14話「捨てられた寺院とゴブリン」

 村長からゴブリンに攫われた村人達を助けて欲しいという依頼を受けると、アナスタシアとジェラードは直ぐにゴブリン達が住処としている場所を目指して空を飛んで向かった。


 村長の話によればゴブリン達は東に真っ直ぐ進んだ方向にある廃棄された寺院を住処にしているらしいのだ。ゆえに二人はそこに向かって飛んでいる。


 ……だが気乗りではなかったジェラードが多少のやる気を見せてアナスタシアに同行しているのには理由があるのだ。


 それは報酬として村長から茶葉を分けて貰う事と、中立国から派遣された兵士達を助けて入国を斡旋して貰う為だ。


 茶葉については単純に気に入ったからであるが、入国の斡旋については彼が大賢者であるがゆえに正規の手続きを踏むと膨大な時間が掛かるのだ。


 いずれは中立国にも立ち寄らねばならない事が分かりきっているなら、それを避ける為にも多少の口利きが必要でその為に兵士達を助けるのだ。


「なあ、本当にいいのか? お前はろくに魔物の知識や戦闘経験もないんだぞ?」


 空を飛びながらジェラードが問いかける。


「ええ、構いません。私は連れ攫われた村の人達を助けにいきます。それが一度でも関わった者の責務ですから。……それにあんな悲しい顔して言われたら拒否する事なんて出来ませんよ」


 顔を真っ直ぐ向けたままアナスタシアは言葉を返してくると、それはまるで目的地しか見えていない様子である。


 しかし彼女の表情からはそこはかとなく真剣な色が伺えて、ジェラードが最初に放った”一度手を出したなら何がってもやり遂げる”というのが少なからず心の内で響いているのかも知れない。


「まったく、だったら俺はもう何も言わないが……注意しろよ。アイツらは知能は低いが、指揮を執る者が居ると途端に厄介な連携を取って襲ってくるからな」


 一応大賢者であるがゆえにゴブリンについての情報を寺院に着くまでに教えておこうとジェラードはアナスタシアに向けて自身が知っている事を話す。


「なるほど、ですが大丈夫ですよ。気をつけるべきはそのゴブリン・ロードだけで残りは多少厄介なだけと言った所でしょうし」


 彼女はジェラードから話を聞くと数回ほど頷く仕草を見せたあと理解したような表情を見せてきた。だがそれはジェラードの勘違いだったらしく、アナスタシアが一番警戒しているのは群れの長でもあるゴブリン・ロードだけであった。


「あのなぁ……。お前は俺の言った事を聞いていたのか? ヤツらは知能が低くとも連携して襲ってくると――っておい!?」

 

 ジェラードがそんな薄い警戒心だけでは隙を突かれて殺られる事になると注意しようとしたのだが、急にアナスタシアが下降し始めると慌てて彼もそれを追いかけた。


 一体急にどうしたのかと周囲に視線を向けると、ジェラードの目の前には朽ちかけの寺院が姿を現した。


「ああ、話している間に到着したのか」


 そう言い放つと同時に地面に両足をつけて彼は寺院の全体を捉えるべく視線を向けた。

 隣ではアナスタシアがゴブリンの警備を気にしているのか、異様なほどに周りに顔を忙しそうに向けている。


「ふむ、外見からしてこれは何か御神体らしき物を奉納する役目を担っていた寺院だな。しかし、時代とともにその役目も廃れていき……っと言った感じか」


 寺院の全体を捉えてジェラードは呟くと、この建物はほぼ全部が石で出来ていてその周りには長年人の手が加えられていないことを象徴するかのように、苔が付着していたり隙間から雑草が生えていたりした。


 けれど寺院自体の大きさ結構あって中にはかなりの人数が入れる事が目視で分かり、寧ろこれは寺院に似た遺跡のようなものである可能性すらあった。


 だが恐らくゴブリン達は攫った村人達をここで一箇所に纏めていると見て妥当だろうと、ジェラードは思いつつ寺院の中に入るべく足を進めた。


「あっ、待ってくださいよ先生!」


 アナスタシアの声が聞こえると共に彼の背後からは小走りで近寄ってくる音が聞こえる。


「おっと、すまないな。つい探求精神が擽られてこの寺院の中を見たくなったのだ」


 ジェラードは振り返りながら自分の好奇心が先を行ってしまった事を謝る。


「そ、そうですか……。でも、今回は私が主で動きますので勝手な真似はやめて下さいっ!」


 アナスタシアは既に杖を右手に持っていていつでも戦えるような体制は整えているようだった。


 最早この場はゴブリン達の縄張りと言ってもおかしくはなく、いつでも戦えるように武器を構えるのは基礎の基礎でありアナスタシアはしっかりと分かっているようだ。

 そして二人は改めて寺院へと向かって足を踏み入れようとすると、


「ぎぎぎっ!」


 と言った鳴き声のようなものが聞こえてきてジェラードは咄嗟にアナスタシアを腕を引っ張って入口の横に投げると自身も彼女とは反対の方に立って身を潜めた。


「ちょっと先生! いきな「静かにしろ。恐らくだが見張りのゴブリンがこっちに来る」ッ……!」


 アナスタシアは当然のように投げ飛ばされた理由を聞こうとしてきたが、ジェラードが彼女の言葉を遮るようにして短くも強めに黙るよう言う。

 すると彼女は左手で自分の口を塞いで頷いて返してきた。


「ぎぎっーぎぎーっ!」


 尚もそのまま足音が近づいてくるとジェラードは短く溜息を吐いてからアナスタシアに待つように手で合図してから寺院の中に素早く入ると、


「ぎっ!?」


 ゴブリンの前に姿を現して叫び声の一つも上げさせる間もなく魔法を放って殺した。


「うむ、こんなものだろう。おい、アナスタシア。今のやり方をしっかりと見ていたな?」


 ゴブリンが肉片や臓物を撒き散らしながら息絶えた事をジェラードは確認すると、入口から顔を覗かせて見ていたであろうアナスタシアに声を掛ける。


「え、ええまぁ……」


 彼の背後からはアナスタシアの戸惑にも似た声色が聞こえきた。

 やはり彼女はジェラードがゴブリンを殺っている瞬間を見ていたらしい。


「よし、ならば今のやり方を覚えたな? 次からはお前にゴブリンを殺して貰う。なに、案ずる必要なないぞ。ちゃんと索敵魔法は展開しておいてやる」

 

 そう言ってジェラードは手のひらを広げて小規模の魔法を発動すると、彼の手のひらの上には小さな火が現れてゆらゆらと左右に揺らめき始めた。

 

 それは周囲に索敵魔法を展開するついでに発動した照明替わりの魔法なのだ。

 薄暗い寺院の中を探索するには明かりが必要であり、光の球体を出す事も可能だったが光量が強すぎて見つかる可能性が上がるから敢えて火なのだ。


「ま、まじですか。……ですが仕方ありませんね。これは私が始めた事ですから嫌とは言ってられません。っていうよりもその魔法便利そうですね! 私にも使えますか?」


 アナスタシアが小走りで駆け寄ってくるとジェラードの手のひらの火を見て羨ましそうな顔を見せてきた。だがここで彼はその言葉に疑問を覚える。


「使えますかだと? ……おいおいアナスタシア。これは特訓の時に教えた基礎の魔法なんだが?」


 ジェラードは顔を近づけると、まさか基礎の魔法を忘れた訳ではないだろうなと疑惑の眼差しを彼女に向けた。

 もし仮に忘れたと言うのなら後で補習授業を行わないといけなくなってしまうのだ。


「えっ……。そ、そうでしたっけ~……?」


 人差し指を口元に当てながらあからさまに視線を泳がせるアナスタシア。

 もはや言わずもがなこれが答えなのだろう。


 ジェラードは呆れたように短くも溜息を吐くと後で「補習」とだけ伝えて奥に進む為に歩き出した。勿論だがそれを聞いて彼女は顔を歪めて嫌そうな顔をしていた訳だが、彼にとって地味にアナスタシアの歪んだ表情は好きだったりする。


「さあ、付いてこい。奥に複数の生体反応があるから、きっと捉えられている村人で間違いない筈だ」


 ジェラードが遅れを取らないようにと声を掛けながら奥を目指して歩いて行く。


「は、はい! ……あっ、ちょっと待って下さい先生。やっと火の魔法を思いだせたので今から使います! えーっと詠唱は確か……”ファイアンド”でしたね!」


 アナスタシアは数歩進んだ所で何かを思い出したように杖を振りながら詠唱を行うと杖の先端に微かな火を灯していた。


「ほう、思い出したか。まあ基本的に一度覚えた魔法は忘れないのが普通だけどな」


 振り返ってアナスタシアが杖に火を灯している場面を見て、魔法の出力も下げている事を確認をすると改めてジェラードは奥へと進む為に足を進めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る