第27話 聖女の備え

「そうは言ってもな。さすがに俺や姫さんがどうこうできる領域じゃねーし」

「力がないから、ですか?」

「そうだ。話し合う気のない奴を、それでも話し合いの席に着かせるためには、力がいる。下らねえけどな」


 その『力』は暴力でなくとも構わない。しかし間違いなく、席に着かねばならないと考えさせることができるのは、力だ。


(……本当は)


 己と同じように、目の前の相手を尊ぶ。ただそれだけで済む話だというのに。


「ままなりませんね」

「残念ながらな。しかも国が差別を推進してる状況だ。どうにもならねえ」


 一人の言葉や行動では、大勢は動かない。それどころか、声を上げた初めの人間は集中して潰される。


「だから、自分のできる範囲で足掻きゃいいさ」


 だが一人とは、大勢を形作る一つなのだ。それもまた真実である。

 どれだけ小さな波紋であろうと、無意味ではない。


「ただ、無茶はいらないと思ってるぜ。一人が大勢に抗えないのは自明だ」

「……はい」


 どれだけ理不尽であろうとも、飲み込まなければ己の身が、大切な相手が破滅する。だから皆、耐えるのだ。


「今の姫さんには、ただの人よりはもうちょい、できることがあるけどな」

「できたとして、やっていいかは微妙な立場ですけれど。――ところで。リチェルは襲撃者は人間であった、ということ以外は分からなかったと聞きましたが、アッシュの見立ても同じですか?」

「あァ、同じだ。だが、そーか。少し妙な話だな」

「妙とは?」


 身元を隠すことが前提にあるような行いだ。

 何か分かるのではと期待はしていたし、その期待が叶わなかったのは残念であるが、奇妙だとは思わなかった。


「俺はあの魔力の質を知ってる。っつーか、戦ったことがある」

「……帝国政変後の、連合軍との戦いですよね?」


 唐突に隷属を強いられた、獣人、精霊、魔族と、帝国の在り方に反発した人々の、唯一、戦いと言っていい規模の戦い。


「……まあ、そーだな」


 結果は、現在の帝国を見れば言わずもがなだろう。


「帝国はもう、旧ステア王国民以外は重用しない路線を推し進めていた。そこに『外』の人間をポッと入れるか?」

「自分たちだけは特別――というのは権力者あるあるですけれど。示しがつかないのは間違いないですね」


 まだ政変直後で落ち着かない時期だ。自らの言を覆すような真似は、さすがに避けるかもしれない。


「だからきっと、王宮には前々からいたはずだ。ステア王国民って顔をして」

「ですが、誰もその魔力質を知らなかった。ふむ。確かに妙な話です」


 星神殿の中には、皇帝よりも年を重ねた者がいる。

 それだけ長く帝都で暮らしていて、同じく帝都で権力に近い位置にいただろう彼らと一度たりとも、誰とも知り合わない、などということがあるだろうか。


「ま、どこの誰でも敵でしかない連中だ。現在以外のことを気にする事ァねーのかもな」

「気にはなりますよ。ですから、保留としましょう」


 軽視をしたら間違いを起こす。何となく、アネリナにはそんな予感があった。


「後、一つ相談がある。近いうちに大雨が降るぞ」

「えっ」


 つい先程とは方向性の違う、しかし規模によってはそれ以上の大事となり得る内容を、さらりと言われる。


「お、大雨ですか? どれ程の? というか、どうして分かるのです」

「長くはねーけど、短時間に局地的にドサッとくる。天気の気配はなんとなく分かるんだよ。特に火と水は」

「火は分かりますが、なぜ水?」


 アッシュ自身に親和性の高い火は、納得する。しかし相反属性であり、苦手としている水はなぜなのか。


「毛がすっげーゾワゾワするから」

「逆の形での知らせでしたか」


 苦手なものにも敏感になるのはアネリナにも覚えがあった。


「正確に、地域は分かりますか?」

「帝都からはちょい外れてるかな。多分、ラーミ山林辺り」

「山ならば……大丈夫でしょうか?」


 木や土が水を吸って、被害を抑えてくれるかもしれない。


「だといいが、問題はそうじゃなかったときだ」

「危険があるのなら、麓の住民には避難を促すべきでしょうか」

「そこだよ、相談したいのは」

「相談するほどの内容ですか?」


 危険があるかもしれないのに、放置する理由もないだろう。


「雨が降るのは間違いない。だが、それで災害が起こるかは俺には分からねー。聖女が聞く星の導きってのは、そんな曖昧なものじゃないだろう?」

「……先代までの聖女様がどのような形で導きを告げていたかは知りませんが。ユディアス殿の口調からすると、もっと詳細な映像が視えているかのようでしたね」


 ヴィトラウシスから聞いた聖女の言動を思い出しつつ、そう答える。


「ならば、善意の獣人族の方からの警告、ということにしてはいかがです? 事実ですし」

「どうしようもなければ、そうするしかない。けどどうにかして、聖女が予見したことにしたいんだよな」


 アッシュの口調は重く、真剣だった。見栄のための名声を求めているわけではないのは明らかだ。

 そう言われれば、アネリナにも心当たりがある。


「民の、聖女への期待ですね?」

「あァ」


 アネリナ自身もリチェルに告げた危惧そのままだ。

 期待を裏切ったときの反発は、ゼロの状態の比ではない。


(災害となる程なら、むしろ聖女主導で回避しなければ収まらないかもしれません。熱が高い今は特に、下手を打つべきではない)

「分かりました。では、一度戻って相談してみましょう」


 聖女の予見がどれぐらいの精度で公表されていたか、アネリナは知らない。詳しい人々に聞いて、自分たちの行動も倣う必要がある。


「だな。面倒な奴は帰ったことだし、俺たちも引き上げるか」

「はい」


 相談事をするのに良い環境とはあまり言えない。主に、健康面で。

 行きにもらった転移の魔法陣を発動し、聖女の部屋へと帰還する。


「お帰りなさいませ、ユリア様」

「ただいま戻りました、リチェル。ユディアスは……もう戻ったのですね」

「はい。色々と忙しい方ですから」


 本来ならばユリアがやるのであろう仕事も、今は代理人としてヴィトラウシスが請け負っている。多忙でないはずがない。

 とはいえ、その状態になってもう十年以上だ。

 先々ユリアが復調することもないと分かっているので、それなりに上手く分配はしているだろうが。


「ではユディアスと話す前に、リチェルの意見を聞かせてください」

「何かあったのですか?」

「ええ。実は近くラーミ山林付近で、大雨となるらしいのです」

「え!?」


 未来に起こることを告げたアネリナに、リチェルは驚きと、期待のこもった声を上げる。

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