11話「現れる女王と花の香り」
アーデルハイトに案内されてジェラード達は歩き出すと、ヒルデ城の庭には数多の花が色鮮やかに咲いていて、それが最早一つの芸術とも言えるほどに美しい風景であった。
「す、凄いですね。私の故郷ではこんなにも綺麗な花は一本も咲いてませんよっ!」
ジェラードの前を歩きながらアナスタシアが忙しくなく顔を左右に動かして感想を呟く。
「ははっ、そう言ってくれると庭師達も喜ぶであろうな。だが生憎私には、いまいち花の良さが分からんのだ。この花達もお母様の趣味で東の国から取り寄せた特殊な物だと聞いている」
それを聞いてアーデルハイトが気分が良さそうに笑って返していた。だが彼女自身はそれほど花が好きではないらしく、どちらかと言えば花が好きなのは女王の方であるらしい。
「そう言えば今まで聞く必要がないと思って聞かなかったが、お前の故郷は何処なんだ?」
ジェラードはアナスタシアが最初に放った”故郷”という言葉を聞いて興味が惹かれると顔を彼女に向けて訊ねた。彼はそこそこ長く彼女と共に月日を過ごしているが、未だに故郷が何処か聞いた事は一度もなかったのだ。
それは修行が忙しかったり、とある村での出来事を解決していたりと、そんな些細なことを一々聞いている余裕がなかったのだ。だが一番はジェラード自身がそこまでアナスタシアの故郷について重要視していなかった事が大きい。
「あー……言いませんでしたっけ? 私の生まれは小さな村で名前は【ストレガ】と言います。本当に小さな村なので人口は三十人ほどでしたね。その中でも私が一番若かったので、良くお年寄りの方々に可愛がって貰った思いでがありますねぇ」
彼に故郷について訊ねられるとアナスタシアは振り返って視線を合わせてくると、自分が生まれたて村の名前や人口数などを口にして感慨深く目を閉じて頷いていた。
「ふむ、ストレガ村か……なるほどな。その場所なら確かに……」
ジェラードは彼女が生まれた場所を聞いて独り言を呟くようにして返事をする。
「ん? どうかしましたか先生?」
アナスタシアは首を傾げながら聞き返していた。恐らく彼の声が小さすぎて聞き取れなかったのであろう。
「いや、何でもない。気にするな」
彼女が不思議そうな表情を浮かべて見てくるが、ジェラードは視線を逸らすと話を終わらせた。
「……あっ、着きましたよお二人とも! この先が我がヒルデ家の城の中となります!」
すると偶然か必然か時を同じくして三人はヒルデの城の前に到着したらしく、アーデルハイトが手を使って盛大に主張してくる。
「おお……。余りにも圧巻過ぎて何て言ったらいいのやら……」
アナスタシアは彼女に言われて顔を城の方へと向けると、目の前には重厚な扉と共に守衛らしき騎士が左右に一人ずつ佇んでいた。
「俺は何度か来ているから言われなくとも分かる。さっさと中に入るぞ」
ジェラードは数回訪れていることから既に城についての興味は皆無であり、早急に城の中へと入ってゆっくりしたいと思っていた。
「ど、どうぞです!」
アーデルハイトはジェラードの言葉使いにすっかり怯えているのか、急いで扉へと近づくと自らが取っ手を掴み扉を開け放った。その際に城の中から花の凝縮された匂いが一気に溢れ出してきて、それはジェラードの鼻腔を瞬く間に突き抜けていく。
「うぐっ……こ、これは毒か何かか……」
思わずジェラードは膝を地に付けると苦しみながら声を出す。彼の自動防御は匂いであっても毒を含んだ物なら必ず弾くのだが、純粋に花だけでの匂いでは感知されず通してしまうのだ。
そして彼は花が持つ独特の甘い香りが苦手であり、吸引すると気分が凄く悪くなるのだ。
「あれ、急にどうしたんですか先生? ……あっ、もしかしてこの花の香りが苦手なんですか?」
彼の気分が段々と悪くなっていくと、隣に立っているアナスタシアは妙な所で勘が鋭いらしく一発でジェラードの弱点を見抜いていた。
「ふっ、まさかな。この俺が花の香り如きで苦しむ訳なかろう! 少しだけ目眩がしただけだ」
彼は何とか匂いに耐えつつ立ち上がると指先に魔力を集中させて、小さく魔法陣を描くと一時的に花の匂いを感じ取れないように自身の体に魔法を施した。だがこの一時的にな部分には理由があって、永続的に匂いを封じてしまうとそれはそれで支障をきたしてしまうのだ。
「お、王女様一体なにをっ!?」
だがそんな彼の苦しみを他所に王女の突発的な行動に困惑しているのか、守衛らしき騎士達は目を丸くさせながら慌ててアーデルハイトに声を掛けていた。
「いや、待て! 今はそれよりもあの者達が何者か知る方が先決だろう! 身分が証明出来なければ幾ら王女様が連れてきた客人とて城には入れられませんぞ!」
もう一人の騎士が左手を突き出して相方を諭すような事を口にすると、今度はアナスタシア達の方へと視線が集まってまたもや面倒事が起きそうな予感がジェラードの中で生まれていた。
――だがしかし、その嫌な予感は唐突にも聞こえてきた女性の声によって掻き消される。
「落ち着け、そこの騎士二人と我が娘よ。その二人は私が呼んだ大事な客人である。ゆえに丁重に持て成せ。……そして良く我が国にと城に参られた。王都の大賢者ジェラード様」
開け放たれた扉の奥から赤色の高貴なドレス衣装に身を包んだ女性が姿を現すと、彼女は凛とした声を出して取り乱していた騎士やアーデルハイトを一瞬にして落ち着かせた。
「お、王都の大賢者……ま、まさかこの陰湿そうな男がですか!?」
「は、初めて見た……。だが女王様が言うのなら本当の事だろう……」
騎士の二人は視線をジェラードに向けたまま冷や汗らしき雫を額に滲ませると、手足が生まれたての子鹿のように震えていた。
「ったく……断りもなく俺の素性をベラベラと喋る家族だな」
またしても意図も簡単に大賢者であることを公言されるとジェラードが頭を掻きながら不満を漏らす。そして彼はアーデルハイトに意識を向けるとヒルデの一族はどうにも口が軽い傾向にあるのかと思えてならなかった。
「も、申し訳ございません! ……と、取り敢えず中に入ってください!」
意識を向けられたことを感じ取ったのかアーデルハイトは体を大きく跳ねさせて反応すると勢い良く頭を下げて謝り出した。
「先生? 彼女もああ言っている事ですし、早く中に入りましょうよ」
アナスタシアが彼のローブの端を掴んで数回引っ張りながら主張してくる。
「まあ……そうだな。いつまでも外で話していてもしょうがない」
ジェラードは女王を見た瞬間にとある交渉が頭の中に思い浮かんでいた。そしてそれを行う為にも彼はアナスタシアを引き連れて城の中へと足を踏み入れるのであった。
「お……おぉぉ!! す、凄い広いですよ先生!!」
城の中へと一番最初にアナスタシアが入ると至る箇所に顔を向けては今まで見たことのないであろう、豪華な装飾が全体に施されている広間を目の当たりにて興奮している様子であった。
「ああ、知っている。というかあまり騒ぐな。田舎者だと思われるぞ」
ジェラードは浮かれている彼女を見て大人しくするように注意する。
「別に構いませんよ。事実、私は田舎育ちですからね。友達は本と鳥ぐらいでした」
アナスタシアは即座に振り返って顔を合わせてくると真剣な表情を作りながら自身の灰色の過去を語った。
「……そうか。あー……何というか、すまないな」
それを聞いて彼は珍しく言葉にならないという感情を抱くと、普段あんなにも浮かれて生きている彼女でさえ暗い過去があるのだと少々気まずくなるのであった。
「ふふっ、貴女は随分とジェラード様と仲が良いのね。……しかし、その風貌から察するに魔女でしょうか?」
二人が他愛もない話をして妙な空気が間に流れると、突拍子もなく横からヒルデの女王が微笑みながら話し掛けてきた。
しかも彼女の視線はアナスタシアをしっかりと捉えているようで眼光が鋭いように伺える。
「は、あひぃッ!」
女王に突然話し掛けられた事でアナスタシアが変な声を出して反応すると、顔が今までに見たことのないぐらい強張っていてジェラードは笑いそうになるのを気合で抑え込むのであった。
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