純愛厨の人狼

飛坂航

プロローグ

「なぜ同じ怪人の邪魔をする⁈」


 そう叫んだのはカマキリと人を掛け合わせたような化け物だった。体表はアマゾンの植物のように大地の力を奪い尽くす緑色で、腕であったはずの部位は鋭い鎌に変わっている。


 黄色く光る複眼とびっしりと生えた歯は人間に本能的な嫌悪感を抱かせる。


「邪魔されないと思う方が不思議だな」


 言葉を返すのもまともな人間、否まともな生命体ではない。分厚い毛皮に犬科特有の尖った鼻を持った二足歩行の化け物。


 ル•ガルー、ヴァアヴォルフ、ライカンスロープ、または人狼。


 どの名前であろうと構わないが、少なくとも生命の法則に反した存在だ。


「その女にお前が先に目をつけてたのか?なら譲ってやる。望むなら謝ったっていい」


 カマキリのの怪人が鋭い顎で指し示したのはまさに彼が襲おうとしていた女だ。


 震えている女に目もくれず人狼は長い鼻を鳴らして嘲笑った。


「まさか。腹に入れるものの好みにはうるさい方でな。食指が動かん」


「ならなぜだ?」


 ほとんど絶叫と言った体の問いかけに人狼は再び鼻で笑う。


 ——人狼は暴力と支配欲の象徴。ゆえに変異すれば手のつけられない無法者になる。


 鋭く伸びた爪が、人肉を簡単に切り裂く牙が、何よりうるさく脈打つ心臓が殺せ、砕け、叩き潰せと叫んでいた。


 期待通りにしてやるとも。


 脚に力を込め体を前に傾ける。戦う姿勢に移行した人狼は体に込み上げた熱をエネルギーに昇華し砲弾のように飛び出した。


「それが答えか。ならば死ね!」


 怪人は深く息を吸い込み、一気に吐き出した。マシンガンのように放たれるのはカマキリの幼虫。


 怪人が女をレイプした際に生ませた子供を溜めていたのだろう。怪人の遺伝子を持つだけありその体は固く当たれば人間はもちろん人狼とてただでは済まない。


 だがそんなもの予想済みだ。怪人はどんな理由だろうと獲物の横取りを許さないことも。


 カマキリの怪人が虫のブレスを吐くことも。


——原作通りだ。


 断りを無視した炎が降り落ち、無視の一群を焼き尽くす。


 鼻先を掠めた炎の前で急停止できたのは邪魔を予想していればこそ。


「ソーサラー!」

「ホーリーブレイブのソーサラーが来た!」


 怪人のレイプに立ち合おうとした野次馬の声で確認が取れた。屋根から飛んできたのは赤いマントと顔の上半分を仮面で隠し、杖を持った男。


 続いて水色のマントとレイピアを持った女が現れる。


 ソーサラーを追い抜いた女は人間離れした速度でカマキリの怪人に肉薄する。


「くそ、ホーリーブレイブ。まさかお前たちまで来るとは……!」


 ギリギリと歯を鳴らした怪人は「次があると思うなよ」とお決まりの捨て台詞を残し撤退する。


 現れた2人は深追いせず、警戒とわずかな信用のこもった視線で人狼を眺めた。


 聖勇者ホーリーブレイブと呼ばれる彼らにとっていくら結果的に人助けにつながる行動をしているからと言って人狼を警戒しない理由にはならない。


——服装がダサい。デザインはもう少しなんとかできなかったのか。エロシーンに予算を回しすぎて服装のデザインにかける金がなかったのか。確かにエロゲで服を着たシーンと服を着てないシーン。どちらが大事かと聞かれれば答えは明白だが。


「また君か、ベルセルク」


「誰が付けたか知らないが、その名前俺が名乗るには重すぎる」


「なら自分で名乗ったらどうだ?」


 教室で見る姿より遥かに硬質な態度に人狼は思わず肩をすくめていた。


「無理だな。しょうがない。ポチでもなんでも呼べばいい」


 それだけ言って俺は制止の声に構わずさっさと駆け出した。


 力任せにビルに登った人狼は摩天楼から大都市を眺めながらどうしてこうなったのだろうと一人自問する。

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