな」

「うん」

そういって、礼次郎は首を傾げて由衣夏の顔を覗き込んだ。

「レイちゃん、あのさあ、話変わるけど、ちょっと困ってて、助けてほしいっていうか、相談聞いてもらえる?」

「えっ? ぼくが助ける? なんやろ、言うてみ」

そこで由衣夏は、ゲンが由衣夏の顔を礼次郎と同じ顔に整形させようと目論んでいて、恐怖を感じていることを伝えた。

礼次郎は信じられない、と言うような顔をしていたが、

「ぼく、そいつと会ったんはあのライブ一回きりやけど、それやのにそんなん言われるん?」

「レイちゃんはわかってないねん。

 わたしと出会った時、わたしがどんなんやったか覚えてる?

 レイちゃんは人を熱狂させれるねん」

「・・・褒められてるんやろうけど。

 それで君は困ってるんやね。

 そいつがきみを、ぼくと同じ顔に整形させようってしてきて・・・」

「レイちゃんが男やったんが残念やったんやろ。

 女で同じ顔がいたらいいなあって思ってるんや、その人」

あまりの内容に絶句しているようだ。

「ん〜、なんかわからんけど、そいつもそのうち東京に進出してくるつもりでいるんやろ? 

 そしたら、ぼくがそいつと知り合いになって一緒におったるわ。

 そいつも音楽やってるんやったら、ぜったいどっかで会うやろ。

 友だちみたいになって、ぼくがそいつと一緒におったったら、きみは大丈夫なんちゃう?

 ぼく、いくら顔が綺麗でも、男とするんは無理やけど」

と、言うので由衣夏は笑ってしまった。

「うん、ありがとう。

 そいつに早く東京行け、って言うて関西から追い払うわ」

ええんかな〜、それで大丈夫なんかな〜、と礼次郎はそわそわしながら言っていたが、そう言ってくれたことが由衣夏は嬉しかった。

礼次郎は、一緒におる時に、男でもいい、言うて、そいつに襲われたらどないしよ、とか言っていたが、大丈夫よ、へんなことしたらもう二度と会ってあげへん、て言うといたら、ぜったい何もして来うへんよ、と言ったら、え、そんなんでほんまに大丈夫なん?なんでわかるん?とか言っていた。

「なんでもいいから、わかるねん、そう言っとけばぜったい大丈夫や」

由衣夏は、奴隷心理には詳しいのだ。


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