17話「少年はただの馬鹿ではなく、呪物に詳しい」

 幽香に引っ張られるがままに人気のない薄暗い廊下の端へと連れて行かれると、そこで裕馬はやはり小言を言われていた。だが思いのほか幽香はそこまで怒っているわけではなく単純に、あの場で目立つ事を辞めさせたかっただけらしい。


 そして改めて優司が裕馬に視線を向けると彼は特段オタクという雰囲気はなく、寧ろスポーツなどをやっていそうな見た目をしていて黒色の髪型はベリーショートヘアをしている。

 更に顔に泣きぼくろあるのが特徴的だと言えるだろう。


 しかし村正ライフ先生の服を着ているという事は、彼も筋金入りの者だと優司は何か運命のようなものを感じ取っていた。


「それで裕馬が俺達に話し掛けてきたのって何か用があったのか?」


 優司は幽香から小言という小言を散々と受けて床にへたり込んでいる裕馬に事の目的を尋ねる。


「あ、ああもちろんだ! 実は誰かを誘って学園見学をしようと思ったんだ。ほら、初日でぼっちになると寂しいだろう? それで教室に残っていたヤツらを誘おうと思ったんだが……なんというかキャラが濃いヤツらだったんだよ。それで俺は考えて真面そうなお前達二人を探していたわけだ」


 すると彼は勢いよく立ち上がって表情に光を宿したようにして、二人に声を掛けてきた理由を話した。その話を聞くと優司はやはり自分達のクラスは個性が濃い者達が集められているのではと思わざる得なかった。なんせ篠本先生の時で女子達が泣きながら何かを言ってたぐらいだからだ。


 だが裕馬が言っている初日でぼっちが嫌なのは優司には痛いほど共感できた。

 彼自身も中学で引っ越したばかりの時はその事が凄く不安でしかたなかったのだ。

 けれど運命とは数奇なもので、祐也や右京や佳孝達と巡り会う事が出来たのだ。


「なるほどな。だったら俺達と一緒に見て回るか? なあ、幽香もそれで良いだろう?」


 優司は中学の時みたいに手を差し伸べてくれた親友達のように裕馬に手を差し伸ばそうとする。


「……僕は嫌だ」


 だが幽香はまだ自己紹介の時の質問が尾を引いているのか首を縦に振る事はなかった。


「ぐはっ!?」


 幽香からの直球の拒否宣言は裕馬の心を抉ったのか、その場で苦悶とした声を上げて背中から床に倒れていった。


「おいおい、なんでそんなに嫌がるんだ? 裕馬だって泣き土下座しながら謝っていたじゃないか」


 優司は倒れたまま体を打ち上げられた魚のように跳ねている裕馬に人差し指を向けながら尋ねる。


「それはそうだが……。逆になんで優司は僕にあんな質問をしてきたこの男を許せるのだ!」


 幽香の中では彼が簡単に許した事に対して不満があるみたいだ。

 しかし優司はあの泣き土下座を見させられた辺りで許していたのだ。


 なんせ彼は同じ趣味を持つ者だからだ。それは完全に自分の意思だけだが、幽香にそれを伝える事なんて到底出来るわけもなく優司は頭を悩ませる。

 ……が、そこへ先程まで魚のように跳ねていた裕馬が突如として起き上がった。


「そ、そう言えば二人の会話が少しだけ聞こえたんだけど。どっちもパンフレット持ってないんだろ? ほら、俺ちゃんと持ってるからさ! た、頼むよ! 一緒に見学してくれ!」


 そう言って裕馬はズボンのポケットに手を突っ込むとシワだらけの紙を取り出して見せてきた。

 優司達その紙に視線を向けると、それは確かに学園のパンフレットで間違いなかった。

 ……であるならば断る理由もないだろうと優司は再び幽香へと顔を向けて、


「どうやらパンフレットも持っている見たいだし良いんじゃないか? このまま寮に取りに戻るの面倒だしさ」


 と言って裕馬と共に学園を見て回ろうと言ってみる。

 ここまで彼が裕馬を擁護するのも一重に同じ趣味の話をしたいと言うのが大きいのだ。


「ぐぬぬ……ッ。もう知らん! 勝手にしろ! 優司の馬鹿阿呆!」


 だが幽香の反応は見ての通りで小学校低学年ぐらいの子が思いつきそうな悪口を優司に言いながら背を向けてしまった。


 ここまで彼が一人に対して嫌悪感のようなものを抱き続けるのは優司も初めての事で、詳しくは分からないが取り敢えず勝手にしろと言われたので裕馬も加えて見学することになった。

 なんともぎこちない学園見学の初まりである。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「どうやら、ここが売店らしいな」


 裕馬の案内に従って学園内を見学していると最初にたどり着いたのは、一年校舎に併設されている売店というなのコンビニであった。


「そりゃまあ見たら分かるが……。なんだろうな、売ってる物が不穏というか不吉なんだが。そもそもこれらは売っても大丈夫なのか?」


 しかし優司は売店で売られている物に動揺が隠せない。彼の視線の先には普通の商品所謂、ポテチ、チョコ、ガム、などが棚に並べられているのだが……他にもあたかも同じ部類の顔をして売られている藁人形や五寸釘と金槌のセットが異色を放っているのだ。


「んなもん別に珍しくないだろ。なんせここは特殊な学園だぞ? 寧ろその手の扱いに長けてないといけないし、逆にその藁人形や釘を使って除霊する人もいるぐらいだ」


 横から裕馬が藁人形や釘を売っている理由を話してくる。


「そ、そうなのか? なんか知らなくても良いような情報を得たようなきがするぞ……」


 優司はこの学園は特殊なんてものじゃなくて普通に変わっているところだと改めて認識した。

 そしてやはりその情報は知らなくても良かったと思えた。

 

「はぁ……。まあ、ついでだし何か買っていくか? 俺が奢ってやるよ」


 溜息を吐きながら優司は先程から一切喋らない幽香を気にかけて奢ると言う。


「お、良いねっ! 優司の奢りなら俺はこの限定味の納豆ケーキ味のポテチを頼むぜ!」


 だが何故かそれに真っ先に食いついてきたのは裕馬であった。しかも限定味のポテトチップスを選んでくる辺り抜け目がない。コンビニの限定商品は大抵既存のものより値段が高く設定されているからだ。


「お前には奢らねえよ。てかそれ本当に美味しいのか?」

「ちっちっち! 甘いな優司。こういうのは限定だからこそ、買う意味があるんだ。味なんて気にしてたら駄目だぜ」


 裕馬は人差し指を立たせると短く左右に振って彼の当然な疑問に答えていた。

 その妙に偉そうな表情は一体なんなんだと優司は言いたくなるがぐっと堪える。

 そして喉の辺りで言葉を潰すとそのまま視線を裕馬から外して、


「そ、そうですか。……んで? 幽香は何か気になる物はあるのか?」


 次に幽香の方へと向けて何かめぼしい物がないか聞いた。


「……これっ」


 すると彼は短くそう答えて、右手には一つの赤色の小人形が握り締められていた。

 見ればその小人形はストラップのようなものが付いていてキーホルダーのような物である事が分かる。


「おお、いいなそれ! 可愛いじゃないか!」


 こんな呪い道具が売っている横にこんな可愛らしい人形のキーホルダーが売っているのかと優司は思ったが、横で裕馬が引き気味の顔してるのが密かに気になった。

 そんなにも幽香が可愛い物を欲しがるのがおかしい事なのだろうか。


「おい裕馬。いくら幽香が男だからって可愛いものぐらい買うぞ。流石に差別はよくな「ち、違うわ! 差別なんかじゃねえよ!」……だったら何でそんな引き気味の顔をしてるんだよ」


 偏見でも持っているのか裕馬に対して優司は説教をしてやろうとするが、その言葉は途中で遮られて彼は首元を左手で抑えながら額に脂汗を滲ませていた。

 そのただならぬ様子に優司は一旦彼の言葉を聞くことにする。


「お前……本当にその人形がただの可愛いキーホルダーだと思っているのか?」

「なんだよ、勿体ぶらずに言えよ……」


 優司は自身でも声が震えている事がはっきりと分かる。


「はぁ……。いいか? それは西アフリカに原産の人形で名をヴードゥと言う。向こうの言葉で精霊って意味だ。だがそれは表向きで実際は呪いの人形の類だ。まあ、呪いの掛け方は藁人形と似ているが……針の色によって効果が違うという特性を持っているな」


 短くため息をついたあと裕馬は幽香が今手にしている小人形について語り始めた。

 しかしその話を聞いていくうちに優司の足は恐怖感からか背中に悪寒のようなものを感じた。


「ま、まじかよ!? ちょっ幽香! 一体それを使って何をしようとする気だ!?」


 説明を聞き終えると直ぐ優司は幽香へと声を掛けてその人形の使用目的を聞こうとする。


「……言わない、優司には関係のないことだ。それよりも早く買ってきてよ。奢ってくれるんでしょ?」


 彼は依然として不機嫌なのか両腕を組みながら言ってくる。

 その雰囲気を目の当たりにして優司はこれ以上聞くとは不可能だと察すると、


「わ、分かりました……。てか裕馬はよくそんな海外の呪いとか知ってるな」


 幽香から小人形を受け取ってから裕馬の圧倒的な博識な知識が気になっていた。


「ん? ああ、まあ家柄って奴だな。俺の家にはよくそういう呪いの類が持ち込まれるから、自然と覚えたって感じだ」


 彼はあっさりと自分の家庭事情だと言ってくると、クラスの皆の個性が濃いとか言っていた本人のほうがよっぽど濃いキャラだと優司は思う。

 だがこの知識は後々の授業に役立つのではと考え、


「なるほど……。なんかこのさき裕馬の知識が頼りになりそうな気がしてきたな。よし、その限定味のポテチも奢ってやろう! 今のうちに恩を売っていざという時にその知識を活かして貰うぜ!」


 と言いつつ裕馬が持っていたポテチも奪うと優司はそのままレジへと向かった。


「ははっ、なんだよそれ。俺は別に何でも知ってるわけじゃないぞ。あくまでも知ってることだけだ」


 優司の後ろでは裕馬が何処かで聞いたことのある台詞を言っていたが、取り敢えず会計を済ませるべく軽く手を振って優司は返した。

 ――そして優司が売店で買い物を済ませると、三人はそのまま学園見学の続きを始めるのだった。

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