第9話 殺しの招待状

 「腹…切ったんですってね…」


 …


 無言でうなずきながら、元来た方向へ歩いていく。


 なぜこいつがここに…?


 …その恰好はなんだ?


 康太さんのことを誰からから…会長から聞いたか。それで…


 「俺に何の用だ?」


 「彼は…佐々木さんはね…結局、自分で決着をつける羽目になった…」


 …


 「もし、あの場で彼を殺せていれば…そんな思いはさせなくて済んだでしょうね…」


 …

 少し冷たい廊下を足音を響かせながら歩いていく。


 「腹を切るのは辛いわ、だからね…剣士の終着点は好敵手に殺されること…」


 「つまり…?俺に嫌味を言うためにわざわざ?」


 「まぁ、それもあるわね」


 階段を降りる。


 「あなたが力を持っている限り…殺されない限り、康太さんみたいに不幸な人間は生まれ続ける」


 …


 「あなたは私たちの世界にとっては邪魔者よ」


 「そうか…」


 これが茨木の結論なんだろう。康太さんが自決した事を受けて、考えを巡らせた結果なんだ。…もしかして、茨木自身もこんなことは初めてだったんじゃないか。…今まで対戦相手を全て殺してきたのなら…まぁそりゃそうだろう。


 「それで…」


 …


 黙ったまま茨木はこちらを横目で見つめる。


 「貴方を殺すわ、絶対に」


 駐車場に出る。日の明かりが急に眼に入ってきてくらむ。


 茨木が封筒を懐から取り出し、横を見たままこちらに投げやりに渡してきた。


 「場所はそちらの好きに任せるわ、もし日にちがきついなら変えても良い、ただ…絶対に貴方は殺すわ」


 会長が言っていたことを思い出す。


 貫き通してみ給えと…力は単なる思想を流儀に昇華させる…そんな感じのことだった。


 …貫き通してみ給へか。…ここまであいつの手の平の上だな。


 「あぁ、分かった…」


 単純な動作で機械的に封筒を受け取り、中身を見ずにポケットに突っ込んだ。


 ~

 

 「奏さん」


 …


 「会合の話って…」


 「本当」


 風に木が揺れる。庭園に差し込んだ夕日が湖に反射し、まぶしい。


 「許、今まであんたに対する果たし状は全部私を通させてた…そして、あの会長が考えてる通り、そのうち勝手にいくつか弾いてた」


 奏さんの顔を見る。ちょうど夕日のせいで東屋の下は暗かった。ただ、顔は日に照らされている。片手にコーヒーを持ち、少しうつむきながら横に座るこちらを見ている。


 「…なんで、そんなことをしていたんですか?」


 「うん…」


 奏さんは暫く黙り込むと片手のコーヒーを口にあてがう。湯気が照らし出されている。


 「うん…」


 奏さんがコーヒーを下げて、左手で額を抑える。


 「奏さん、俺…死ぬかもしれないです」


 「うん…知ってる」


 知ってるか…。


 「教えてください奏さん」


 奏さんが深呼吸し、大きくため息をもらす。


 「うん、うん…うん…ごめん許、分かったよ」


 奏さんがこっちに体ごと向き、改まった様子になる。その表情から少し疲れ切った様子が見て取れる。


 「ごめん、こうなったのは私のせいかな…どこから話したらいいんだろ…」


 奏さんが少しだけ微笑む。違和感のある笑い方、明らかに作り笑いだ。


 「…どうして、奏さんは俺への果たし状を管理して…いや、それが普通じゃないって教えてくれなかったんですか?」


 「うん…」

 

 少しの沈黙。


 「あんたに変なのが……いや、失いたくなかった」


 「失いたくなかった…?」


 「うん…そう」


 つまり、俺が誰かに殺されるのが嫌だった?まぁ、それはそうか…。俺が自分の力を超えたような奴とやりあうのを避ける為ってことか。


 でも、それって…つまり。


 「俺には……まだ、自分の力量を把握する力が欠けてるってことですか…?」


 「…」


 俺は力量不足…。じゃあ、俺は今まで単純に勝てる相手としかやってこなかった。そんな中で、俺は命を取らない殺し合いを。…そりゃ、そうか。なるほどね…勝てる勝負ならどんなきれいごとでも通すのは簡単だ。だから、俺はただ奏さんに見守られながら戦いごっこをしてたってことか。



 「ごめん、でも結局それは…こんなことを招くことになっちゃった、あんたのためどころか、あんたを逆に追い込んじゃった」

 


 …俺は茨木に勝てるだろうか。


 「受けないで…とは絶対に言えないの」


 奏さんがぼそりと呟く。


 「…許、許って名前いつつけられたか覚えてる?」


 「いえ」


 「あんたが、昔、私の元に来たのはね…今からもう7年ぐらい前のことだけど」


 …


 「あんたはその時は許じゃなかった」


 「ちょっと…待ってください」


 なんだ…?なんだ、それ?俺の過去。それなのに、なんだこの感覚は…俺の過去は聞いちゃいけない気がする。今の今まで自分が許じゃなかったことまで知らなかった。いや、忘れていた?


 なんだか、心臓が痛い。胸の奥で何かが激しく蠢いている。苦しい。体が小刻みに震えている。


 「許…やっぱりダメだね」


 やっぱり、ダメ…?


 頭の中で今言われた言葉を反芻していると、背中に手が当てられる。それが優しく肋骨のあたりをさする。


 呼吸が…少し、落ち着く。…大きく肩を揺らしながら息を吸い込む。そして吐く。


 「ごめん、許、ごめんね、私のせいだ…」


 …


 「奏さんのせいじゃないですよ」


 「うん…いや、わたしのせいだな、わたしがもっと早くから対処してれば許にこんな思いをさせる事は無かった」


 奏さんが右手を強く握りしめる。目を大きく見開き、湖のほうを睨んでいる。


 「対処…?」


 奏さんの言う対処って一体なんなんだ…?…奏さんは俺の見て無い所でたぶんいっぱい俺の為に何かやって来た。だから、会長は親離れをさせたい…。そういう意味だったんだろう。


 だが、俺はその奏さんのやってきたことが一体なんなのかなんて知らない。知りたい。知りたいが、この調子だと奏さんは教えてくれないだろう。


 奏さんがそれを教えたくないっていうのなら…俺は…多分それを知らないべきなんじゃないか?さっき自分の過去を探ろうとした瞬間に拒否反応が起きた。おそらく、その「対処」の中にはその俺が拒否している過去が遠からず関わっているのだろう。


 それなら、少なくとも今は聞かないべきなんだろう。


 だが、俺に未来はあるかどうか…良く分からない。俺が茨木に勝てるか。正直、その自信が無い。


 見ただけで力量が分かる。あれは今まで戦ってきた誰よりも強い。見た感じ歳は俺と同じくらいか、いやブレザーを着てたから高校生か?まぁそれぐらいの歳で一体どういう育ち方をすればああなるんだ?


 …あいつ…怒ってたな。相当の覚悟を決めてそうだった。きっと全力で殺しに来るんだろう。勝てるか?…不思議だ。そんな気がしない。勝てるヴィジョンが思い浮かばない。…今までにこんなことは無かった。


 …


 ちょっと待てよ。奏さんって今まで「対処」してきてくれたんだよな。果たし状ってそう簡単に弾けるものか?果たし状がそう簡単に弾けるなら、相手の都合が悪くなるのを待って…簡単にぶっ殺せばいいだけ、で相手側もそれを分かってるから受けなかったら一生勝負がつかねぇんじゃないか。


 それとも全員紳士だと…?


 「奏さん、茨木を殺す気じゃないですか?」


 受けないでとは言えない。俺から断らせることはできない。その原因は制度なのかそれとも他の何かなのかは分からないが、俺が断らない上でできるのは…対戦相手をそれより前に消すこと。…もしかして、勝負の前には勝負が入れられないか…?そうだとしたら、俺の予想が仮に正しいとしたら、奏さんは果たし状すら出さないで…闇討ちする気なんじゃないか。


 「…え?」


 …杞憂か?


 奏さんが少しびっくりしたような表情でこちらを見る。びっくり…?いや、焦りだ。


 「…」


 奏さんはこちらを見ながら、口の端をもぐもぐしている。なんだか言葉を無理やりひねり出そうとしてるみたいだ。

 

 「…」


 奏さんは嘘がつけない。それは昔から良く分かっていた。だから奏さんは嘘をつくことを極力避けている。いや…多分だけど、そもそも嘘をつかなきゃいけない様な状態に追い込まれること自体を避けてきたんじゃないか。


 「俺、茨木とは自分で戦います」


 「……でも自分でも理解してたよね、茨木に勝てる見込みは…」


 正直勝てる気がしない。


 「死にに行く気?」


 「でも、奏さんがもしそんなことをすれば…」


 会合での様子を見る限り、本当に少し見ただけだが、正直奏さんはちょっと浮いていた。俺が原因となって浮いているのか…?もし闇討ちなんてすれば、会合での立場は…いや、それ以上にもう表舞台に立てなくなるんじゃないか。


 修羅之会は辻斬りの対処も仕事だ。闇討ちは辻斬りではないが、とにかく会が果たし状も出していない勝負…いや暗殺を放っておくとは思えない。それに清掃も入れない以上、警察の介入もあり得る。


 「私の心配?」


 奏さんが笑う。


 「偉くなったね、許」


 いや…ちょっと待て。もし、今間での「対処」が俺の想定する中で最悪のものだったら、つまり闇討ちだったら…。


 「あの、もしかして…今まで闇討ちしてました?」


 「…いんやぁ、流石にそれは…」


 そういってから、少しの間の後はっとした表情で奏さんは俯き考え込むような表情になる、


 …


 「許」


 奏さんがこちらにぐっと顔を近づける。

 

 額と額、鼻と鼻が触れ合っている。


 「わたしの目を見て」


 奏さんの目を見る。不思議なことに目の黒い部分が茶色い部分の中に二つ…ある?今まで気づかなかった。何年も一緒に暮らしておいて、初めて…。


 そういえば、俺は奏さんのことを良く知らない。奏さんが今までどんな人生を送って来たのか、それが一切分かってない。好きな物、性格、怖い物、嫌いな物、たいていのことは知ってるがこの人の人生を知らない。


 …自分の人生すら知らないんだ。それもそうか。


 目を見る。奏さんの黒目に吸い込まれていく。渦を巻き、体がだんだんと深い所に沈んでいく。

 

 「うっ!」


 勢いよく立ち上がり、奏さんから距離を取り後ろに下がる。


 まずい、なんだこの感覚。これ以上いくと戻れなくなる。なんだこの人。なんなんだ。こんなの初めてだ。今まで一緒に生きて来て初めてだ。こんな人だったか?これはなんだ?なんの力だ…?


 この人は一体何を…


 「奏さん、何をしようとしてたんですか…?」


 「…」


 奏さんが少し残念そうな表情でこちらを見上げる。


 「許…だめだよ、動いちゃ」


 「奏さん…」


 奏さんがバっと立ち上がり、こちらの腕をぐっと掴む。そして、そのまま顔を近づける。


 「許、目をそらさないで」


 「やめてください」


 掴まれた手を振り払い、大きく後ろに下がる。


 あっ


 足が一瞬ふわっとし、急に視界が変わる。耳元で水がはじける。体が冷たい。


 そうか、湖に落ちたか。


 「許!?」


 すぐにひっぱりあげられる。


 寒い、寒い。


 ~


 「そんなに嫌だったんだ」


 すっかり暗くなった道から高速道路へ上がる。


 車内は空調が効いているとは言えまだ少し寒い。


 「許…本当に…やる気なの?」


 「…はい」


 俺は勝てるかどうか本当に分からない。勝負にいけば、どちらかといえば死ぬだろうな…。だが、これ以上奏さんの手を借りれるか…?奏さんの手を借りて…いや、甘えることをやめなければ結局奏さんに全部しっぺ返しがいく。


 それに…おれのことだ。俺自身で決着をつけないでどうする。だが…無事で済むか…?そもそも俺が勝負で死んだら、奏さんはどうする…?


 今まで本当に俺の最悪の想定が当たってて闇討ちをしているような人間だったら、俺が死んだあと、本当に何をするか分からない。


 俺は自分の身が大切だ。正直死にたくはない。腕の1っ本も失いたくない。だが、それと同時に勿論奏さんもいなくなってほしくない。俺にとっての親は奏さんだ。きっと奏さんも同じ思いなんだろう。

 

 だからこそ、俺の身を案じて先に行動していたのだろう。それがどんなことだったとしても俺は奏さんを責める資格はない。今までそれに無自覚だったとは言えおんぶにだっこだった。だから今までのことをとやかく言う事なんてできない。


 だが、これからは別だろう。俺は知ったんだ。奏さんが今まで俺のために何かを知らないところでずっとやっててくれたことを。だから、それを知りながら何もしないなら、それは実質的に…奏さんの立場を危うくしてることになる。


 だが…だからといって、今俺にできるのは…勝負を受けて………。


 「わたしはまだ死んでほしくないなぁ…」


 分かってる。俺も死にたくはない。だが、俺がやらなければこの茨木との確執は終わらない。そうなれば、奏さんも…いや、あの会長、茨木がどう動くか分からない。この期を仮にあいつらが逃したとして、再び俺を動かしたいなら大事にするしかない。そうなれば奏さんを巻き込むのは…あまり得策じゃないがこの人は巻き込まれにいくんじゃないか。


 「俺も…死にたくはないです」


 …


 「もしかして、またわたしのこと心配してくれてるの?」


 車がトンネルに入り、車内がオレンジ色に照らされる。


 「許、私のこれからの人生は私のためのものじゃないんだ、だからわたしの心配はしなくていい、もし仮に荷が重いと思ってるのなら…全部任せてほしいの…ていうかほんとはそうして欲しい」


 「だけど、そんなことをすれば奏さんの立場は危ういし、それにきっと俺だってもう修羅之会には…」


 「…まぁ、そうだね、許の言う通り、でも私にとっては修羅之会よりも刀よりもあんたの存在のほうが大切なの、だからあんたが死ぬってことは私にとって世界がおわること」


 え


 …俺が奏さんにとっては全てってことか?俺が弟子だから。それくらい大切な弟子だから。だから絶対に殺されたくはないって。でも…


 「だったらなんで剣なんて教えたんですか?半端に腕さえつけずに知らないままでいれば…」


 いや、ちょっとまて。俺が剣を教えてもらい始めたのはいつだ?…思い出せない。もしかして、奏さんと出会う前からか?だとしたらこれを聞いたところで…。


 横を見る。


 奏さんは少し切なそうな顔をして前を見ている。


 あぁ、やっぱりそうか。俺は元々、剣をやっていた。そして、何かあって…いや、これ以上思い出そうとするとまたさっきみたいになる。


 「そう…だね」


 俺が死んだら奏さんがどうするか。もしかして…この言いっぷりからして…茨木に何かをすることは想像に容易いが…それ以上に奏さんも死ぬんじゃないか…?俺が世界のすべてとまで言った人だ。俺が死んで生きてる保証があるか…?


 「もし俺が死んだら…奏さんは?」


 車が長いトンネルを抜ける。一気に黒色が視界に入って来る。


 「…死なないでね」


 両肩がやけに重い気がする。これは、シートベルトの重みか?


 腹も痛くなってきた。


 奏さんが目を急に大きく開け、前をみつつも少しだけこちらを見て笑顔を作る。


 「あ…許が死んだら、茨木殺しちゃおっかなぁ!そしたら、ギターでも買ってソロデビューしちゃったりね!で、印税で暮らすのよ!」


 …言ってることが滅茶苦茶だ。


 奏さんにここまで心配させたりするのは…単純に俺の力量不足が原因なんだろうか。俺にもし実力が足りないと判断されてるなら、もし今回のことがなんとか終わってもきっと奏さんは今後も同じようなことをするんだろう。


 …俺の肩には俺ともう一つの人生がよっかかってる。そうか…俺には茨木に殺される選択肢は無いのか。俺が死ねば、また俺の影響で誰かがどこかで死ぬことになるのか。康太さんと同じように。それがやなら勝利するしかない。


 俺の命一つは俺の力だけで生きてきてるわけじゃない。だから、もしそれが失われるならそれは俺だけの問題じゃなくなる。そうか…どうしてもそんなこと今まで分からなかったんだ。


 だとすれば、俺は勝たなきゃ。勝てるか勝てないかを迷ってる場合じゃない。勝たなきゃいけない。


 もし俺の実力が足りないと思われてるなら、それが誤りだと証明しなければ、流儀を通してみせなければ…。


 なるほど、つらぬきとおしてみたまへ…そういうことだったのか。


 俺は…腹を括るしかないんだ。

 


 


 

 


 


 

 


 


 


 


 


 



 


  


 


 


 


 


 

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