9話「大賢者の弟子としての条件」

 アナスタシアが魔力を一気に消費した影響で疲労に見舞われると、ジェラードはその場で彼女を休憩させている間にブラックバードへと近づいてその死骸を収納魔法を使って異空間へと一体ずつ飛ばす事にした。


「収納魔法展開。対象をポケット、一へ転送」


 彼がそう指を鳴らすとブラックバードが倒れている地面からは淡い青色の魔法陣が浮かびあがり、そのままブラックバード達を飲み込んでいくとそこには最初から何もなかったかのように無となっていた。


 この収納魔法はジェラードが作り上げた自作魔法の一つで、大きさや重量と言った概念に縛られることはなく理論上は何でも収納して異空間に保存できるのだ。勿論取り出しも自由だ。


「ま、また見たことも聞いたこともない魔法ですね……。それにブラックバードを消しちゃって一体どうするつもりなんですか? これでは討伐の証明が出来ないじゃないですか」


 アナスタシアは休息を取りながらもしっかりと見るところは見ていたらしく、ジェラードの背後からはそんな呆れたような声が聞こえてくる。


「なに、心配するな。あの鳥達は俺が作った異空間へと飛ばして保存しているだけだ。流石にあんな鳥を肉体を使って運ぶのは面倒だからな」


 ジェラードは振り向きざまに肩を竦めながら返す。


「ああ、そうですか……」


 アナスタシアは頬が小刻みにぴくぴくと動いていて、まるで言葉にならないと言った感じの様子であった。


 そしてブラックバードを異空間に収納する事で簡単に持ち運びが可能となりギルドへと持ち帰る事で討伐したことが確実に証明出来るうえに、上手くいけば向こうで半分ぐらいは料理として振舞ってもらえるのではと彼は思ったのだ。


 本当は首を切断して持ち帰るか荷車か何かに乗せてギルドまで運ぶと受付の女性が話していたのだが、そんな肉体労働は戦士系冒険者の特権であり魔術師は魔法で楽をするのに限るのだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 それから充分に休憩を取り終えるとアナスタシアは自力で歩けるまでには回復したので、ジェラードは完全に日が落ちる前にギルドへと目指して歩き始めた。

 暫く互いに黙ったまま草原に吹く風に服や帽子を揺られていると、


「なあアナスタシアよ。突然だがお前を俺の弟子にしてやっても良いかも知れない」


 ジェラードは視線を真っ直ぐ向けたまま唐突に口を開いて彼女に告げた。


「……ま、まじですか!? ほ、ほほ、本当にですか!?」


 その内容がアナスタシアには衝撃的だったのか彼の隣から足音が止むと、ジェラードも足を止めて彼女へと顔を向ける。


「まあ落ち着け。話には続きがある。弟子にするのは構わないが、それにはがあって俺達が初めて出会ったあの迷いの森に再び帰る頃に”人とは”魔法とは”それらは一体何かという答えを出し俺に教えてくれ。そうすればお前を正式にジェラードの名のもとに弟子にしてやる」

 

 この条件の真意はきっと今の彼女には分からないだろうとジェラードは思うが、自分の弟子になりたければこの”意味”を”意図”を読み解き、その先の答えを得なければならないと確信している。

 ……でなければ賢者の知恵を教えるに値せず、それは私利私欲の為だったと言う事になるのだ。


「なんですかそれ。一種の哲学的なことですか?」


 ジェラードは意外と真剣に聞いたつもりだったのだがアナスタシアの雰囲気は軽い感じのものであった。


「哲学か……。ふっ、確かにそうかも知れないな。で、どうだ? この条件受けてみるか?」


 だがそう捉えるのもまた良しとすべきかと彼は改めて彼女にこの条件を受け入れるかどうか問う。


「はっ! 当たり前ですよ! この私が受けない訳がないでしょう。待っていて下さい、必ずあの森に帰る頃には答えを導き出しますよっ!」


 するとアナスタシアは自身の中に断るという言葉を微塵も感じさせないほどに即答してきた。


「ああ、期待しておくぞ」


 ジェラードはその言葉に込められた圧倒的な自信を感じ取り、頷いてから言葉を返すと再び二人は歩き始めた。


「あ、そうだ。ずっと純粋に疑問だった事があるんですが、この際ですし聞いちゃいますね」


 しかし歩き始めた途端にアナスタシアが顔を彼に向けながら一方的な質問を尋ねてくる。


「確認もなしに聞くのか……やれやれ。まあそれで? 疑問とはなんだ」

 

 ジェラードは彼女のマイペースぶりに少しばかりシャロンの面影が見えた気がしたが、取り敢えずその疑問とやらを聞くことにした。


「先生ってかなりの長い時を生きている筈ですけど、何でしわくちゃなお爺ちゃんのような見た目になっていないんですか? 寧ろこの見た目なら私のお母さんより若い気がしますよ」


 アナスタシアが彼の体を上から下へと目を細めながら注視してくると、その純粋な疑問とやらの内容はジェラードの肉体年齢のことであった。


「そりゃあまあ、俺の肉体は歳で止まっているからな。そのほうが何かと都合がいいのだよ」


 そんな毛ほどもない事がずっと疑問だったのかとジェラードは自身の肉体年齢を教えた。

 だが実際に彼の年齢はもはや当の本人ですら覚えてなく、年齢は二十で固定したのは若さゆえに柔軟な発想や体力があるからだと思っただけである。


「ふーん。じゃあ、あれですかね? 十歳ぐらいの子供の見た目とかにも、なれると言うことですかね!?」


 なにやら瞳を変に輝かせながらアナスタシアは聞いてくるが実際に、なれる、なれない、で言えばというのが正しい。


「……お前のその年下好きはなんとかした方が良いと俺は思うぞ」


 けれどそんな見た目に自分がなったとして彼女は一体何をする気なのだろうかとジェラードは考えた。頭に浮かぶのは犯罪の匂いが漂う事ばかりであったが。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 そして二人は他愛のない話をしながら王都へと戻ってくると、すっかり辺りは真っ暗で空には星がはっきりと見えるぐらいになっていた。


 それを見てアナスタシアが早々に宿に入って温かい食事がしたいや、汚れた体を洗いたいなどと言い出したが取り敢えず討伐したブラックバードを換金しないといけないのでジェラード達はギルドへと足を進めた。

 

「なあ。すまないが魔物を討伐してきたから、確認して貰えないだろうか?」


 ギルドへと到着するとジェラードは外で荷下ろしの作業をしていた職員を見つけて声を掛ける。


「はいっ! もちろんです!」


 男性職員はハキハキとした声を出しながら返事をした。 

 ちなみにアナスタシア疲れたと言って近くの木製のベンチに座って足をぷらぷらとさせて待っている状態だ。


「それで……その魔物は一体何処にありますか?」


 男性職員がジェラードの周りを伺っているが何処にも魔物、ましてや荷車すらなく若干戸惑っている様子だった。


「あ、ああそうだったな。すまないが少し待っててくれ」


 それに気が付くとジェラードは忘れていたと言わんばかりに指を鳴らす。、


「これで全部なのだが、金額的にはどれくらいになるだろうか?」


 すると周囲に魔法陣が展開して、そこから五羽のブラックバードが姿を現した。


「えっあの、まっ……えぇぇ!?」


 職員の男性が目を丸くして驚いているのか困惑気味で何かを言っていた。

 そしてその光景を見ているのか彼の背後からはアナスタシアが呆れた口調で、


「そんな魔法目の前で見せられたら普通は戸惑いますよ。ちょっと常識足りないんじゃないですか?」


 と言ってきたが他にどうしろと言うんだとジェラードは思いながら職員に改めて声を掛ける。


「変な物を見せてしまったようですまないな。して……これの換金率はどれぐらいだろうか? ちなみにこれは討伐クエストだ」


 軽く謝りながら懐からクエストの内容が書かれている紙を取り出して渡すと、職員が差し出された紙を受け取って目を通していく。


「……あ、はいっ! えっとブラックバード五羽とクエストでの依頼で……合計、金貨七枚と銀貨三十枚となります!」


 紙を見ながら職員が数回頷いたあと視線がジェラードの方へと向くと、そう言って金額を教えてくれた。


「おお、そうか。結構貰えるのだな」


 正直、あぐらいの難易度でそんなに貰えるのなら稼ぎの方は随分と楽だと言えるだろう。

 

「ええ、ブラックバードは食材としても優秀なので。……あ、では報酬金の準備をしますのでギルドの中で暫くお待ちください!」


 職員はそう言ってギルドの中へと小走りで戻っていくと、それを見届けたジェラードは振り返ってアナスタシアへと顔を向けた。


 先程から「お腹すいた」や「汚れた体を洗いたいです」とか小言が聞こえてきて鬱陶しかったのもあるが一番これが言いたかったのだ。


「報酬が出るから、これでやっと箒が買えるぞ。やったなアナスタシア」

「えっ? そりゃまあそうでしょう?」


 アナスタシアはなにを当たり前の事を言っているのだろうと真顔で聞き返してきた。

 そこでジェラードは自分のさっきの発言が言葉足らずだった事に気が付いて、

 

「あー、言い方を間違えたな。今回の報酬は全てお前にやるから、好きなものを買えと言う意味だ」

 

 ぐっと親指を立てながら出来る限りの笑みを作りながら言う。

 しかしアナスタシアはそれを聞くと顔と体を石彫のようにして固まらせてしまった。


「あ、あのあの……ほ、本当に良いんですか? 報酬を全部貰ってしまっても……」

「ああ、問題ないと言っている」


 暫くの間が空いて露骨に狼狽えているアナスタシアにジェラードは再び肯定する声を掛ける。

 元々今回のクエストはアナスタシアが一人で頑張った結果であるのだ。


 だからこそ、この報酬は全て彼女に渡すのが妥当であり、最初からそのつもりだったのだ。

 それにジェラードは個人的に興味深いことも見つけられたこともあって、それを見つけさせてくれた礼も兼ねているのだ。

 

「よし、では報酬金を貰うためにギルドへと入るぞ」

「は、はい! もちろんです! 待っていてください私のお金達ーー!」


 先にジェラードがギルドの中へと入ろうとするが背後から物凄い速さでアナスタシアが駆けて行き逸早く中へと入っていくと、それを彼は何とも微笑ましい気持ちを抱きながら目で追っていたのであった。

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