21話「国王は鈍感」
王女が試合の日時を決めるのに幾分と時間を費やすとついに見兼ねたのか国王が慣れた手つきで、そそくさと日時を決めていくと試合の日程は明日の昼間にヒルデ国の中央部にあるコロッセオで行われる事となった。
そのコロッセオとは初代の国王が建てた物とされていて、今の現在までファイターと呼ばれる者達をそこで戦わせて、その迫力のある戦いをヒルデに暮らす民たちに見せることで生きる為の活力を与えているとジェラードは遠い昔に二代目の国王から聞いたことがある。
「さて、アーデルハイトとの試合の日時も決まった事だし俺達は部屋に戻るとしよう」
無事に日程も決まった事でジェラードは席を立ち上がると、そのまま部屋に戻ることをアナスタシアに伝えた。
「そうですね。食後なので少しゆっくりしたい気分です」
すると彼女も腹は満たされたらしく若干の眠気に襲われているのか右手のひらを口元に添えて大きく欠伸をしていた。
「そうですのう。でしたら使いの者に部屋まで案内させましょう」
国王がグラスに注がれた赤い果実酒のようなものを全て飲み干して机に置くと、白色の布を腕に乗せながら壁際に佇んでいる執事の格好をした女性を呼ぼとしていた。
――だがそこでジェラードは徐に小さく手を挙げると、
「あー、それには及ばん。俺達だけで部屋には戻れるからな」
他の者の同伴を否定する言葉を言い放った。
「で、ですが……それでは色々と……」
国王が露骨に慌てだす素振りを見せると病み上がりの体だとしても顔色が段々と青白くなっているようであった。
だがジェラードとて客人に対して誰も付かせずに部屋へと戻させる行為は無礼にあたるものぐらい分かっていた。しかしそれでもその女性を付かせられない理由があるのだ。
「気にするな。それにそのメイド? 執事? は体調が悪そうだからな。直ぐに休ませることを勧めるぞ」
そして彼は短く気に病むことはないと言うと矢継ぎ早に視線を壁際の女性へと向けて国王や女王に彼女を休ませてあげるようにと告げた。
だが未だジェラードの中では執事の格好をした女性をどう呼ぶべきなのか、どう扱うべきなのかという事で答えが出ずにいた。
下手したら魔法を一から組み上げる時よりも難しいことのなのではと思える程である。
「えっ!? そ、そうなのですか? ……も、もし大丈夫ですか貴女?」
女王は眉を上げて反応を示すと直ぐに男装執事の方へと顔を向けて確認の声を掛ける。
「あっは、はい! だ、大丈夫です女王様!」
彼女は顔を少し下げて俯いていたが声が聞こえたのか顔を上げると何ともないといった様子の返事をしていた。
「ああ、なるほど。貴女は直ぐに部屋へと戻って体を休めなさい。これは命令です」
彼女の妙な返事の仕方を見て女王は何かに気がついたのか小さく頷くと、命令として体を休めることを凛とした声色で言い切った。
「っ……分かりました」
男装執事は何を思ったのか僅かばかりに不服と言った感じの様子の表情を見せていたが、主に言われた事を守る為に食堂の間を出て行くと扉を閉める際に何故かジェラードの事を睨んでいた。
「なんと!? 本当に体調が悪かったとは……。一体どうしてお気づきになられたのですか? しかも妻ですら分かるほどとは……」
扉が静かに閉まるのを見届けたあと国王が口を開くと彼女の体調不良に気づいた理由を彼に質問すると同時に顔を隣に向けては女王をじっと見ながら独り言らしきものを呟いていた。
「まあ、長年生きていると人体の構造とかは何となく分かるからな。それにアレは……いや、止めておくとしよう」
彼の質問に対してジェラードは適当に返すと男装執事が体調を崩していた理由を話そうとしたが、よくよく考えると安易に人に伝えるものではないと思い口を閉じた。
「ジェラード様には何もかも見透かされているようで本当に不思議な感じがします。ですが貴方? あの状態の女性を見て何も分からないとは少々鈍いようですね。私だって同じ経験を月一でしているというのに」
そこで女王がグラスに注がれていた果実酒を一口飲んでから彼の方へと視線を向けて小言のようなこと言うと、再びグラスに口を付けて中身を空にすると今度は顔を国王のもとへと向けてあまりの鈍感具合に呆れているようであった。
「え、えぇぇ!? つ、月一で体調不良を起こしているのか!? だとしたらそれは病なのでは……」
彼女から言われた言葉の意味を何も解釈せずに真っ直ぐに受け止めたのか国王は目を見張りながら声をあげて驚くが、途端に心配そうに表情を変えると女王を見ながら返事をしていた。
「はぁ……。貴方は本当に馬鹿ですね。ジェラード様の垢でも煎じて飲んだらどうです?」
溜息を吐きつつ彼女は頭を抱え出すと国王の無知を本気でなんとかしようとしているのかジェラードを横目で確かに見ていた。
「ん”ん”っ”。話が逸れてきたから改めて言うが俺達は部屋に戻るぞ」
この場に居ると夫婦の面倒事に巻き込まれそうだと思うと、彼は咳払いをして注目を集めてから再度部屋に戻ることを告げた。
「は、はい。分かりました」
女王はゆっくりと頭を下げて返事をする。
「美味しい酒を持って後で行きますぞ!」
その隣では空のグラスを持ちながら国王が後で部屋を訊ねると言っていた。
……だがそれも彼女によって止められることはジェラードには分かりきっていることで、現在進行形で女王は睨みを利かせながら圧力を掛けている様子である。
「……あっ、そうだった。夕食があまりにも美味しすぎたのでお礼の言葉を言いたいのですが、何処に行けばよろしいでしょうか?」
急に思い出したようにアナスタシアが口を開くと扉へと向けて歩いていた足を止めて振り返り、顔を国王夫妻のもとへと向けて質問を投げかけていた。
「おっ、だったらこの私が案内してあげようではないか!」
そしてあまりにも突拍子もない彼女の言葉に国王達は呆然とすると、アーデルハイトが乱暴な音を響かせながら椅子から立ち上がって自身が案内すると言い出した。
「本当ですか! それは助かります! ……では先生、私はお礼を言ってから部屋に戻るので先に戻っていて下さいね」
王女の意外な提案にアナスタシアは歓喜の声を出して軽く頭を下げるが、直ぐに顔を横に向けて彼に対して何処か揶揄うような口調で先に部屋に戻るようにと言ってきた。
「言われずともそうする。それよりも戻る際に迷子になるなよ」
ジェラードは彼女の言い方に少しばかり感情を乱されると、さり気なく子供扱いするような言葉を織り交ぜて返事をした。
「なりませんよ!! ……多分」
するとアナスタシアは大きな声を出して顔を近づけながら宣言をすると、後半の方は声が小さくてもごもごとしていて聞き取りにくかったが彼はしっかりと二文字の単語を耳にした。
「ふっ、ならいいがな」
彼女から力なく発せられた多分という言葉に鼻で笑って答えると、ジェラードはそのまま食堂の間を出るべく歩みを進めるのであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
それからジェラードは部屋に戻って暫くゆったりとした時間を過ごすと風呂の時間となり、入浴を勧められるとこれも良い機会だとして風呂へと浸かり、再び部屋へと戻ってくると早々にベッドの上で寝転んで自室の扉の上部分を一点に見つめていた。
「ふむ、魔女ならばこれぐらい余裕で回避して貰わないと困る」
横になりながら頬杖を付いて呟くと扉の上部には水の入った容器が置いてあり、扉が開くと同時に落下する簡易的な悪戯が施されているのだ。
無論だが標的はアナスタシアであり、彼女は料理を作った者達に感謝の言葉を伝えたあと部屋へと戻ってくると、彼と同時に入浴へと向かったのが未だに戻らないのだ。
そこで暇を持て余したジェラードは不意に思いついた事を実行した訳で、主に最近調子に乗っているアナスタシアに少々のお灸を据える意味が強い。
「おっと……そろそろのようだな」
――そして暫くすると扉の外側から軽い足音と共に鼻歌が聞こえてきて、どうやら彼女は上機嫌のようである事が何となく分かると彼は年甲斐もなく好奇心が胸の中で膨らむのであった。
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