14話「神社の周辺調査」

「おっとごめんね。……あ、はい、もしもし?」


 突如として和室に響いたホラー映画の着信音の正体は京一のスマホから鳴っていたらしく、彼は謝りながら電話に出ると優司は心臓に悪いからその着信音は辞めて欲しいと思えた。


「あー、いまやっと任務地に付いて依頼内容の確認を終えたところさ。……え? あ、ああわかった・ちょ、ちょと待ってな?」


 京一は電話相手に待つように言うと若干焦っているのか顔が何とも言えない表情をしていたが耳からスマホを離すとマイク部分に手を被せていた。


「すまない一年! ちょうど幼馴染から電話がきてしまってね。ちょっと時間が掛かりそうだから、二人だけで下見に行ってきてくれないだろうか?」


 電話相手の幼馴染に聞かれないようにしてから彼は幽香達に神社周辺の下見に行ってくれと申し訳なさそうに言うと、優司はそれを聞いて先輩の幼馴染は長電話を得意とする人なのだろうかと考える。

 

「え、ええそれは大丈夫ですけど……」


 だが今それを考えた所で何の意味もなく、彼は京一の弱々しい雰囲気を目の当たりにしては大人しく従う他なかった。


 けれど優司としても先輩と幼馴染の電話は邪魔したくないというのが本音である。

 それは彼自身が幽香という同じく幼馴染の存在を知っているからと言うのもあるが、恐らく京一の幼馴染は任務に向かった彼の事が心配で電話を掛けてきたのだろうと言う予想も出来たからだ。


「すまない! 本当にすまない! 電話が終わり次第俺もすぐに向かうから! ……それと先輩として一応この言葉を言っておく。日中に悪霊が現れたとしても”太陽の光で弱体化”されている筈だから大丈夫だとは思うけど油断はダメだよ」


 京一は何度も頭を下げて謝罪してくると最後に顔を勢い良く上げて優司の元へと向けると、忠告とも言える言葉を口にして笑みを零していた。そこで優司は授業で習った悪霊の力を弱める効果のある物の一つに太陽光があることを思い出すと、


「確かに悪霊は夜だけに現れるとは限りませんしね……。本命以外にも居る可能性を考慮して動きます」


 それと時を同じくして彼の隣に立っている幽香が頷きながら言葉を返していた。


「うん、是非そうしてくれ。じゃあ……あとは頼むね! 本当にごめんッ!」


 京一はそう言って再び首が折れる勢いで頭を下げて謝ると、優司は反応に困ってしまい苦い笑みを作ってその場をやり過ごす事を選んだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「さてっと、先輩も言っていた事だから除霊具と護符は確実に持って歩いた方が良いね」


 京一に頼まれて二人で下見に行くことになると、幽香は除霊具でもある刀を腰に携えてから数枚の護符を胸ポケットに入れた。


「そうだな。あとは神社の周辺に悪霊の痕跡らしきものがあれば……儲けだな」


 そして優司も同じく自身の除霊具を腰のホルスターに拳銃二丁を収めると、事前に彼に作って貰っていた護符をお守りとして心臓の位置にくるように服の内側に貼り付けた。


「よっし、行くぞ幽香!」

「おう!」


 準備が整うと二人は神社を出ようと玄関へと歩き出すが、その際に彼らの背後からは京一の情けなく何度も謝る声が聞こえてきて優司は気持ちが緩みそうになった。一体彼は何をやらかしたのだろうかと優司は一瞬だけ思ったが、直ぐに頭を左右に振って取り払う事にした。


「んー、取り敢えず出たけどやっぱり昼間だと特に雰囲気や霊気も感じられないね」


 先に神社から出た幽香が太陽の日差しを受けて手で視界を守ろうとする。


「ただの田舎に建つ神社ってだけだな。まあ夏とかになればこの場所も肝試しやらで若者がやってくるかも知れんが」


 遅れて優司が出てきて夏の神社という絶好の場面であることを呟いた。だが肝試しのせいで親友達を危険な目に合わせている彼からすると、とてもじゃないが金輪際気軽に出来る遊びではなかった。


「そうなると野村さんの見回りが忙しくなるね……ははっ」


 幽香は市の職員の野村さんの事を考えたらしく乾いた笑みを見せる。


「ああ、きっと夏は悲惨だろう。……っと雑談はこれぐらいにして周辺を歩くか」


 優司はそれに大きく頷くと喋るのは辞めて当初の目的でもある”下見”を行う事にした。


 だが神社の周りは木々が生い茂っているぐらいであり、よく言えば自然が豊かで悪く言えばそれぐらいしか目を見張るものはないのだ。


「そう言えば野村さんから白装束をどの辺りで見たのか聞くの忘れたな」


 肝心の悪霊を何処で見たのか聞くのを忘れていた事に優司は気が付く。


「あ、本当だね……。でも神社で寝ようとして異音を聞いたって事だから、近くだとは思うけどなぁ」


 両腕を組みながら幽香は周辺を見渡して白装束は近くに現れたのではないかと考えている様子であった。


「んじゃまぁ適当に歩いて色々と探していくか。……それにこの時間帯に護符を仕掛けておかないと戦闘になった時に不利になる可能性もあるしな」


 頭を掻きながら優司がそう言って歩き出す。


「お、流石に悪霊と何度も戦っているからか、優司もそれなりに分かるようになってきたね」


 同じく隣を歩いている幽香が彼の成長を喜んでいるのか口角を上げて笑みを作っていた。


「まあな。そもそも実践主義のあの学園の授業を受ければ嫌でも理解させられるぜ……」


 だが彼は学園で行われた実践授業で幾度も危険な状況に陥いった事があるせいで若干ではあるが心的外傷を負ってしまったのだ。けれどその副産物として戦いの経験や知識を急速に上げたり得たり出来たのもまた事実である。

 

「あははっ、それは一理あるね。……だけど篠本先生はやけに優司にだけランクの高い悪霊を相手にさせるよね。流石にこの前の授業でA級の悪霊を相手にさせようとしていた時は、僕も本気で先生は何を考えているのかと正気を疑ったよ」


 幽香は淡々とした口調で実践授業で行われた事を話していくと、ポケットから護符を数枚取り出してそのうちの一枚を木に貼り付けていた。

 傍から見れば彼は冷静に事を成しているだけに見えるが優司にはそれが違って見えた。

 

 何故なら幽香は先程から目が笑っていないからだ。

 言うなれば今の彼の瞳はどこまでも暗い深淵のようで、とどのつまり幽香は怒っているのだ。


「あれはそうだな……皆が止めてくれなければやばかったな。……もしかして俺は知らず知らずのうちに篠本先生から反感でも買ってしまったのだろうか……?」


 優司はそんな彼を見て戸惑いつつも言葉を濁しながら返すが、よくよく考えてみると自分は先生に嫌われているのではないかと少し思えてしまった。


 ちなみにその時の授業で皆が止めてくれたのは事実ではあるが、その真意は自分達にも被害が及ぶのではと思って必死になった結果らしいと裕馬が後に語っていた。


 そしてその授業を終えたあとはずっと幽香が『一体何を考えているんだあの先生は!! 優司が死んだらどうする気なんだ!』と一日中怒っていたのは言うまでもないだろう。


「はぁ……ダメだね。心を落ち着かせないと護符に霊力を込められないや」


 幽香は感情が乱れているせいのか護符に上手く霊力を乗せる事が出来ずに苦戦し始める。


「あ、ああ何事も冷静が一番だな。じゃ、俺はもうちょっと向こうの方を見てくるよ」


 優司はこの場を彼に任せて自分は悪霊が残した痕跡を探しに歩き出した。


 取り敢えずとしては夜になるまでにある程度の地形把握と護符を至る所に貼って戦闘になった場合の保険を掛けておく事が優先事項であるのだ。


「俺の霊力でも無いよりかはマシだろう。問題は何処に貼っておくかだが……っと待て。なんだこれは?」


 優司がポケットから護符を取り出して貼る場所に頭を悩ませていると、唐突にも嫌な気配を全身で感じ取って反射的に振り返った。


「なっ!? こ、これは……動物の生首だと!?」


 すると彼の背後には横一列に野生動物達の首が並べて置かれていたのだ。

 しかもその生首達は切られてからまだ時間がそんなに経過していないのか血が今も滴り流れている状態である。

 

「な、何なんだよ……」


 だが奇妙な事に動物達の視線は彼をじっと見ているようで、優司は生首が切られて置かれている状況よりも動物達の視線に言いようない恐怖を抱くのであった。

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