23話「除霊は終えたが少年は答えを得られない」

「ぬあぁぁァ! なんだこの忌々しい鎖はァ……」


 京一が拘束の印を結んだ事によって白装束は無数の鎖に体を縛られて身動きが取れなくなると、苦悶とした様子の声を上げて拘束を解こうと必死に踠いているようであった。


「くっ……流石に霊力が強い悪霊だと気を抜くことすら許されそうにないね。ちょっとでも意識が削がれたら、今にでも拘束が解けそうだ……」


 手で印を作った状態を維持して京一が現状を呟くと額には無数の雫が滲んでいて、拘束するだけでも相当の霊力と精神力を消費しているのだろうと優司は見ていて思う。


 そしてそんな状態で悠長にしていると先輩が霊力の過剰消費で危険な状態になりかねないとして、優司は悪霊に”ある質問”をする為に二歩前へと進んで近づいて行く。

 だが彼のその行動が奇怪に見えたのか隣から幽香が急に肩を掴んで、


「ちょっと優司! 今の状態で悪霊に近づくなんて何を考えているんだ!?」


 大きな声でそう言いながら呼び止めてきた。確かに目的がなければこの行為は傍から見たら自殺行為以外の何物でもないだろうと優司自身分かっていたが、それでも今は危険を承知で白装束に聞かねばならないことがあるのだ。


「大丈夫だ幽香。ちょっとアイツに質問してくるだけだから。まぁ危なそうだったら……そん時は臨機応変に何とかするさ」


 彼女の心配を取り払うようにして敢えて大人しめな声色で言うと、優司は肩に乗っている手を優しく掴んで退けると再び悪霊へと近づくために足を進めた。


 だが彼が手を退かす際に幽香から何処か切ない声が短く聞こえてくると、心臓の辺りに何か棘のような物が刺さる感覚を受けて優司は申し訳ないことをしたという気持ちがふつふつと湧いてきた。


「はぁ……。あとでしっかりと事情を話さないとなぁ」


 後ろ髪を乱暴に掻きながら彼は誰にも聞き取れないような小さく声で呟く。


「……だけど今は例の質問をして白装束が情報を持っているかどうかを確かめる方が先決だ」


 優司は髪を掻く手を止めて下げると顔を悪霊へと向けて真っ直ぐに歩みを進める。

 既に範囲的には悪霊の間合いに入っているのだろうと彼は何となくだが分かった。


「ゆ、優司くん!? 一体なにをしようとしているんだ! 拘束している悪霊は気性が荒くなっていて普通の状態の時よりも危険なんだぞ!」


 顎下に汗を溜めながら京一が優司の行動を止めるようにして声を荒げると、それは経験則からなのか拘束状態時における悪霊の特性についても口にしていた。


「……ごめんなさい先輩。詳しくは言えないんですけど、それぐらいの危険を犯してでも俺はこの悪霊に訪ねたい事があるんです」


 顔を向けて至って冷静な声色で優司は返すと、今この状態で悪霊を拘束する為に自らの霊力を必死に削りながら印を結んでいる彼に心の底から感謝していた。だがそれゆえに京一の負担を一刻も早く終わらせようと、早々に白装束へと質問をするために無駄なことは避けたかった。


「悪霊に聞きたい事だと……? よせ、馬鹿な事は辞めるんだ。人語を介する悪霊は匠に話術をしようして自分が有利になるように人を操る事だって出来るんだぞ!」


 優司の言葉に彼は顔を顰めて直ぐにそんな事は辞めるように強く言うと、確かに京一の言っていることは事実であって授業中に篠本も同じことを言っていたのだ。


「大丈夫ですよ。仮に俺が操られたとしても先輩や幽香が止めてくれると俺は信じています。……とは言ったものの完全に人任せなところは許してください……ははっ」


 申し訳なさそうに頬を少し掻くと彼は苦い笑みを作りながら人任せになってしまうことを詫びた。


「……分かったよ。まったく、悪霊に質問をしようとする一年なんて初めて見たよ」


 顔を下げて頭を左右に振ると京一は渋々といった様子で彼が悪霊と会話することを許可した。


「あははっ……ありがとうございます。それとごめんなさい」


 これはかなり先輩を怒らせているかも知れないと優司は思うと、依然として苦い笑みを辞める事は出来ずに感謝と謝罪の言葉を同時に出すことしか出来なかった。


「さて……これからお前に一つの質問を与える。答えなければお前の四肢に銃弾を一発ずつ撃ち込んでいく。良いな?」


 そして京一から視線を外すと次は悪霊の方へと意識を向けて彼は質問を始めることとした。

 しっかりと両手には除霊具を携えて、いつでも撃てるように指は引き金へと添えられている。


「ひゃひゃァ!! 人の子の分際で質問だとォ? 誰がそんな事に答えるか莫迦者め――あ”ぁ”ぁ”あ”あッ”!?」


 白装束は彼の言葉を聞くや否や高笑いしながら質問に答える事を拒否するが、優司は時間を無駄にしたくない事から本気だという意味を込めて足先を撃ち抜いた。


「質問以外のことを喋っても撃ち込んでいくからな。……では早速質問だ。お前は人肉を食らう悪霊の事を知っているか?」


 そう言いながら確実に悪霊の右足を見据えて拳銃を構えると、彼が白装束に問いたかった事とは例の悪霊についてのことであった。

 同じ悪霊同士ならば何か情報の一つや二つぐらい持っているだろうという希望的観測である。


「は、ははァ……。お前はやはり莫迦だなァ、悪霊ならば人肉ぐらい誰でも食うだろうにィ……」


 薄ら笑みを浮かべて人を小馬鹿にするように悪霊は言ってくる。


「そうか、俺の聞き方が悪かったな。ならば元は人間で人肉を喰らい続けて悪霊へと変貌した者をお前は知っているか?」


 優司は自身の質問の仕方に問題があるとして聞き方を変えると再び訊ねる。


「……ッ!?」


 すると白装束は途端に表情を恐怖を感じさせるものへと変えて、先程まで体から溢れ出ていた赤色の蒸気のようなものは瞬く間に収まった。


「知っているようだな。話せ」


 彼はその反応を見逃さずに静かに尚且つ覇気の篭った重みのある声量で告げる。


「い、言えないィ……言える訳が――――がッあ”ぁ”ぁ”!?」


 白装束は頑なに体を左右に振りながら話すことを拒むと、その様子は何処か怯えているようにも見えたが優司は情報を得ることを優先して両足の甲を撃ち抜く。


「吐け。でないと次は両肩を撃ち抜くぞ」


 悪霊の悲鳴を聞いても一切の感情が揺るぐことはなく、彼は両手に持っている拳銃を両肩に向けて再び情報を言うように促した。


「…………」


 だがしかし白装束はそれ以降は口を開くことはなく、全身を震えさせて何かに恐怖を感じているようなだけであった。


「そうか、それがお前の答えということか。……チッ」


 その頑なに閉ざされた口を見て優司は仮に自分が業を煮やして四肢を撃ち抜いたとしても喋ることは決してないと、そう力強い意識が悪霊から伝わってくるとこれ以上は時間を悪戯に消費するだけど思い心臓の位置に銃口を向けて引き金を引いた。


 ――――その刹那、一発の銃弾が白装束の心臓を射抜くと悪霊はそのまま魂が抜けるように鎖に縛られたまま倒れ込む。 


「優司くん……」

「優司……」


 そんな様子を二人は見ていたらしく彼の名を弱々しく呟くと京一は拘束の印を解いて顎下に溜まった汗を手の甲で拭い、幽香はゆっくりと近づいて来ているのか優司の背後から足音が聞こえた。


「まぁ、俺が今ここで優司くんが悪霊にした質問は雰囲気的に聞かない方がいいんだろうね。きっとその方が良いと何となく思うし」


 京一が汗を拭い終えてから視線を向けて先程の質問の意図を敢えて聞かない事を言う。


「……す、すみません先輩。俺の勝手な行動に付き合せてしまって……」


 優司にとってそれは有難い事で同時に自分のわがままに巻き込んでしまったことを詫びて頭を深々と下げて謝った。


「ははっ! 気にする……なとは言わないが、ああいうことは危険だから次からはちゃんと事前に言ってくれよ?」


 人差し指を立たせて片目を閉じながら彼は軽い口調で注意すると、悪霊に質問を訊ねること自体は特段禁止する様子は優司には見えなかった。


「は、はい! 分かりました!」


 意外と怒られなかったことに優司は少しだけ拍子抜けしながら返事をすると、地面に倒れ込んでいた悪霊が手足の先から消滅が始まっていることに気が付いた。


 やがて白装束は手と足それから体と頭といった具合で消えていくと、その場には最初から何もなかったかのように無となっていた。


「……んじゃ俺は除霊を終えたことを野村さんに電話で報告するから、二人は護符の回収を頼めるかな? 一応一般人にはあまり知られなくない物だからさ」


 そんな光景を三人は一言も喋らずに見届けると、京一が依頼を達成したことを報告する為にこの場から一旦離れる事を言って優司達に使い終わった護符の残骸を回収するように指示を出した。


「承知致しました」

「はいっ!」


 幽香と優司が同時に返事をすると京一は微笑みながら頷いてこの場を離れるように去って行き、残された二人は護符の残骸を回収する為にもう暫く体を酷使するのであった。

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