第7話 全体会合

………静まり返った車内。時折、尻ががたがたと揺れる。助手席に座り、ただ窓を流れる風景を眺める。何が見えているかは考えない。


「昨日のさ、立会人、何かあったよね?」


 隣で運転する奏さんが声をかける。


「はい…普通の勝負でした」


 高速道路はまだ朝早いにも関わらず既に混雑している。だから、時折渋滞に巻き込まれて、車が止まる。


 「そっか…」


 昨日の勝負。普通の勝負だった。そう、普通の、いたって普通の「真剣勝負」だった。だが、誰も死ななかった。死ななかったんだ…。


 「……許、疲れてるでしょう、目を閉じてな」


 あの後、来た時の車に乗って帰った。また茨木と同じ車だったが、帰りは互いに何も話さないまま家の前についた。


 康太さんは…ブラシとかを持って入って来た白い防護服に身を包んだ人たちのうち何人かに抱えられながらもう1台の車に乗せられた。2人に抱えられている時も深く項垂れていて顔は良く見えなかった。


 康太さんの乗った車はこちらが出ると同時に、反対方向へ向けて出発していった。俺は、その車からなんだか目が離せなくて、見えなくなるまで見送り続けた。もう二度と「康太さん」に会うことはできないだろうと。


 勝負が決したとき、多分「康太さん」は死んだ。縮こまり、嗚咽していた時。あの時、「康太さん」は死んでいた。


 これが今まであなたのしてきたことなのね


 茨木の言葉が頭の中をループする。


 俺がいままでしてきたこと。


 人を殺さなかった、ということ。生かしたという事。


 …色々な人がいた。面白がって一緒にご飯食べる人、そそくさと帰る人、怒る人、唖然とする人、ポカンとする人…泣く人…。


 俺が今まで戦ってきた人の中で…「死んだ」人はいたか。「殺した人」がいたか。


 分からない。人の気持ちは…やっぱりわからない。康太さんがああもすべてを捨てて覚悟を決めているのだって予想できなかった。


 …康太さんは全てを捨てて、人生のすべてを懸けて勝負に挑んだ。そして、中途半端に負けた。いや、勝てなかった。ただそれまでの人生、そして…あの指は…それからの人生も全部全部否定された。


 死とはゴール。茨木の言葉がよみがえる。


 あの時、あそこであんな形で終わるよりも、死んでたほうが康太さんにとっては…。


 人生で最高の瞬間、全てをやりきった瞬間に死ぬ。


 きっと最高の気持ちなんだろう…。


 無音の車の中、目を閉じてよく考える。


 ………


 「許、許」


 体が何者かにゆすられる。


 「許、着いたよ」


 !

 

 寝てたのか!


 「ここが会合の場所ですか…?」


 まつげに触りながら、聞く。目の前には白いコンクリートの壁に大きな窓を備えた…体育館。


 「うん、そう」


 後ろには特色の無い白く塗られたコンクリート造の大きな建物。まさに公民館って感じだ。


 「っち…もう着いてんのかよ」


 奏さんがケータイを見ながら毒づく。


 「え?」


 「会長さん、まだ時間前なのにもう来てんの」


 会長さん。


 俺をここに呼んだと思われる張本人。一体、俺に何の用があって呼んだのか。


 「あの…会長さんって…どんな人なんですか?」


 「まぁ、会ってみれば分かるよ…」


 奏さんがハンドルに肘を載せ、こちらを見る。


 「どう?寝てて覚えてないかもだけど…結構遠かったでしょ」


 「えぇっと…」


 寝てて覚えてない…。本当だ。


 「あは…困っちゃった」


 奏さんが意地悪な笑みを浮かべる。


 「ここはね、熊谷だよ、本当に遠かったね3時間ぐらいかかったよ、全く」


 「会合のたびに良くこんなに…」


 「うんうん、毎回がここでは無いね、場所は毎回違うんだよ、でも…まぁ全部遠かったけどね…」


 奏さんが両手の指を互いに絡ませ前方に突き出し、背中を延ばす。


 「はぁ…本当…毎回遠いわ……まぁ、せっかく2人だし帰りどっか寄って帰ろっか」

 

 「はぁ…」


 ここで会合するのか。俺が何でここに呼ばれたのか、来れば分かる行けば分かると言われ続けた。昨日の立会人…あれに会長が関わっていた。言葉の端々からなんとなくだがそんな感じがした。


 康太さんは…多分自分から茨木に真剣勝負を申し込んだ。そして茨木が俺に立会人を依頼した。この2つには仲介人の存在が欠けている。俺は会合など一度も出て行ったことは無いし、そもそも人に名前が知られるようなことは全然してない。口伝いで俺の名が広がったとしても…まず、茨木がどうやって俺の名を知るんだ?俺と勝負する様な層が果たして茨木と勝負するだろうか。


 …いや、分からんな。俺は康太さんを見誤っていた。想像ができていなかった。…康太さんが茨木に勝負を申し込んだのは決定的だ。康太さんが最初に勝負したのは俺だ。そもそも、どう組織側が介入しているのかが正直分からないが…俺と斬り合わせられるような人間に組織側が必殺の人間をぶつけるとは考えられないし、紹介するとも考えられない。何か特別なことが無い限りはな…。

 

 ってことは、何か特別なことがあったということで、その特別な事が会長…である?つまり、会長がわざわざ俺が命がけの勝負の立会人になる様に工作したってことか?実際のところは分からないが、そうだとして目的はなんだ?そもそも、康太さんの師はそれを許したのか?あの動きの変わりようは誰か師が付いたとしか考えられないからな。もし師が自分だとして自分の門下に入ったばかりの弟子が絶対に殺す剣士と戦うことを許すか?


 「許」


 奏さんの声で現実に引き戻される。頭がちょっと痛くなってきてることに気づいた。


 「なんで呼ばれたかは分からないけど、なんかあったら私もいるから、安心して」


 …………


 重くなった頭を肘をついた左手で抑える。


 「俺、分からないんですよ」


 人を殺すことが正しいのか。人を生かして返すことが相手を生かしていることになるのか。俺の今までの人生は結局誰かを殺しながら来たのか。康太さんが全て捨ててまで剣を選んだ理由。茨木が必ず人を殺す必要性。皆が会長から言われるであろうことを察しつつはぐらかすこと。会長がどんな人間なのか。組織がどういう構造なのか。俺がなぜ会合に呼ばれたのか。


 「分からないんです…」


 奏さんが隣からこちらに手を伸ばし、首に回してグイっと引き寄せる。心臓の音が体を通して聞こえる。


 「ごめん…私にも分かんないんだ」


 …


 「ただ…許、自分の中で迷っても答えは出ないんだよ、お互いにね」


 …


 「だからさ……」


 奏さんが体勢を戻し、スマートフォンを見る。


 「あ、そろそろ良い時間かな、じゃいこっか」


 だからさ……?


 「どうしたの?そろそろ、会長さん以外も来てるだろうから行くよ?」


 奏さんがドアを開け、地に足をつける。


 だからさ……、何を言おうとしたんだ?


 怪訝に思いながらも答えは返ってこない事がなんとなくわかったので、車から出る。


 会合が行われる会議室まで奏さんの後ろについて階段を上がっていく。窓から入る光は廊下を照らし濃淡を描いていた。

 

 会議室の前まで来ると、奏さんが扉を3度叩く。


 …奏です


 そのままがらりと扉を開けた。


 ピンクの床、パイプ椅子と…向かい合って座る5人の男。そして一番奥に座る一人の男。暗い青のダブルのスーツに黒いコートを羽織った、髪を後ろで束ねた男。その顔には左目に眼帯。「会長」は椅子に深く腰掛け、こちらを下から見つめている。


 あれが…会長か?


 「待ってたよ奏くん、そして…許君も、ようこそ全体会合へ」


 男がそのまま口を開いた。地の底から響くような掠れた声。そそくさと席に着いた奏さんに促されて空席に座る。


 口の端を上げながら、男は続ける。


 「よし、全員そろった様だな、では、会合を始めよう…その前に」


 「会長」がこちらを覗きこむ。少しギョッとした。その顔には良く見ると、眼帯を貫くように大きく切り傷が刻まれている。


 「自己紹介をしようか…私は君が入っている修羅之会の現会長、三浦だ、よろしく許君」


 「よろしくお願いします…」


 俺はなんで呼ばれたんだ…?


 「許君…君の評判はよく知っているよ、なんでも人を殺さないってね」


 …


 「もしかして、康太さんの師はあなたですか?」


 「…なるほど、やっぱり君はそうか…」


 そうか。そうだったのか。


 康太さんの師はこの「会長」さんだ。どれ程の腕前なのかは分からないが…だが、容易に勝つことはできないってことだけなんとなく一目見ただけで分かる。…いや、この場にいる全員がそうか…。ここは見るからに強者の巣窟だ。


 そうじゃない。康太さんの師はこの男だったんだ。そうだったか。だとしたら、全てに合点がいく。俺の事を茨木が知っているのも、そして康太さんが短期間であれほど強くなったこと。それから、茨木との勝負を希望した事。


 …全部捨てるような決断をしたこと……。


 全てこの男が後ろで調整して、背中を押していた…。


 そういうことなんじゃないか。


 押し黙っていた奏さんが口を開く。


 「それで…説明してくれませんか?弟子も気になってます、なぜわざわざ会合に呼んだのか」


 「もちろん、焦らすのは趣味じゃない、ただ弟子が気になってるというより、君自身が気になっているんだろ?」


 …


 奏さんの顔は心なしかいつもより険しい。


 「よろしい、端的に言えば許君、君を呼んだ理由は2つだ、一つは君の流儀について聞きたいのともう一つは…君を親離れさせたい」


 親離れ…?


 「会長…師弟関係は管轄外では…?」


 奏さんが言う。


 向かいに座っている男と目が合う。ざんばら髪のひときわ体格の大きい男だ。焼けた顔でこちらにウインクする。黒い革ジャンが胸筋で盛り上がっている。


 「その通りだ、人様の家の事情に首を突っ込むのは本来したくないんだが…君の場合、ちょっと事情が複雑そうだからね…」


 君…?俺のことを指しているのか、それとも奏さんのことか…?


 「許君、君はどうして奏君と剣の道に進むことになったか…まず覚えて無いかね?」


 …


 剣の道に進むことになった理由…?


 俺は奏さんから刀をもらった。そこからだ。剣の道を進み始めたのは。


 「分かりました、もうそこらへんで良いでしょう?あなたが仰りたいことは分かりました」


 奏さんが割って入る。


 「あぁ、私が言う前から恐らく君は何を言いたいか察しもついていたろうし…まぁ許君本人が折角ここにいるんだし…本人のためにもいろいろ説明はしておかねばならないじゃないか?」


 「………いえ、許の過去を詮索するような事はとくに本人の前では…」


 「ふむ…そうか……」


 俺の過去?俺に一体どんな過去があるっていうんだ?俺は奏さんと剣を鍛えて…そしてこの道に入った。それ以上でもそれ以下でも無い。物心ついた時には奏さんが…。…?何年前だ?


 「分かった分かった、じゃあ端的に話そう、許君には君の監督下からは少し遠くなってもらう、分かるかね…?」


 奏さんの監督下…?


 「君がどれほど、許君の会員としての活動を監督しているかは分からないが…少なくとも、君…果たし状を自分のとこに一回送ってこさせてたね」


 一体…?どういうことだ?俺宛のは今まで、奏さんの基に先に果たし状が送られていた?


 「なるほど…」


 「あの…?奏さん?」


 「ごめん、後で答えるから」


 奏さん?


 俺の郵便受けには普通に毎回果たし状が入っていた。だが…実際は俺の郵便受けに直送なのでは無く、一度奏さんの基に送られてから来ていたという事か?


 そうか…。確かに奏さんはこちらの予定を把握していたし、それであちらともし予定が合わないならば言ってくれれば奏さんが会に連絡して調整すると言っていた。だが、予定が合わない果たし状は一度も来たことない…。まぁ、そもそも予定自体が無いんだけど…。ということは、つまり…一度奏さんのもとを通して来ていたということか?


 いや…よく考えたら、それでなにか不都合があるか?間に一枚かませてるだけで…。何も変わらないんじゃ…?


 「奏君…君が許君に対して思い入れが強い事情は分かるが」


 「いえ、私の事情は関係無いです」


 思い入れが強い事情?そういえば、俺は奏さんのことをそんなに知らないんじゃないか?疲れたときは絶対に伸びをしながらあくびをする癖、卵を使った料理が好きな事、良く知っているがそれは全部今の奏さんだ。


 俺は…過去の奏さんを知らない?


 「私はね…君が恐らく、何人かは勝手に弾いていたと理解しているんだが」


 …


 「なるほど…それで、私を通さずに康太さん?との果たし状を送ったんですね?」


 あの時、奏さんが立会人の依頼状を持っていたのは…あれは俺のところに送る前だったってことだろう。


 「まぁ、そういう事だ…分かるかね?これは決定事項の事後報告ということになるなぁ…」


 奏さんの顔がさらに険しくなる。


 「あなたは許をどうする気ですか?」


 「簡単だ、君の弟子の刀を確固たるものにする、そのためにはおそらく…君が間に立っていては…弾くだろうからね」


 

 

 


 


 

 


 


 


 


 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る