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恋窪 花如

第1話 古都こと京都にて

四条大橋を通りすぎて、祇園の八坂神社の脇を右に曲がって歩く。

鴨川もいいけれど、ここからの石畳の道も素敵だ。

両脇に古い町家の土産物屋が並び、眺めているだけで楽しい。

由衣夏は京都の空気を胸に大きく吸い込んだ。

秋もいいけど、冬も悪くない。

自分が京都に住んでいたら、毎日の散歩が楽しいだろうな。


そんなことを考えながら歩いていると、

「あとどれくらいで着くん?」

菱田ミミが白い息を吐きながら、つまらなそうな顔で尋ねてくる。

「あと半分くらいかなあ」

そう返事をすると、ミミは唇を尖らせて、

「そんなの、タクシー乗ったらよかったんじゃないの」

と不服を言う。

歩くのが面倒らしい。

さっさと観光を済ませたいようだ。

京都にも、大して興味がないんだろう。

それならば、どうしてついてきたんだか。

まったく、情緒のわからん、つまらん女だ。

由衣夏は少しため息をついて、

「古い町家のお土産やさんがいっぱいあって、いい雰囲気の道やで。

 せっかく京都に来たんだから、のんびり街の雰囲気も楽しんだら?」

答えて、すぐに野々宮紘美の隣に移動し、話しかける。

「やっぱり京都は寒いね〜。

 春とか秋ばっかり来てたから、冬の京都はあんまり知らんわ。

 でも、せっかく来たから、寒いけど抹茶パフェとか食べたいわあ」

紘美はふんわり微笑みながら、

「ええねえ。

 お店の中は暖房きいてるやろ。

 ここからやったら小石が近いんちゃう?」

乗り気な返事が返ってきて、由衣夏は嬉しくなった。

やっぱ、ええ女は反応が違うな、と思った。

「小石もええけど、都路里の抹茶カステラの乗ったパフェが食べたい!」

由衣夏はお気に入りの都路里を推す。

抹茶のカステラに抹茶アイスが沁みて、たまらなく美味しいのだ。

「ほんなら都路里行こか」

あっさり了承してくれた。

他のメンツも、由衣夏がそんなに美味しいと言うなら食べてみたい、と言ってくれたので、帰りに都路里で抹茶パフェ、と決まった。


同じクラスの仲良しグループで、卒業前に京都に遊びに来たのだ。

二月の京都は、絶対に寒いだろうと思っていたから、インナーにカイロを3枚ほど貼り付けてきた。

そのおかげで、寒さに負けず楽しめている。

6人グループだが、そのうち2人は広島から引っ越してきたから仕方ないとしても、由衣夏以外、誰も清水寺にお参りしたことがない、と聞いた時には驚いた。

京都までは電車で1時間程度の距離なのだが。

藤野紗栄子などは実家がお寺だというのに。

寺社仏閣に興味のあるティーンエイジャーは、由衣夏だけのようだ。

由衣夏は子どもの頃から、神社やお寺が好きだったから、京都はしょっちゅう来ていた。

清水寺も何度も来ていたが、寺までの道を歩くのが好きだったので、案が出た時はすぐに承諾した。

その時から、ミミがわがままを言うだろうな、とは予想はついていた。

ミミは、注目を浴びたがるところがあった。

猫なで声で甘えていって、相手に願いを聞いてもらうことに喜びを感じているようだ。

自分がモテる女だと思えるのだろうか。

さっぱりした性格の由衣夏には理解できない考え方だった。

いわゆる「お姫様気質」と言うヤツか。

そう扱われるには、ミミには可哀想だが、役不足だと思っていた。

ミミは胸が大きくて、肌が綺麗だったが、顔の造形は中レベルだった。

まぶたが一重で、顔が長く、顎が少ししゃくれていた。

パッと見て、可愛い、と言う人はいないだろう。

それに比べると、紘美は本当に綺麗だ。

顔の造形も美しかったが、毛穴ひとつ見当たらないほど、滑らかな肌をしていた。

色も抜けるように白く、唇だけが赤々と色づいていた。

見るたびに綺麗だと思う。

芸能活動を一時期していた、という噂があるが、本当かもしれない。

今はそういう活動にはまったく興味がないようだ。

由衣夏には、それがとても勿体無い、と思ってしまうのだが、紘美にそういう話をするとイヤな顔をされるので、話題にすることはなくなった。

性格も大人っぽく、ミミのようにきゃんきゃん騒ぐところはなかった。

ミミはいつも、同じく広島から引っ越してきた日村ユウを子分のように連れていた。

ユウはおとなしく温和な性格で、話していて刺激はないが、なんでも受け入れるようなところがあって、いつもミミのわがままに付き合ってあげていた。

ニキビがひどく、いつも肌荒れをしているせいで、積極的になれないのかもしれない。

あの子にはそれくらいがお似合いだ。

由衣夏はミミとユウを見て、そう思った。

2人が付き合っているわけではないのは、わかっているが。


由衣夏は歩きながら、写真を撮りまくる。

まんべんなく全員と隣になるように、くるくる入れ替わりながら、階段の途中でも、土産物屋の前でも、ちょっと立ち止まったら、すかさずシャッターを押す。

誰かとばかり隣になって撮ると、あとでミミが面倒なことを言い出すだろうからだ。

「由衣夏ちゃん、京都詳しそうやん。

 しょっちゅう来てるん?」

成瀬ジュリが隣になった時に話しかけてきた。

相変わらず、体は棒のようにガリガリなのに、顔だけはパンパンにむくんで真ん丸だ。

過食嘔吐の噂があるが、話題にはしない。

グループにはいるが、男子と合コンばかりしていて、放課後に一緒に過ごすことがほとんどない子なのだが、珍しく今日は来ていた。

「お寺とか好きやったから、ちっちゃい頃はよく来てたな。

 最近は受験とか忙しかったから来れてなかったけど。

 夏の祇園祭、ちょっと見たくらいやわ。

 今日はみんなと来れて嬉しいねん。

 わたし、はしゃぎすぎ?」

「ううん。

 いっぱい撮ろう」

と言ってガッツポーズをしてくれた。

どうにかもめ事もなく清水寺についた。

「清水の舞台から飛び降りる、って、ここからやねんね」

藤野紗栄子が下を覗きながら言う。

「思ったより高くないよね」

由衣夏はそう思っていたが、

紗栄子には十分高い、と思ったらしく、由衣夏の言葉に驚いた顔をした。

「生きるか死ぬか、確率微妙な高さじゃない?」

由衣夏は思ったことを素直に言ったのだが、紗栄子は目を見開いた。

「いや、生きてても、めちゃくちゃ痛いと思うで」

「ああ、まあそうやな」

由衣夏の気の無い返事に、

「ええ〜?」

と、驚いているが、早く写真を撮ろう、と話題を変えた。

ミミはユウに、やっと着いた、あんなに歩いたのにこんなもんか、と文句をぶちぶち言っていたが、写真には写りたかったようで、ユウを後ろに従えて小走りにやってきた。

親切な男性がシャッターを押してくれたので、全員で写ることができた。

撮影がすんだら、音羽の滝のほうに移動する。

由衣夏の後ろでミミが線香の煙にむせたように、わざとらしく何度も大きく咳き込んだが、構わずに歩いた。

以前ミミから誘われたことがあったが、2年も前のことだから、今のミミの気持ちはわからない。

しかし今でも由衣夏にはその気がないので、へんに大丈夫?とか気遣いをすると期待を持たせるかもしれない、と思っていた。

成瀬ジュリが滝の情報をスマホで調べて、

「健康、恋愛、学問、やって。

 どれにする?」

と言いながら、本人は迷わず真ん中の恋愛の滝の水を汲んでいる。

由衣夏は全部の水を少しずつまんべんなく汲んだ。

「え〜、それは邪道やで〜」

と、ジュリが笑顔を向けてくる。

「こう言うやつなんよ、あたし」

「あ〜そう〜そうやね〜」

今日のジュリはテンションが高い。

ボーイフレンドとうまくいってないのかもしれない。

その手もあったか、と紗栄子も由衣夏の真似をしていた。

全部のむと効果がないらしいよ、とジュリが言ったが、

「ひとつだけにしたところで、叶うとも限らんし」

と、由衣夏のセリフに、それじゃあなぜお参りするの?と紗栄子が呆れ返っていた。

あとの3人がどれを選んだか見ていなかったが、こういうところにも、それぞれの性格が出て面白い、と由衣夏は思っていた。

高校3年生の2月、こうして集まるということは、全員ある程度の進路は決まっていたんだろう。

由衣夏は迷いなく進学先を決めていたが、卒業の日まで進路が決まらない者もいるだろうから、何も言わないでいた。


都路里に入って、待望の抹茶パフェをオーダーした。

6人全員で座れる席がなかったので、3人ずつに分かれた。

分かれたといっても、隣のテーブルだから、人が通れる程度の隙間があるだけだ。

由衣夏は、紘美と紗栄子と一緒のテーブルに座った。

紘美が自分と同じ抹茶カステラパフェをオーダーしたことが、少し嬉しかった。

紗栄子はどうせならば、と豪華な特選を選んでいた。

由衣夏は、紗栄子とは進学先の学部まで同じなので、これからも仲良くしたいと思っていたので、抹茶パフェを楽しんでくれてホッとしていた。

正直なところ、紗栄子とは、話をしていても一番楽しかった。

紗栄子は語彙力が豊かで情報通でユーモアもあって、由衣夏とふたりで話していると軽快にどこまでも会話が弾み広がっていく。

紗栄子と話していると、ひとりでは思いつかなかった結論に辿り着いたり、未知の引き出しが開くようで楽しかった。

紘美は深く考える性質があるようで、あまり口を挟まずに楽しそうに聞いていることが多かったが、大勢の意見がまとまらなくなった場合には出てきて、公平な判断を下してくれた。

そういう紘美の考え深い態度が、彼女を大人っぽく見せていた。

ミミは、由衣夏が紘美と一緒のテーブルに座ったことが気に食わないようだ。

あんな顔だけの女のどこがいいんじゃ、何もわかってない、とか小さな声でユウにぼやいているのが聞こえてくる。

由衣夏は紘美に聞こえていないか、最初はハラハラしていたが、聞こえたところでただのミミの負け惜しみなのだから、紘美はそれくらいわかる女だろう、と腰を据えた。

それに、由衣夏は紘美のことは好きだったが、誰とも恋愛などする気はなかった。

好きにはなるが、触れ合うのは無理だったのだ。

肉欲的なものに、嫌悪感を抱いてしまう。

潔癖症なのかもしれない。

そのことが悩みでもあって、心理学部に進学すると決めていた。

帰りの電車でジュリが、

「由衣夏ちゃん、心理学部に進むって聞いてんけど」

と、言ってきた。

「うん、紗栄子も行くで。

 心理学、めっちゃ面白そう、って思って」

ジュリは真顔でいる。

「心理学、あたしもちょっと興味あるなあ。

 一緒のところになっても、仲良くしてくれる?」

と、なぜか遠慮がちだ。

「当たり前やん」

と答えておいたが、べったり仲良いわけではないから仕方がないか。

由衣夏は、やっぱりジュリの過食嘔吐の噂は本当なのかもしれない、と思った。

他の4人は疲れたようで眠っている。

眠っているふりをしているのかもしれない。

由衣夏とジュリは黙って窓の外を眺めた。




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