第11話 人の世と星の導き

「よく、皇帝や星占殿が黙っていましたね?」


 相手の都合など無視して、星の導きを寄こせと迫ってきそうではないか。


「勿論、来たとも」


 当時のことを思い出してか、アネリナの疑問にうなずいたユディアスは苦笑する。


「彼らの前で盛大に血を吐いてやった。無理をすれば死さえあり得る。そうなれば星の一族は絶え、帝国は加護を失うだろう――と言ったら、ぱったりと干渉がなくなった」

「星の一族ってやつは、もう聖女ユリア、っつーか、お前だけなんだな」


 ユディアス自身、急いで子どもを、己の血族を増やそうとしている言葉があった。


「そうです。政変のときに皆、殺されましたから」


 アッシュに応えたユディアスの声は、平坦だった。それは自身の感情を知られるのが弱みに繋がりかねない、立場のある人間の技術であり、反応。

 だがユディアスにとってその記憶は、完全に心を抑え込めるものではないらしい。

 瞳を伏せ、アネリナとアッシュにそこに宿る色を見せないようにする。

 だが一呼吸分間を置いて、再度瞳が開かれたときには、感情の揺らぎは残っていなかった。


「しかしだからこそ焦っているのか、早く結婚しろ子どもを作れとせっついてくる。星の導きがないと答えて済ませていますが」

「結婚相手も、星が導くのですか?」

「……その辺りは様々だから、実は一概には言えない。出会って愛を育んでから諦めていた星の導きが現れることもあるし、出会いから導かれることもある」


 画一的に決まっているものではないらしい。


「もし、星の導きのない相手と結婚をしたら、どうなるのですか?」

「星の一族としての血を継承しない子どもが生まれる」

「ああ、だから先帝の実弟である今の皇帝には星の加護がないわけな」

「はい。先帝の父は星ではなく、政治の都合と欲を優先した婚姻を何人かと結んでしまいました。だが私の知る限り、愛のみに依れば星の導きのない相手とそう言った関係になった者はいない」

「成程。重要だってのはよく分かった」


 始めから必然が用意されているのか、互いに絆を育むから祝福が与えられるのか、それは不明だ。

 しかし星の一族としての血族を増やしたいユディアスからすれば、それはとても重要なことだろう。

 導きのない相手以外は選ばない、確固たる意志を感じる。


「そういうわけだ。この十年、聖女ユリアを近くで見る機会があった者は、事情を知る者以外にはいない。それだけの年月が経てば、人は大きく変わる。面影がないと言われても、一蹴すれば済む」


 子どもの頃の面影を残したまま成長する者もいるだろうが、別人のように変わる者だっている。それはどちらも、何ら不思議なことではない。


「だが病弱ゆえの憔悴は、一朝一夕でどうにかなるものではない。今の貴女の様子は、聖女ユリアが表に出てこなかった事情に説得力を与えてくれるだろう」

「つまりわたくし、大層不健康に見えるのですね」


 条件に合っていることを、喜ぶべきなのだろうか。

 しかしやつれていると指摘されて嬉しい者は多くないだろう。そもそも、健康である方が幸いである。

 アネリナの感覚も大勢の方に入っていたため、若干複雑そうに息を吐く。


「そういう所も加味して、姫さんが選ばれてんのかね。よくできてやがる」

「おそらくは。星の導きに間違いはありません」

「便利なもんだ。星に聞けば、何でも思うまま成功への道筋を得られるってか」

「いえ、それはむしろ逆に考えていただければと。星は世の発展のための導を与えますが、それ以外の事象においては加護を与えはしません。何より、星の導きを果たせなければ衰退が約束されている、とも言えます」


 星は支配者の欲望に応えるものではない。

 欲望に負ければ滅びへの道を歩み、星は止めたりもしない。現在の帝国が置かれている状況のように。


「ついでに、都合よく具体的な指示をくれるわけでもありません。己の願望で答えを捻じ曲げないようにしなくては、せっかくの導も意味を成さない」

(……確かに、そうなのかもしれません)


 ユディアスは聖女の身代わりを望み、アネリナが選ばれた。

 しかしこれからアネリナがどのような聖女を身代わりとして演じればよいか、細かな措定はないのだろう。


「成功が約束されているわけではないのですね」

「勿論だ。ただ、星は目的を叶えることのできる人材を選ぶ。だからきっと、貴女が思う通りの聖女で正しい。あまり気負わず、するべきと思ったことを成してほしい」

「分かりました」


 先が約束されていないのなどこれまでの人生と同じだ。保証などなくても、自分で選んで進むしかない。

 だからこそ、ユディアスの言葉はアネリナの気持ちを少し楽にしてくれた。


「では、これからの話をしよう。目的は一月後の建国祭で公の場に姿を現し、聖女の存在を皆に確信させることだ」

「はい。早速今日から……と言いたいところですが。今日は無理かもしれません」

「そのようだな」


 起きて、話してしばらく経つが、体は未だ動きそうにない。もっと休みたいとアネリナに訴えてくる。


「星神殿の中でさえ、これまで聖女に存在感はなかった。急に出入りが激しくなるのも奇妙に取られるだろう。まずは不自然にならないよう、日常を継承してほしい」

「分かりました。つまり、何もするなということですね」


 そうであれば、いっそ都合が良かったのかもしれない。


「そうなる。少しずつ、最近のユリアは体調が良いようだという話をしていくから、窮屈だろうがしばらくは部屋の中で生活をしてくれ」

「とんでもない」


 星告の塔での暮らしを思えば、未来に希望が持てる分ずっと前向きに過ごせるというものだ。


「ところで、聖女の食事とかってどうなってんだ?」

「事情を知る者で、手分けをして食べていました。残すわけにはいかないので」


 生きていれば、必ず食べる。生存を信じさせるためにも聖女の食事を失くすという選択肢はない。


「ただ私たちの胃との兼ね合いで、量は少々控えてもらっています」

「あ、姫さんもわりと普通に小食……っつーか、食うもの少なくて胃が慣れてねーから、そんなに量も要らねえから。で、基本、消化にいいもので頼む」

「分かった。――では、また後で」


 当面の方針を決めると、ユディアスは長居することなく去って行った。

 大神官として忙しいのかもしれないし、アネリナを気遣って予定より早く切り上げたのかもしれない。

 もしくは、普段長居などしないだろう聖女の部屋に留まる不自然さを気にしたか。


「さて、どうする、姫さん。起きとくか、寝とくか」

「起きておきます。配膳の方とも話したいですし」


 聖女の部屋に入れる人物だ。間違いなく、事情を知っている相手である。

 協力し合う必要があると分かっているのだから、どのような人柄か少しでも知っておきたい。

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