3話「制裁を受ける同士と新たな噂」
幽香に同人誌を与えて発散させる作戦が失敗に終わると優司は同士裕馬を売って何とかその場を切り抜ける事に成功したが、寝るまでずっと横で小言を言われ続ける事となった。
それから無事に朝を迎えると二人は特に会話する事もなく、てきぱきと制服に着替えると朝食を食べに食堂へと向かった。
「な、なあ幽香? もしかして昨日の事で怒ってるのか?」
食堂へと到着すると優司は空いている席を探しつつ、隣で目つきを尖らせて落ち着きのない幽香へと声を掛ける。
「まあ怒ってはいる。だけどこの怒りは優司に向けたものではないよ。寧ろ僕が怒っているのは――」
視線を合わせずにそう言って静かに怒りを顕にしている幽香が何かを言いかけた所で、
「おい~っす!」
唐突にも彼の背後から裕馬の声が高らかに聞こえてきた。
その声を幽香は即座に聞き取ったのか両耳が小刻みに動くと、
「チッ、やっときたな。今すぐにぶっ殺して三途の川に送ってやる」
と物騒な言葉をこの場に残して裕馬の元へと一直線に向かって進み始めた。
その時の彼の表情はまるで般若のようになっていたが、ここで優司は親友として止めるべきか、あるいは同士を助けるべく大人しく名乗り出るかを一瞬の内に考えた。
「あ、おはよう幽香ちゃん! 相変わらず可愛いね!」
「ぶっ殺す!」
「な、なにを!? えっちょ急にや、やめっ乱暴しないで! あっ、あ”あ”ぁ”ぁ”――っ”!」
だがそれは裕馬から聞こえる汚い悲鳴によって無駄な考えとなった。
優司は朝から賑やかな二人を見て元気だなと思うと同時に、心の奥に何とも言えない罪悪感のようなものを感じていた。
「こ、これが……感情というものか……」
まるで機械人形が始めて感情を得たような台詞を優司は呟くが、それは罪悪感から逃れようとする一種の現実逃避である。そしていつまでも騒いでいると野次馬が集まりだして、面倒事になると優司は思うと幽香を落ち着かせるべく近づいて声を掛ける。
「幽香、その辺りにしておかないと面倒事になるぞ。主に騒いだ罰として反省文とかな。……それにとっくに裕馬は落ちてるぞ」
右手を優しく幽香の肩へと乗せてこれ以上の制裁は意味がないと告げると、裕馬は既に気を失っているらしく白目を向いて口が半開きであった。
「それもそうだな。本当はこのあと目の前であの本を全て燃やして、トラウマでも植え付けようと思ってたけど辞めとくよ。……さて、僕達も朝食を食べるとしよう」
幽香が真面目な声色で神をも恐れぬ行為に手を出そうとしていた事に優司は本気で止めていて正解だったと自らを賞賛した。もし仮にそんな行為が目の前で起こっていたら、彼は火の海に飛び込んででも同人誌を救出していただろう。
「……あ、ああそうだな。じゃ、俺はコイツを担ぐから先に席を確保しといてくれ」
取り敢えず最悪の事態は免れたようで優司は安堵の息を吐くと床で伸びている裕馬を背負う。
その行為に幽香は不満気な様子ではあったが何も言わずに視線を逸らすと、彼が頼んだ通りに席の確保へと向かって行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それから幽香が席を確保すると優司が空いている椅子に意識のない裕馬を適当に座らせて、二人は今後始まる”任務”について話しながら朝食を食べていた。
「はっ!? お、俺は一体なにを……」
暫くして気絶して伸びていた裕馬が飛び起きて椅子から転げ落ちた。
「お、やっと起きたな。お前は食堂へと着いた瞬間に不運にも、足を滑らせて頭を強打して気絶していたんだ」
優司は起きたばかりで記憶が混在しているであろう裕馬に嘘の情報を刷り込む事によって、幽香が絞め落とて気絶させたと言う事実を揉み消そうとしている。
理由としては後々面倒事になりそうな可能性を避ける為である。
「そ、そうなのか……?」
裕馬が椅子に手を掛けて立ち上がる。
「ああ、そうだとも。なあ幽香?」
すると優司は何事もなかったかのように彼へと声を掛けた。
これも全ては裕馬が気絶している間に話た打ち合わせ通りである。もっとも幽香は乗り気ではなかったようだが、優司が面倒事だけは勘弁と懇願した事もあって折れたのだ。
「うむ、優司の言う通りだ。あまりの転げ具合に周りに居た奴等が写真を撮っていたほどだ」
幽香は表情を一切変えずに感情の篭っていない声色で裕馬に言うと、そのままコップに手を伸ばしてお茶を飲んで一息ついた。
「ま、まじかよ……。朝っぱらから俺は何をしてるんだ……」
二人からの事情説明に納得したのか、彼は椅子に座りなおすと両手で頭を抱えて机へと顔をうつ伏した。きっと羞恥心に耐え切れなくなってしまったのだろう。
「まぁまぁ気にすんなって。それよりも裕馬に幾つか聞きたい事があるんだが良いか?」
優司は項垂れている彼に対してお構いなしに質問を投げ掛ける。
「気にすんなってお前……はぁ。まあいいけど、なんだよ聞きたい事って?」
裕馬はうつ伏していた顔をあげてジト目で睨んできたが特に気に留める事はなかった。どうせなら幽香にジト目で睨まれたいと優司は思ったが、今はそれよりも質問の方を優先させるべく胸の中で抑える。
「ああ、実は裕馬なら俺がクラスの皆から……いや、全学年から嫌われてる理由を知ってるかもと思ってな」
優司は入学した時からずっと疑問に思っていた事を彼に訊ねる。
それは日に日に増してく嫌悪感を孕んだ視線や、一部の生徒達に疎まれていると言うのを彼が感じて等々限界に達したからである。
「お前……仮にそれ聞いたとしてショックとか受けないのか? そもそも自分が嫌われてる理由を探ろうとか正気の沙汰じゃないがな」
訊ねられた裕馬は目を丸くして言い返すと、最後の方は肩を竦めながら呆れたような口調となっていた。
「おい、優司の質問に難癖を付けるつもりか?」
唐突にも幽香が手に持っていたコップを勢い良く机に叩き置いて鈍い音を響かせる。
「ひっ!? な、なんだよ……俺は間違った事は言ってないぞ!」
裕馬はなぜか彼に対して凄く怯えている様子で体が震えていた。
恐らく音に驚いて裕馬は萎縮してしまったのだろうと優司見て思う。
「まぁまぁ二人とも落ち着けって。……それよりも知ってるのか? 知らないのか?」
しかしこのままでは話が進まないので、優司は一旦落ち着くように声を掛けると視線を裕馬へと向けて再度訊ねた。
「……まあ知らない事もないな。あれだけ噂になっていれば。逆に本人の耳に入ってないのが可笑しいぐらいだ」
裕馬は少しだけ気まずそうな表情を見せてくると噂の内容は把握しているような口振りであった。
「そ、そうなのか。……じゃあ、早速で悪いが俺の噂について教えてくれ。頼むっ!」
優司は椅子に座りながら頭を下げると両手を合わせて頼み込んだ。
「それは別に構わないが……。幽香ちゃんが感情を剥き出しにしないようにちゃんと見張っといてくれよ?」
人差し指で頭を掻きながら裕馬は横目で幽香の方へと視線を向けていた。
どうやら、その話を聞けば少なからず彼が反応して怒り出す可能性があるらしい。
「なんだと? それはどういう意味だ」
だがそれを聞いて幽香は目付きを鋭利な刃物のように鋭くさせて裕馬に文句を言う。
「待て待て幽香、落ち着け。まだ話は始まってすらいないぞ。……はぁ、俺がしっかりと見とくから話してくれ裕馬」
優司は一向に話が進まない事を危惧して席から立つと、幽香の元へと近づいて彼の耳たぶに触れて無理やり大人しくさせた。これは幽香に対して効果覿面の技であり、現に彼は体を跳ねさせて反応していたが頬を微かに紅色に染めると唇を噛み締めながら黙った。
「……何か今の一瞬で色々と突っ込みたい部分が出来たんだが……まあいいか。とにかく本当に頼むぜ? ……んんっ、では話していくぞ。今現在での優司の噂を」
裕馬はその様子を見て何か思う事があったのか言葉を濁していたが、幽香が黙ったのを見て安心したのか優司に念を押してくると、軽く咳払いをしてから噂の内容を淡々と語り始めるのだった。
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