聖女、仲間達と顔を合わせる

 広々としたリビングは大きく二つのスペースに分けられていた。

 一つは六人掛けのテーブルが置かれた、食事用と思われるスペース。

 もう一つはふかふかのソファ三つと背の低い小テーブル、テレビ等からなる憩いのスペースである。

 俺が座るように言われたのはソファの方で、そこには既に二人の人物がいた。


「おお、小さいのが来たではないか!」


 先客の片方──身長のが立ち上がって歓喜の声を上げる。

 中学生くらいに見える、背が小さいだけでなく小柄でもあるその子は、何故かぶかぶかの服……ローブ? を身に纏っていた。髪はぱっと見黒っぽく見える濃い紫。なんとなく伊達っぽい小さな丸眼鏡をかけており、子供が教授の真似でもしてるのか? といった感じだ。

 満面の笑みで近寄ってきた彼女は俺の前で立ち止まると「どれどれ?」と背伸びをして、


「くっ、負けた……!?」


 悔しげに表情を歪めるとソファに戻っていった。

 身長にコンプレックスがあるんだろうか。俺──アリシアの身長も百五十あるか怪しいので、負けるのはそりゃ悔しいだろうが、成長期なんだから気にしなくてもいいと思うのだが。


「だから言ってるでしょ? 教授の身長で勝てる子はそうそういないって」

「うるさい! 吾輩の気持ちがお主にわかるか!? こっちはかれこれ百年以上、この屈辱を味わって来ているのじゃぞ!?」


 もう一人の先客にからかわれると、教授と呼ばれた女の子が声を上げ、


「……百年?」

「という設定だ、っていう話だよ」

「わたしたちが変身してからまだ一年経っていませんしね」


 先に会った二人が解説してくれた。

 なるほど、どうやら痛い子らしい。いや、元キャラの設定の話か?

 なら、彼女達が俺と同じだっていうのは嘘じゃないんだろう。

 日本語ぺらぺらの外国人がこんなに集まってるとか、そうそうないだろうし。


「とりあえずお座りくださいませ、アリスさま。いまお茶をお持ちします」

「あ、はい」

「んじゃ、とりあえずアリスちゃんは真ん中かなー」


 シルビア、と呼ばれていた少女が俺の腕を取って、というか抱き着いた状態で導いてくれる。

 長い銀髪を無造作に乱れさせた美少女で、身長は百六十センチ後半はありそうだ。声と表情は気だるげで覇気といったものはほとんど感じられない。

 春物のニットの上から長い白衣を羽織っており、その胸の大きさも含め、彼女もまた只者ではないことが伺える。


 で、最後の一人。

 ソファにおずおずと腰かけた俺は、その少女と視線を合わせた。


「ふーん、あんたが新メンバーね……」


 燃えるような紅い髪の少女だ。

 瞳の色も同じく紅。見るからに気の強そうな容姿は伊達ではないらしく、向けられた言葉にもどこか辛辣な響きがあった。


「見るからにオタクが好きそうな感じ。どっかのエロゲのキャラ?」

「……そっちも学園ハーレムバトルものラノベのメインヒロインって感じの見た目だけどな」


 なんだこいつ。

 俺と一緒に俺の作ったキャラまで馬鹿にされ、ついついイラっとして言い返してしまう。

 と、彼女はふんと鼻を鳴らすと胸を張って、


「あたしはラノベじゃなくて鬼畜凌辱系エロゲのメインヒロインよ」

「お前がエロゲのキャラなのかよ!?」

「当然でしょ? 仲間かと思って聞いたんだから」

「お、おう」


 まさかそっちの方向性で攻めてこられるとは思わなかった。

 ていうか、可愛い女の子の口からエロゲだのラノベだのって言葉が出ると違和感が凄い。今は俺も人のことを言えないんだが。


朱華しゅかさま、あまりアリスさまをいじめないでくださいませ。急に変身してしまったばかりで混乱されているはずですから」

「わかってるわよ」


 お茶の用意と共に戻ってきたメイドさんが言うと、朱華というらしい少女はあっさりと引き下がった。

 そして、テーブルに並べられるお茶と茶菓子。

 席順とお茶の内容はテレビに向かった状態で左側のソファに仮称教授(ほうじ茶)、朱華(中国茶?)、正面のソファにシルビア(コーヒー)と俺、そして右側のソファにメイドさん(紅茶)となっている。バラバラな上、一人はお茶ですらない。

 ちなみに茶菓子はクッキーである。


「アリスさまは何をお飲みになりますか?」

「えっと、じゃあ紅茶をお願いします」


 メイドさんが一番得意なのはおそらくそれだろう。一人くらいは飲んであげないと申し訳ない、と、俺が答えたところで。

 ずずっとほうじ茶をすすった教授が「精一杯厳かにしました」といった声で告げた。


「さて。ではあらためて、ようこそ、アリシア・ブライトネス。我らが『異邦人達の集いフォーリナーズ・パーティ』へ」

「よ、よろしくお願いします。……って、なんですか、その名前?」

「教授が付けたこの家のあだ名よ。いかにも中二病って感じでそれっぽいでしょ?」

「ああ、うん。中二病を狙ったんなら大成功だと思う」

「だろう?」


 ふふん、と胸を張る教授。

 この人も変人だということがよくわかる。


「ええと、皆さんは全員、俺みたいに突然、なんかのキャラになってしまった人達……なんですよね?」

「そうだよー。私は自分で書いてた小説の錬金術師」

「吾輩はマイナーな劇場アニメの大賢者だ」

「あたしはもう言ったから……ノワールさんはマンガのキャラでしたっけ?」

「ええ。メイドのノワール……今は、皆さまのお世話をするのがわたしの役目になっております」


 で、俺ことアリシアがSRPGのキャラ。

 それぞれのフルネームや学年なども聞いた上で纏めた結果がこうだ。


 ◆アリシア・ブライトネス(俺)──金髪碧眼、聖女

 ◆シルビア・ブルームーン   ──銀髪青目、錬金術師、高校二年生

 ◆朱華・アンスリウム     ──紅髪紅目、超能力者、中学三年生

 ◆教授(本名不明)      ──濃紫の髪と瞳、大賢者、大学教授

 ◆ノワール・クロシェット   ──濃茶の髪と瞳、メイド、メイド


「大学教授……?」

「なんだ、嘘だと思っているのか? 子供扱いするならこちらにも考えがあるぞ」

「いや、えっと……すみませんでした?」


 子供が凄んでいるようにしか見えなかったが、とりあえず謝っておいた。


「超能力者っていうのは?」

「ゲームキャラだからファンタジーばっかりだと思ってた? 残念だけど、あたしの出身はSFなの。専門はパイロキネシス」


 確か、火を操る超能力だったか。

 なるほど、紅の髪にぴったりではある。

 ここでノワールが微笑んで、


「アリスさまは中学三年生に編入する方向で調整すると伺っております。朱華さまと同じクラスになれるといいですね」

「もう一回中学生をやり直すのかあ……」

「そうは言っても、その見た目じゃ中三でもギリギリだろう。知り合いがいるだけでもめっけものだと思うべきではないか?」

「知り合いって言っても、今日会ったばっかりだし……」

「何よ、なんか文句あるわけ?」

「ないです」


 朱華は結構大人っぽく見えたのだが、実は中学生らしい。

 気性が荒いようなので取り扱いに注意しようと思いつつ、手つかずだったお茶を飲む。美味しい。思わず飲み干すと、ノワールが嬉しそうにお代わりを淹れてくれた。


「アリスさまはどのようなお茶がお好みですか?」

「飲み慣れてるのは緑茶ですけど、案外紅茶も美味しいですね」

「では、味覚が変わったのかもしれませんね」


 元の身体の時は独特の渋みが苦手だったのだが、どうやら身体が変わったことで味の好みが変化することもあるらしい。

 言われてみれば他のメンバーはなんとなく、キャラに合った飲み物になっている気がする。

 朱華が肩を竦めて、


「国の連中はまとめるのが好きみたいだから、あんたの学校もあたし達と同じでしょうね」


 朱華とシルビアが通っているのは中高一貫の私立女子校らしい。


「……もしかしてお嬢様学校ってやつか?」

「一応はね。って言っても、試験に受かれば誰でも入れるし、ごきげんようとか言っちゃうガチのお嬢様はいないから安心しなさい」

「逆に不安になってきたんだが」


 ガチのお嬢様も少しはいるんじゃないか。


「女性ばかりの環境というのも気楽なものですよ。殿方の目を気にする必要がありませんから」

「っていうか、あんたにとっては楽園でしょ? 元男なのよね?」

「悲しいことに『元』だけどな」


 言い返した俺に朱華はふん、と笑って、


「ご愁傷様。悪さをするが無くなったのはあたし達にはラッキーだけど、女同士だからって変なことしようとしたら燃やすからね」

「しねえよ!」


 こっちはいきなりの話でまだ戸惑っている段階だ、そんな余裕はない。

 遠い目になって視線を逸らせば、外の世界がオレンジ色に染まっているのが見えた。思えば、朝起きてからバタバタしっぱなしだった。朝食はトーストを軽く齧った程度で、昼に至っては食べていない。そう思うとクッキーと紅茶が物凄く貴重な食料に思えてきた。

 ここぞとばかりに手を伸ばす俺を見て、ノワールが微笑み、


「アリスさま。夕食は別に作りますので食べ過ぎないでくださいね。……それに、あまりお茶をお代わりされますとお手洗いの心配もありますし」

「……う」


 その言葉に俺は硬直した。

 お手洗いの意味がわからなかったわけじゃない。トイレを表す言葉を聞いて、今日はまだ一度も行っていなかったことを思いだしただけだ。

 つまり、その、簡単に言えば、紅茶をお代わりしたせいもあって、お腹がかなりやばい状態になっている。


「すみません、トイレを借りてもいいですか?」

「借りるも何も、アリスさまもここの住人になるのですから、お好きに使っていただいて構いませんが……」

「大丈夫か? 一人でできないのなら手伝ってやるぞ?」


 教授がにやりと笑って尋ねてくる。

 ついでに朱華が「これはからかうチャンスだ」とばかりに笑みを浮かべたので、慌てて、


「子供じゃないんだから、それくらいできます」


 案内されるままトイレに駆け込み、蓋と便座を上げて下着を下ろした俺は、股間に手を伸ばし、


「……あ、あの、ノワールさん?」

「はい。アリスさま、お手伝いいたしましょうか?」

「……お願いします」


 終わった後、教授と朱華に大爆笑されたが……仕方がないと思う。

 いつもと同じ手順でできなかったわけだし、なんとなくでやっていたら、その、いろいろ飛び散らせていた可能性が高い。

 床に敷かれたマットをノワールに言って洗濯してもらう、などという羞恥を経験するくらいなら、最初から恥をかいてしまった方がマシだ。


 なお、それからしばらくの間、俺は極力、トイレに行くのを避けるようになったのだが……これも仕方のないことだろう。


 ちなみにシルビアが静かだと思ったら、いつの間にか寝ていた。






 『異邦人達の集い』(仮)には余っている部屋が幾つもあったらしく、俺はその一つをあっさりと与えられた。


「……はあ」


 新しい自室でベッドに寝そべり、息を吐く。

 あらかじめ据え付けられていたベッドは柔らかく、使い心地としては何の文句もなかった。

 アリシアの身体は小さく軽いので、普通のベッドを使っていて身体がはみだすとか、ベッドが耐えられないとかそんなことにもならないだろう。

 問題があるとすれば掛け布団やシーツ──というか部屋全体がいかにも「女子の部屋」といったコーディネートになっていることくらいか。

 別に露骨なピンク色だったりはしないのだが、淡い色調ながら明るいトーンで纏められていたり、家具が全体的に丸っこかったり、さりげなく女子っぽいのだ。おそらくノワールあたりのセンスだろう。これが朱華相手なら面と向かって文句を言ってもいいが、あの人には恩もあるし悪意を向けたくはない。


 ノワールの作ってくれた夕食も美味しかった。


『今日はあり合わせになってしまいましたけど、明日はアリスさまの歓迎会をしましょうね?』


 あり合わせと言いつつ十分すぎる料理だったので、何が出てくるか、食べきれるのか、期待と不安が半々くらいで同居している。

 食事と言えばどうやらこの身体、サイズ感に比例して小食らしく、元の俺の半分程度しか食べることができなかった。

 調子に乗って白米を頬張ったりするとおかずが全く入らなくなりそうなので注意しなければならない。


「でもまあ、悪いところじゃなさそうか……?」


 朱華は微妙に刺々しいし、教授はなんか面白がっているが、シルビアは今のところ急に抱き着いてきたくらいで害がない。ノワールはメイドらしく甲斐甲斐しく人当たりも柔らかなので癒しオーラが凄い。

 なんとかやっていけるかもしれない。

 いや、やっていかないといけないのだろう。


「元に戻る方法は、今のところないらしいけど……」


 それを今、調べている最中だという話だ。

 こうして一か所に集められているのはそのためでもあるわけで、こればっかりは偉い人達に期待するしかない。


 そんなことを考えていると、腹が膨れたこともあって眠気が襲ってくる。


「とりあえず、後のことは明日考えよう……」


 母親に無事着いたことをグループチャットで送り、俺は睡魔に身を任せ──。


「あの、アリスさま? お風呂のご用意もできておりますが、どういたしますか? それと、よろしければ着替えの代わりとして予備のメイド服を──」

「すみません、勘弁してください」


 ノックと共に顔を出したノワールに平謝りした。




 なお。

 この夜、俺はシルビアの部屋から突如響いた爆発音によって起こされることとなり、害がないと思っていた二人もやっぱり変人なんだということを思い知ることになるのだが、眠りについたばかりの俺はまだ、そのことを全く知らなかった。

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