21話「美少年の噂の内容とは」

 寮を出て直ぐに食堂へ向かった優司達は相変わらず妙な視線を身に浴びながら朝食を食べ終えると、急ぎ足で一組のクラスへと向かい余裕のある登校をすると二人は自分達の席へと腰を下ろした。


「今日からいよいよ悪霊に関しての授業が始まるから、遅刻だけはしないようにと行動を早めにしてみたが……なんか意外と早くに教室に着いちゃったな」


 優司が教科書類をバッグから取り出して机にしまいながら口を開く。


「本当だよ。周りを見ても僕たちの他に居るのって二、三人ぐらいなんだけど」

 

 幽香は周りを見渡してから一組に今いる人数を口にしていた。そして優司が空になったバッグを机の横に引っ掛けると壁に掛かっている時計へと視線を向ける。


「うーむ、まだ七時五分か……。これなら明日からもっとゆっくりでも大丈夫かもな。朝食も急いで食べせいで味とか殆ど分からなかったし」


 優司が呟くように現在の時間を言うと確かにこれは早すぎたのかも知れないと自分の中で反省して、明日からは気持ち遅めの登校を心がけようと誓った。


 そうすれば多少は夜更かししても何とかなるし良い事づくめなのだ。

 主に優司は村正ライフ先生の同人誌が見たいだけなのだが、隣で幽香が起きていたら気が休まらないのだ。


「……でも流石に納豆を味噌汁に入れて時短を図ろうとした時は、さすがの僕でも引いたけどね」


 隣の席から幽香が呆れたような声色で朝食の時ことを思い出したかのように言ってくると、優司は味噌汁納豆こそ正義であると異論を唱えたかったがそれは叶わなかった。

 何故なら彼が幽香に向けて口を開こうとしたその時――


「よっす二人とも! 朝っぱらから仲が良さそうだな。やっぱり今になっているだけの事はあるぜ!」


 優司の席の前から無駄に元気が有り余っているような声が聞こえてきた。

 その唐突な声に優司は顔を向けると、そこにはバッグを片手で背負いながら片手を小さく上げてニヤニヤとした表情を浮かべている裕馬の姿があったのだ。


「なんだ裕馬か。お前は朝から元気溌剌って感じだな。……てか後半の一年の間で噂ってなんだよ?」


 こんな朝一に登校してくる人物がまた一人と増えたことに優司は不思議と安堵にも似た気持ちを抱くと、そのまま裕馬が意味あり気に言ってきた噂とやらを聞き返した。


 別に噂とやらに興味があるわけではないが、先程まで穏やかだった幽香が彼の登場によって急に重苦しい雰囲気を放ち始めている事に優司は気づいて逃げ道にしたのだ。


「あれ、知らないのか? あれだけ噂になってれば当の本人達はとっくに知ってるものかと」


 裕馬はバッグを自分の席の机に乗せると椅子を引きずって優司の元へと近づけて腰を下ろす。


「んだよ。もったいぶらないで言えよ。一体なにがそんなに噂になってるんだ?」


 すると優司はその噂とは一体どういう内容なのかと、暇つぶし程度になれば良いかと思い再び訊ねた。しかし裕馬はまたもや頬を上げてニヤニヤした表情を見せてくると、


「まあまあ慌てるなよ。えーとだな、まず幽香ちゃんの噂だが一年の間では幽香は女装させたい男ナンバーワンとなっていて男子女子共に付き合いたい人オールナンバーワンにも輝いている! あとこれは誰が言い出したか分からんが男でも女でもだとかもあったな」


 彼は噂の内容を赤裸々に語っていった。

 もっともその噂の女装させたい男ナンバーワンという部分には優司としても賛成派であった。

 

 実は彼も密かに見たいと思っていたのだ。

 幽香が男状態の時に着るメイド服やチャイナ服……さらにはボンテージ服を。


「なっ! なな、なんだその噂は!? ……いや待て。その噂が本当なら昨日の食堂や今日の朝食時に受けた人を舐めまわすような視線の数々はそういう事だったのか……?」


 その話を幽香はしっかりと聞いていたらしく、突然席を立ち上がると右手で頭を抱えながら昨日から続く妙な視線の数々の意味を憶測を口にしていた。


「あー、通りで昨日から寮で他の男とすれ違う度に濁った目で見られていたわけだ。なるほど、なるほど」


 そこで優司もやっと視線の数々の意味を理解する事が出来た。


 当初は裕馬の話を聞いて幽香のファン達がただ見ているだけなのかと思っていたのだが、男子達だけが脂ぎった瞳を彼に向けていたのがどうにも疑問だったのだ。

 しかし謎が解けた事で優司の心は何処かすっきりした気分であった。


「なるほどではないぞ優司! このままでは僕は男と女が好きなふしだらな者になってしまうではないか! ……くそっ、一体噂の元はどこだッ! この手で根を絶ってやる!」


 自分の机を両手の平で叩くと幽香の口調が段々と荒くなって、最終的には右手で握り拳を作ると小刻みに震えていて本気で苛立っている事が伺えた。


「まあまあ落ち着け幽香。噂なんて直ぐ収まるさ。……それより俺にも噂があるらしいが、どんな内容だ?」


 取り敢えず今から噂の発生源を探しに出たとしても直ぐにHRの時間となって終わるのが関の山だと優司は遠まわしに伝えると、視線を裕二へと向けて自らの噂の事を訊ねた。

 どうにも幽香の噂を聞いたあとだと変に彼は身構えてしまうが、特段おかしな噂でないことを祈るばかりであった。


「ああ、実は優司の方は――――」


 だがしかし裕馬が内容を話そうとしたその瞬間にタイミングを計ったかのように校内にはチャイムが鳴り響いた。その音で優司は気づいたのだが、周りを見れば既に殆どのクラスメイト達が席に座っていて時刻は八時きっかりとなっていたのだ。


「おっといけね。もう朝のHRが始まるな。わりぃ、続きはまたあとでな」


 チャイムを聞いて裕馬がいそいそと椅子を自分の席へと戻して座り直す。


「あ、ああ……」


 優司は自分の噂を確かめるには昼休憩の時間になりそうだと思うと心の隅にもやもやとした感じが残る事となった。

 そして教室の扉が音を立てながら開かれると、


「全員着席しているな? よろしい」


 篠本先生が教室に入ってくると同時に全員が席に座っているかどうかを目視で確認していた。

 そのまま先生は教卓の前へと足を進めていくと出席簿を教卓の上に置いてから再び口を開く。


「では早速だが今日の日程を話していく。しっかりと聞け」


 昨日に続いて相変わらず何処か威圧的に感じられる雰囲気と言葉遣いのせいで、優司は自然と顔を篠本先生の方へと向けていた。だが今日の日程と言う事は恐らくだが実技の授業の事についてだろうと彼は少なからず予想していた。


「まず最初に一時間目の授業で悪霊を退治するうえで必要な知識と戦い方を学ぶ事になるのだが、この学園は座学三割で実戦七割を主としている事から早々に悪霊と戦って貰う事になるのでその気持ちでいるように」


 篠本先生は淡々と今日の日程と学園のやり方を話していくと、優司は机の下で小さくガッツポーズをして静かに歓喜していた。なんせ悪霊と戦える術を教えて貰えるわけで、つまりは親友達を助ける事に繋がるからだ。


「っと待てよ? このHRを使って座学を済ませれたら素早く実戦に移行できるな……。よし、今から軽い座学を行って先に終わらせる事にする」


 篠本先生が両腕を組んで何かを思いついた様子でそう言ってくると急に悪霊退治についての座学が始まったようだ。


「まずはお前達が共通で知っておかないといけない事があるのだが、それについては――――」

 

 そのあまりにも唐突な始まりっぷりに優司達の意思は考慮されることはないようで、先生としても座学よりも実戦を大事にしているらしい。それも偏に学園の校風が影響しているのだろうか。


「ふふっ、あの三大名家の篠本様から直々に授業を受けられるなんて……これ以上とない至福の時間ね……っ」

 

 誰が言ったのかは分からないが優司の耳にはそんな女子の声が薄らと聞こえてくる。

 だが言われてみれば確かにその道の熟練者が授業を行ってくれるわけであり、ある意味ではこれは幸運なことなのではと優司は篠本先生の話を食い入るように聞くことにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る