第37話 聖女効果

 ――日に日に、都が賑やかになって行っている気がする。


「はあ……っ。参りました……!」

「今日は随分疲れている様子ですね?」


 部屋を訪れるなりがっくりと肩を落としたリチェルに、アネリナは理由を訊ねてみた。


「ええ、大変疲れました。すみませんが、少し手を貸してもらえますか? 建国祭のための正装が出来上がりましたので」

「早いですね」


 幼少期から早々に機会を失ったアネリナなので完全に伝聞の話となるが、ドレスの類は作るのに大変な時間がかかるという。

 アネリナが採寸を終えて発注されてから、まだ二週間ほどではないだろうか。


「舞踏会で着るような、装飾の多いドレスとは違いますからね。今年は絶対に必要となるので、生地と職人はあらかじめ頼んでありました」

「なるほど」

「控えの間までは運んでもらっていますから」


 そこまで来たら部屋の中身まで運び入れてもらった方が良い気もするが、たとえ届け物であっても聖女の部屋とはおいそれと入っていい場所ではないらしい。


(神秘性を保つというのは、大変ですね……)


 本当はただの生身の人間だから、仕方がないとも言える。


「警備の方には少し席を外してもらっていますので、今のうちに部屋の中に入れてしまいましょう」

「分かりました」


 リチェルに続いて控えの間へ行くと、テーブルの上に木製の箱がどんと置いてあった。

 端と端を持って、二人がかりで運び入れる。


(なるほど。人手が欲しい大きさですし、重さです)


 そもそも、入れ物がすでに重い。


(一人では凄く大変ですが、二人でなら、まあ普通に運べます。……痛感しますね)


 ヴィトラウシスと話したのは物理的な荷だけの話ではなかったのだが、どんな状況でもまま通じるものだ。

 あまりの偶然に、つい、くすりと笑みが零れ出る。


「ユリア様?」

「いえ、何でもありません。開けてもよろしいですか?」

「勿論です。合わせていただかなくてはなりませんし」

「では」


 真新しい木の薫りを吸い込みながら、蓋をゆっくりと開く。


「おお……」


 中に入っていたのは、リチェルの言った通り、普段使いしている物よりも少し装飾が増えたぐらいの神官服。

 とはいえそれは、裾などに金糸や銀糸で刺繍があるといった程度。

 だが仕上がりは文句のつけようがない丁寧さ。誤魔化しがきかないからこそ、その美しさは清らかな静謐さを感じさせる。真っ白な生地も一目で分かる上等な品だ。


「当日はこの正装に加え、星神殿が保管する聖具を身に着けていただきます」

「新旧の贅を両取りするわけですね」

「まあ……そうとも言います。さあ、袖を通してみてください」

「分かりました」


 服を脱ぎ、リチェルに手伝ってもらいながら合わせてみる。

 とはいえしっかり採寸をしてアネリナのために作られた品だし、あくまでも神官服なので、着るのに難儀する複雑な作りでもない。ものの数分で着替え終えた。

 肌に触れる滑らかな布の感触が、とても心地良い。


「……どうでしょう?」


 姿見の前に移動して、くるりと一回転。アネリナの目からは、おかしいところはないように見受けられた。


「大変、よくお似合いだと思います」

「服飾店のやり取りでは、概ねその答えが返ってくるらしいですね。……信じますよ?」


 似合っていても似合っていなくても、決まっている正装なのでこれで行くしかない。どうせならば似合っている方が前向きになれるというものだ。


「ところで、先程疲れていたのは運び疲れですか?」

「いいえ。それとは別件で――ああ、しばし動かないでくださいね」


 実際に身に着けておかしなところが出ないかどうか、細かくリチェルが確認していく。


「星神殿の制服を頼んでいる店は決まっているのですが」

「ええ」


 それだけで一種、身分の証明となる服だ。下手な所には任せられない。


「そこで人に囲まれてしまいまして。聖女の正装を作っていると、話が流れてしまったようですね」

「ええ……っ!?」

「安否を訊ねてくる者や、言伝を頼む者、贈り物を渡そうとする者……。あまつさえ、出来上がったばかりのこの正装を奪おうとした者までいました」


 前半は純粋に好意なのかもしれないが、時と場合と加減を考えなければただ迷惑なだけである。

 最後の件に関しては、最早犯罪ではないか。


「それは、恐ろしい思いをしましたね」

「周りには神官兵もいたので事なきを得ましたが、さすがに肝が冷えました」

「……皆、余程今のステア帝国が不満なのですね」


 聖女への期待の高さの裏側、人々の想いの正体はそこだ。


「実は最近、都が以前にもまして賑やかになっている気がするのですが……」

「気のせいではありませんよ。事実、帝都に人が増えています。目当ては建国祭でしょう」

「やはり!」


 単純に賑わうだけならば、帝都の商人が喜ぶだけで済む。しかし先程のリチェルの話を聞いてしまうと、若干、不安が過るのは致し方ないことだろう。


「ちなみに、例年と比べてはどうなのでしょう?」

「多いですね」

「多いのですね……」

「むしろここ数年は、著しく減少傾向にありましたから」


 つまり聖女効果以外の何物でもない、ということだ。


「町は大丈夫でしょうか?」

「客を迎え入れる余裕に関してであれば、問題ありません。先帝の時代はもっと大勢が帝都に集まったものです」

「そうなのですね」


 何事もなく平和だった時代だ。そちらからは、いかに帝国が民から愛されていたかが察せられる。


「今の帝国では、人族以外が自由に旅をするのも難しいですから……。とはいえ、帝都を訪れる者が減って、畳まれてしまった宿もいくつかありますから、受け入れ容量的には助かった部分もあるのではないかと」


 悪循環の結果なので、良くはないが。


「ふぅむ……。では、旅人には注意をしておく必要があるかもしれませんね」

「旅人にですか?」

「彼ら自身ではなく、彼らの周囲というべきでしょうか。根を張っている場所よりも、行方不明にさせやすい気がしませんか?」


 その人がいなくなったことに気付かれにくい。一人旅ならば尚更だ。

 ふと思い付いてそんな警鐘を鳴らしたアネリナに、リチェルは顔を強張らせる。


「あり得ることですね」

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