くわえタバコで異世界を行く

犬時保志

第1話 僕は死んじまった

 すれ違った女子高生の、肩掛けズタ袋が僕にボディーブローして通りすぎた。

 振り返った女、ジロリ睨んで行きやがった。

⦅僕が悪かったみたいじゃねぇか、ブス!……⦆

 誰にも聞こえないよう、小声で呟いた。


 今日は朝から付いて無かった。

 通勤靴の紐が切れた、自宅近くだったので、引き返し古い靴に履き替え自転車必死にこいで急いだ。

 黒猫が飛び出し、急ブレーキ避けて危うく転びそうになった。


「良いですか?定刻5分前には、仕事が出来る体制になって居なくては社会人失格です」

 なんとか遅刻はしなかったが、時間ギリギリ出社を年下の嫌み主任にダラダラと注意された。


 急ぎの注文とかで、完成品のブロック積みがいつもの倍ほどの量でクタクタに疲れた。

 結構キツイ重労働だが昇給は10年無し、いい加減辞めたいが、中退の僕にまともな勤め口は無いだろう。


 高二の時両親が事故で無くなり、父さんの保険金は小さな家のローンをはらうと全て無くなった。

 バイト程度の収入では、食費に使うと授業料がはらえなくて高校をやむなく中退、担任の先生の紹介で、先生の知人が社長のコンクリートブロック製造工場に就職し10年経った。

 僕の将来を、凄く心配してくれた先生には感謝してるが…。



 給料前、僕のサイフには1000円札1枚と1円玉6個しか無い、じっくり考えた、いつもの様に昼飯はセルフうどん、小320円にネギと天かす、たっぷり入れてカツブシガバっと盛った素うどんで我慢する事にした、せめて大なら腹が脹れるのに。


 無理矢理残した金で、ウルグアイ産タバコ、オズモメンソール14本入り330円を2個買った。

「20本に換算すると470円チョッとだから、それ程安くは無い、けど一日14本で済ませれば330円、現在これより安いタバコはない」

 600円近くする、国産タバコは買う金がない。

 ならば止めれば良いと、大概の人が言う、風俗や遊び事を一切しない僕の、殆ど唯一の楽しみ嗜好品だよ!止めたら何の為に働くのか、意味を見出だせないよ!

 金欠で強制禁煙、数ヵ月に2~3日はしてるけど。


 残念昼飯は、タバコを吸って空腹を我慢した。


 明日の給料日で贅沢が出来るかって言うと、とんでも無い!各種税金厚生年金等天引きされ、口座引き落とし用にガス水道電気代、犬アッチケーの聴視料など残すと、3万程しか生活費残らない安月給だ。

『満腹家族』と言う割れ米を大量にブレンドした米8㎏袋1680円の、ご飯を炊いて88円のカルシュウム鉄分入りサケ振り掛けをパラパラ、それに100円で12袋入り生味噌インスタントワカメ味噌汁、僕の朝晩の自炊献立だ。

 320円の素うどん昼飯が、一番高価な食事なんだ。


 タバコ代にと始めた、就労後のコンビニバイト、無理を聞いて貰って3時間なので時給700円、19時からでタバコ一服しようと、表にある灰皿の所に行こうとして、ズタ袋で腹に一撃されたと言う訳。


 イライラには、ハッカタバコが良く効く、紫煙を吐くと脳天からイライラが抜けて行く至福の一時だ。


 灰をポンポン灰皿に入れて、タバコをくわえ一吸い、肺にハッカ紫煙が染み込む……突然僕は加えタバコ状態で吹き飛ばされ、コンビニのガラス窓にぶち当たり、割れたガラスは僕の首を切り裂き、動脈から血が噴き出した。

 遅れて、ブレーキとアクセル踏み間違い僕を跳ねた車が、バックでのし掛かって来た。


「これは…死んだな!『コンビニのカツ弁腹一杯食いたかった』」

 辞世の句まで貧乏臭。

 付いて無い一日の閉めがこれか!最悪だな、僕の人生って何だった?

 薄れる意識、加えタバコからは消える事無く紫煙が立ち昇っていた。


 ***



『良い所に、生きの良い魂来たぁ!ゲットだよ』

 軽そうな女神が目の前に現れた。


「僕は死んで、異世界転生するのか?」

『話が早くて助かるわ!その通り!貴方に転生して貰うよ!』

「転生先は魔法と剣の世界?」

『今までの転生者、折角チートあげても覚悟が出来て居なくて、弱い魔物や盗賊ごときを殺すのに躊躇して、返り討ち瞬殺されて誰も生き残れなかった。

 そこで貴方、身体と心を少しいじくるね!

 死んでも口から離さないタバコは、思いのまま取り寄せられるようにしてあげる!

 効果は10分…じゃ少ない?続けて吸えば効果は継続するで…良いか』


「言ってる意味が分からん」


『異世界生活、健やかで有らん事を祈ってるよ!見守って居るからね!』


 神と会話がすれ違うのはお約束、気付くと森に囲まれた湖のほとりに立っていた。

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