第17話 ヘルクイーンの懸念②



「アタシは天涯孤独の闇の魔術師。現世に転生してからもそれは変わらなかった」



「何これ。俺聞かないと駄目なの?」



村雨は語り手として自分の世界に入った。ここから動く様子もないため、実質修哉には選択肢が一つしかなかった。



「二年前、魔術学校が長期休暇に入り、荒れ狂うブリザードの島からアタシは京都に転移した」



「北海道出身だったのか?」



「魔術に使用する新たな媒介を手に入れるため、アタシはサラマンダーと同じ色をした人柱が立ち並ぶ祠へと辿り着く」



「サラマンダー? もしかして伏見稲荷大社のことか? 千本鳥居を人柱呼ばわりして罰が当たっても知らねえぞ」



「壮絶な激闘の末、アタシはついに化け狐を打ち倒しいくつかの戦利品を手に入れることができた」



 そう言うと村雨はゴスロリ衣装のまさぐると、出てきたそれを手のひらに乗せ修哉にも見えるよう掲げた。



「お守り?。あぁ交通安全と学業成就のやつか。よかったな、ちゃんと買えて」



「だが戦闘の傷を癒すため近くの王宮で化け狐を使った料理を食した途端、僅かに残っていた魔力が全て吸い取られてしまったのだ」



「どっかの飯屋にでも行ったのか? それで有り金全部使い果たしたしまったと。ちゃんと計画的に使わないからそうなるんだよ」



「帰りの転移装置にさえ行ければあとは何とかなるのだが、魔力のないアタシは無力。ただの赤子同然のアタシは強行突破を試みたものの、ターミナルに配置されているガーディアンによって捉えられてしまった」



「……もしかして切符もICカードもなしに改札を通り抜けようとしたのか? そりゃあ駅員に捕まって当たり前だ」



「――そんな時だった。ぴょんきちがアタシを助けに現れたのは」



「海斗が? あいつ京都に行って何やってたんだ?」



「ぴょんきちは自身の魔力を他者に付与するという高等魔術で見事にアタシを救ってみせたのだ」



「見ず知らずの人に電車賃を渡すなんて、あいつもなかなかやるな。俺だったら絶対に見て見ぬふりするぞ」



「ふっ……キサマごときがぴょんきちと同じ術を使えるわけがなかろう。それにアタシとぴょんきちは何もこれが初めての出会いというわけではない」



「えっ? そうなのか?」



「あれは300年前、アタシがまだ――」



「あー分かった分かった。その話はまた今度聞かせてくれ。要するに、その出来事がきっかけで、お前は海斗のことが好きになったということなんだな」



「………………………うん」



 両手でスカートの裾をギュッと握り、小さくこくんと頷く村雨。



 ――出たな乙女モード。回想を語るときは眉根一つ動かさず淡々と進めていたのに、この変わりようだった。



「それにしても、それでよくマッチングアプリとはいえあいつを見つけ出せたな………」



「ふっ………アタシの魔眼にかかればこれぐらい造作もない」



「へいへい。まあ何にせよ、お前がただのやべー中二病ってわけじゃなくちゃんと本気であいつのことを想っていることは、その反応を見りゃあよく分かる。一目ぼれした男を何年も好きでいるなんて、そうそうできることでもないしな」



「ひ、一目ぼれなんかじゃない………。アタシとぴょんきちは最初からそうなる運命だったのだ。………それにこの話には補足しないといけないことがある」



「なんだ? 実はもらった金額が少なすぎたとかか?」



「そんなことではない! まあ………駅員にお嬢ちゃん呼ばわりされてムカついたから、子ども料金の切符で帰ってやったが」



「オチまで完璧だな。てかお前、実はその気になればまともな会話できるだろ? さっきから頭の中で翻訳するの大変なんだよ。何で日本語同士でそんなことしなくちゃ………って聞いてねえ………」



「――あれはアタシが祠の入り口で現世のデバイスを用い、王宮への道筋を確認している時だった」



「スマホでおいしい店を探していたんだな。それで何があったんだ?」



「アタシの天敵である、聖魔術師が祠の中に入ってきたのだ。神刀を携えし護衛を何人も引き連れ、その中心にいる女をアタシの魔眼は見逃さなかった」



「もしかして………今の話の流れからその女っていうのは……」



「さっきぴょんきちが連れてきたやつだ。髪が長くなってたから気づくのが遅くなった」



「へえ、そんな偶然もあるんだな」



「何を感心しているのだ下僕一号! キサマの主が一大事なのだぞ! ……くそっ、アタシとしたことが……!」



 もう居ても立っても居られないといった焦りが滲み出た表情を見せた村雨は、今度こそとアパートへと駆けだす。



「いや、そりゃ好きな人が異性と二人きりってのは我慢ならねえとは思うが………」



 だがさっきと違い、修哉は本気で止めようとする素振りを見せなかった。今の話を聞いてしまったことにより、村雨をここに留まらせることに多少の罪悪感が芽生えたのは事実だった。



 ――ということを村雨も感じ取る。



「本当に危ないのだあの一族は! あいつらはアタシと違って本物なんだ! 恐らくぴょんきちの占星術が狙いで近づいてきたに違いない! 早く助け出さないと神隠しが始まる……!」



「いや、お前がパチモンなことぐらいは……っておい!」



 遠ざかっていく村雨の黒い背中を見つめながら修哉は考える。何度も躓きそうになりながら、必死に腕と足を前へと押し出す村雨。



 あの切羽詰まった態度は、演技ではないと直感でそう判断できた。もし違うのならアカデミー賞間違いなしだ。



 その上で修哉はもう一度考える。


 

「……まあ、海斗も俺にむちゃなことさせたんだから、これでプラマイゼロだな」

 





 













 



 

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