26話「女王は激怒し、大賢者は呆れる」
アーデルハイトの鳩尾に拳を突き入れて盛大に吐瀉物を吐き出させると、ジェラードはもしかしたらこの光景を見てアナスタシアは怒るか引いているかどちらかの反応をしているに違いないと思い、試合が終わったあとに小言を幾つも言われる事を想像して気分が滅入る。
だが相手が全力で挑んできている以上は下手に手加減や情けや情を掛けることは侮辱に等しく更に剣聖の称号持ちで尚且つレイピアを主体として戦うのであれば、彼は敢えて魔法を使わずに王女の戦い方に合わせて拳のみで受けて立つとして魔術師としての武器を放棄した。
「た……体術でもまるで歯が立たないなんて……。これが王都の大賢者と言われている人の実力……」
蒼白い顔に漸く血色が戻っていくとアーデルハイトは改めて王都の大賢者とはどういう者なのかと悟ったような言葉を呟くと、それは恐怖からきているのか武者震いなのか震える右手でレイピアを握り直した。
「……ですが私は負けないッ! 例えこの腕が折られようと足を貫かれようと絶対に負けだけは認めはしなぁぁあぁい!」
意を決したような顔つきを見せて彼女は吠えるように負けはしないと大声で叫ぶと、アーデルハイトはレイピアの先端を彼に向けて走り出した。
「そうか。ならばお前の気が済むまで俺に刃を突き立てるがいい。……だが威勢と勇気は別物だということを教えてやろう」
彼女は何をそんなに負けを認める事が嫌なのかとジェラードは頭を悩ませるが、アーデルハイトが全身から滲ませている”焦り”と”力”を欲している今の状態では天地が逆転しても自分が負ける事はないだろうと確信していた。
「はぁぁッ! ヒルデ流剣技ブレイザー・バイ――」
表情を歪ませた彼女が直ぐ目の前にまで迫ると王宮剣技を使おうとしてレイピアを構え直すが、
「遅い。全てに置いて遅すぎる。それでは俺に傷を負わせる所か、魔界でも通用することはないだろうな」
それよりも先にジェラードが瞬間移動にも似た速さで彼女の背後へと周ると軽い拳を背中にめり込ませた。
「ぐぶぅっ!? ……ぬぁあぁあッ!」
純白の鎧には亀裂が入り一部の装甲が剥がれ落ちるとアーデルハイトは苦悶とした声をあげるが、そのまま体を捻じ曲げるとレイピアを彼の首元に目掛けて振り下ろす。
「はぁ……これまでだな。お前との戦いは正直つまらん。それで剣聖を持っているのならば即刻返上して、母親と同じく赤いドレス衣装でも着て女らしさを磨いたほうがいい」
短く溜息を吐いてジェラードは振り下ろされたレイピアを素手で受け止めると期待していた剣聖の実力に心底失望して、彼女には普通の女性として生きる事を勧めると同時にレイピアから手を離した。
「……な、なんでジェラード様にそんなことを言われないといけないのですか! 私だって努力している! 鍛錬も毎日欠かしていない! 貴方という存在が常軌を逸しているだけで皆が全て貴方のように――」
掴まれていたレイピアが開放されるとアーデルハイトは反動で僅かに後ろに下がると左手を自身の胸に当てながら勢いに任せるようにして言葉を吐くが、それは途中で彼の言葉によって無理やり止められた。
「もういい。それ以上は喋るな。正直なところお前には期待していたのだがな。父をも越える若き剣聖として。……だが今ので全て分かった。俺の目は節穴であり、この戦いにもはや意味など無いことを」
右手を大きく上げてローブを揺らめかせた後ジェラードは冷たい声色で自身が思っていたことを呟くが、先程の彼女の言葉を聞いた瞬間にそれは自身が思い浮かべた愚かな妄想に過ぎなかった事を自覚してこの決闘を終わらせようとする。
「わ、私は父様をも越えるッ! 必ず! そしてヒルデに暮らす民達は私が守り、この先もずっと繁栄を続けていくのだ!」
目付きを野生の獣ように尖らせるとアーデルハイトは右手に握り締められているレイピアを空に掲げて意思を表明するような仕草を取るが、最早決闘の事とは何も関係してない言葉に彼は呆れると首を左右に振ったあと口を開いた。
「俺は喋るなと言った筈だがな。……だがまあいい。なにを焦っているのか理由は聞かないが、お前に剣聖としての実力が無いのは確かだ。それに己の弱さも認めることが出来ずに、ただ駄々を捏ねる。それではこの国の未来も短いだろうな。ああ、実に残念だ」
彼女が一体何に対してそんなにも勝利に固執しているのか分からないが、ジェラードは実力が伴っていないとはっきりと断言すると共に肩を竦めながら国の繁栄がどうのこうのもそれでは到底無理だと嘲笑う。
「お前に……お前に一体何がわかるんだぁぁあーーーーッ!」
するとアーデルハイトは全身を小刻みに震えさせ始めて、コロッセオ全体に響き渡るような声量で叫ぶと何かが外れたように連続して怒声混じりの言葉で喋り続ける。
「私が強くならなければ父様が安心して体を休める事が出来ない! 隣国のガラヴェンタとは日に日に関係が悪化していて……もはや戦争が避けられない所まできている。だから、私は一刻も早く強くならなきゃいけない! 今の状態で父様を前線に出す訳にはいかないからだ!」
何を考えているのか彼女は国の情勢を躊躇いもなく語り始めると、ジェラードは瞬時に防音魔法を拡大して周囲に張り巡らせると民衆に聞こえないように配慮する。
だがそれと同時にアーデルハイトが何故こんなにも”力”と”勝利”を渇望しているのかという理由を彼は知る事が出来た。
「ふむ、なるほどな。大体の事情はわかったが……戦いの指揮を執る国王自らが前線に出るとお前は考えているのか。まぁ確かにアイツの性格なら部下だけに血を流させる訳にはいかないとなるのが妥当な考えか」
右手を自身の顎に添えながらジェラードは小さく頷くと国王の性格を考慮して考えてみても彼女の言っている事は理解出来て、回復してまだ間もない国王を戦の前線へと出せば殆どの確率で帰ってはこないだろうことは手に取るように分かった。
「はい……。ですからやっとベッドから降りる事の出来た父様を私は……戦争で失いたくは――」
彼が内容を理解したことでアーデルハイトは落ち着きを取り戻しつつあるのか声が次第に穏やかなものへと変化していくが、
「アーデルハイトよ、少しばかり無駄話が過ぎたようだ。それと俺と戦う理由が強くなりたいからというものであるならば、お前は随分とおこがましい」
そこでジェラードは徐に人差し指を立たせると話を終わらせるように強めの口調を使う。
「えっ? そ、それは一体……どういう意味で……」
彼女は途端に表情を曇らせると言葉の真意を知りたいのか弱々しく尋ねてくる。
「そのままの意味だ。お前は自分が強くなりたいからと俺を決闘に誘い利用した。この王都の大賢者【クリストフェル・ジェラード】をだ。ゆえに次の一撃を持って、お前を失神させてこの戦いを終わらせる。……しかし最終的に決闘を承諾したのは俺であり、命までは取らないでおいてやろう」
おこがましいという理由の部分をジェラードは簡素に教えると、これ以上の戦いは何の意味も無いとして一撃で落とすという宣告を行うが、それは一種の慈悲とも言える行為で本来ならばその者の命を以てして解決となるのだ。
「くっ……の、望むところだッ! 私は貴方に傷を負わせるまでは絶対に気を失うことはないッ!」
彼の言葉に恐怖を覚えたのかアーデルハイトは声が震えていたが、それでも宣言をし返すかのように声と表情に覇気を乗せるとレイピアを構え直して刃先をジェラードへと向けるのであった。
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