第4話  立会

 …

 バンのドアがピイピイ言いながらスライドし、閉まる。隣の…多分、茨木?がやたら浅く腰掛けて、その上足を組んでるので少し狭い。正直乗り込むのに苦労した。


 ちらりとそちらのほうを見る。刀袋はなんの変哲も無い、黒い布製の物だ。暗くて良く見えないが、スキニーの様な物を履いている。


 よく見ると、パーカーには肩のあたりに変な豚の様なマークが入ってる。


 それにしても狭いな…。


 「あの…もうすこし詰めてもらってもいいですか?」


 …


 少しの間の後、そいつがこちらを見る。


 うすぐらい車内でも分かるよな赤い唇。通った鼻筋。何かうらめしそうな目と長いまつげ。そして整えられた眉の上で揃えられたくせのある前髪。女だ。


 その整った顔とは逆に、目とそして雰囲気がやっぱり、何か恐ろしいものを感じさせる。


 殺し。


 殺すことを躊躇わない人間。一目でそれが分かる。近寄ってはいけない、触れてはいけない。


 こいつの立会するのか…。


 「あの…」


 いつまでこっちを見るんだ?なんだ…一体どういう感情でこちらをそんな、ただ眺めてるんだ?


 ドアのガラスに突き立てられていた肘が動かされ、フードの中に入っていく。そして…あ…イヤホン?


 「こんばんは、あなたが許さん?」


 「はい」


 いや、あのもうちょっと横行ってほしいんだけど…。


 前の運転席のドアが開き、2人が乗り込む。


 「あの…?もう少し、横に行ってくれませんか?」


 「あぁ、ごめんね」


 少し横にずれてくれた。


 体に振動が伝わり出す。車が出発したのか。


 急いでシートベルトを探して、つける。


 車に乗ったのは久しぶりだ。


 「許さん、貴方とは一度話してみたかったの」


 か細い声だ。喉のすぐそこから出してるみたいなよわよわしい声。


 俺と話してみたかった…?どういうことだ?なぜ俺の存在を?


 いや、そもそもその前にこいつは誰だ?


 「あなたは茨木さんであってます…?」


 「えぇ、私が茨木です、もしかして…私のこと、何か知ってらっしゃる?」


 やはり、こいつが茨木。こんな人相なのは予想外だったけど、明らかに普通の人間じゃない雰囲気だ。


 「ただ、師からあなたが必ず相手を殺す、ということだけは教えてもらいました」


 「あら、本当にあなたって…いえ、失礼」


 なんだ?ていうか、この前といい、この間の奏さんもそうだ、何か歯に物が引っかかったみたいな言い方で核心をつこうとしない。最近、気持ち悪いな。いや、何を言わんとしてるかは、多分会合で分かるんだろう。


 だからって…なんで初対面の人にまで…。


 「そういう貴方は…確か、必ず相手を生かすんでしたっけ?会長が仰ってましたよ」


 会長が…?奏さんの言ってたことは正しかった?会長が何かしら裏で手引きしてこの立会人をさせた?


 「会長が仰ってた」が意味するのが、会の中で俺のことが有名でそれが会長の耳まで届いたか、もしくは会長が個人的に知っていてってことか。


 いや、だけど、そしたらこの間の真剣勝負…康太さんとの勝負が俺に来た時に、多分殺してほしくなかったから俺に来たと考えた。それは、つまるところ会長、会長じゃなくても勝負の調整をする会の人間には既に知られているってことだ。


 「まぁ…必ずっていうか…別に殺す必要の無い時は…」


 「でも、少なくとも今まで一人も殺してらっしゃらないですよね?」


 …そうだったかな。


 …


 「私、是非1度、あなたに会ってみたかったんです」


 「ちょっと待ってください、私のそういう話ってどこから聞いたんですか?」


 「ん…?あれだけ生かしておけばいずれ有名になる…むしろそれが狙いかとも思ってたのですが…あら、無自覚だったの」


 ?


 よく言ってることが分からない。…いや、そういうことか。ただ、そこで…?たとえ生かして返したところでこの確殺にその情報が出回るか?会合とやらに出るとそういう情報も回るってことか?分からない…組織の内部事情が分からないからなんとも言えないが…


 「あはははは…いえ、ごめんなさいちょっとした意地悪よ、やっぱり何にも知らないのね、私はただ会長から聞いただけ、からかってごめんね?」


 茨木が目を細めて笑う。トンネルに入りその顔が照明で照らされる。…なんていうか…綺麗な顔が人形みたいで…。からかわれた?…意思が理解できない、不気味だ。


会ってまだ数十分も経ってないがこいつは気が合わない…いや、なんていうか生理的に受け付けない。


 どう反応していいのかが分からない…。


 「ふぅ…面白い、別に名声のためじゃないのね、ならなおさら気になるわ、きっと答えを聞いても理解できないかも」


 今まで敬語混じりだったのがフランクになる。

 

 「なぜ相手を殺さないの?」


 そう来たか…。


 「俺は…別に殺したくないって思って……ぇっと」


 「ふ~ん…どもるんだ…、貴方、自身自分がなんで相手を殺さないのか分からないってこと?」


 「いや…あの、殺す必要が無ければ殺さなくていいじゃない?」

 

 なんだこの人、この車に乗ってから質問攻めにされてる。そもそも、この人は茨木で、絶対に相手を殺す…で、それでなんだ?少しいらだってきた気がする…でも、なんだこの人…このいらだちももしかして手のひらのうえで転がされてるだけなんじゃないか?


 「なるほどね…ごもっともだわ…」


 …


 茨木はなんだか少し考え込むようなそぶりでガラスから高速道路を眺めた。


 「私の自己紹介がまだだったわね、ごめんなさい、私はあなたの言ってる通り茨木、よろしくね」


 「え…あ、許です」


 …


 なんだ、何話せばいいんだ?


 「許さん、許って本名なの?」


 「え…?」


 本名?いや、奏さんが昔つけてくれた名前だ。本名?そうえば、名字ってなんだ?


 「いや…えっと…多分?」


 「ふ~ん…」


 …


 茨木は依然変わらずガラスから外を見ている。


 茨木…?それこそ、本名か?


 「あなた、小さい頃のことって覚えてる?」


 「…?小さいころ?」


 「剣を始める前、まさかおなかの中で剣を握ってたわけじゃないでしょ?」


 ……………


 「さぁ…覚えてないね…」


 「ふーん…」


 高速道路の周囲を囲んでいた壁が一瞬切れる。夜の町が目に映る。あのマンションの1室では、子供が親と一緒に暮らしているのか。自分に過去があるかないか…。そんなことは…とうに考えないようになった。


 「…茨木さん、相手を必ず殺すっていうのは本当ですか?」


 「聞いてる話には多少尾ひれついてるだろうけど…本当よ」


 そうか…。


 「なんで、相手を必ず殺すんですか?」


 「……そうね、貴方には理解してもらえないかもしれないけど…人は元来死にたがりだからよ」


 …………


 ?


 「人の生とはね…元来、死にこそその全てを見出すものよ、どう生きたかでは無く、どう死ぬか…」


 「なるほど…」


 「人生のゴールは死、それは誰にでもあって、人は生まれたときからそのゴールに向かってさいころを回し続けることしかできない…」


 …


 「…すごろくをやるとき、さいころの目がちょうどゴールの位置にならないとすっきりしない…それは分かる?」


 …?


 「いや、よくわからない…そもそもすごろく…?すごろくってなんだ?」


 ?どういうことだ?すごろく…?さいころ?さいころは分かる。多分。あのてんてんが書いてあるやつだろ。奏さんが昔一生懸命教えてくれた算数の教科書に書いてあった。


 「ぁ…そうなんだ……」


 茨木がこちらを困惑した様子で見ている。


 …


 「えっと…すごろくって…?」


 「その話はいったん忘れましょう」


 「はぁ…」


 なんなんだ?すごろく…?


 「とにかく…人は自分が死ぬって決めたとき、決まった死に方で死ぬことが一番幸せ…私はそう思うの」


 「はぁ…」


 あるか?そんなタイミング。死ぬ日に死ぬって決心するか…?


 「で、それが理由ですか?」


 「まぁ、そうね…例え事故だろうと腹上死だろうと…本人が予想もしてない時だったら…どっちも変わらない…私だったら納得できないわ、いかにそれまでの過程が幸せだろうと不幸だろうと終わりが唐突に訪れるならどちらも最悪よ」


 …?なんだ?ふくじょうし?話の文脈からして…なんか幸せってこと…?


 「それにね…死ぬ時を決めれるってある意味人間だけの特権だと思うの」


 …


 「山にいるモモンガとかは勿論、そこらへんにいるミニチュアダックスフンドも自分が死ぬ時は選べない、でも人間は違う、不慮の事故で死なない限り、少なくとも私たちは食べ物がそこにあるし自分の意思でその日を自由に生きる事ができるの」


 ももんが…?みにちゅあだっくすふんど…?


 「あの…申し訳ないんだけど……その例えが難しくて…」


 「え…ぁ…そうなの…」


 ……………


 「許くん、あなた何歳?」


 「多分…20歳…?」


 「20…?本当に?」


 「え…多分…」


 ……………………


 「そう…なるほどね…分かったわ」


 何が分かったんだ?なんだか、茨木の話が難しくてあまり分からない。いや、話が難しいんじゃない、たとえで出てくるものが良く分からないんだ。だから、頭に話が入ってこない。


 「あの…」


 「分かった…今までの話を簡単にまとめるわ…確かに無駄なたとえが多すぎたわね、人は生まれらた必ず死ぬ、だから死ぬことは人生のゴール、よって生きる事よりもどう死ぬかが大事、そしてそれを決めれるのは人間の特権、ここまで理解できた?」


 なるほど、そういうことだったのか。確かにその通りだ。


 「分かりました、そういうことだったんですね…」


 「…やっと理解してくれたようね」


 茨木は少し疲れた様子でこちらを見る。先ほどの無表情な様子とは打って変わって少しいらついたような感じだ。


 やっと理解できた。


 「それで…許くん、貴方は言ったわね、殺す必要の無い者は殺さない…なるほど…じゃあ殺す必要の無い者って誰なの?」


 「えっ…それは、殺す必要の無い奴…」


 「じゃあ、なにをもって殺す必要があるかないかを判断するの?」


 「何って…殺す必要…殺す必要があると思ったら…っていうか…」


 …何をもって殺す必要があるかないか判断するか?それは殺す必要があると思ったら殺す必要があるかもしれないし、殺す必要が無いと思ったら殺す必要が無いし…


 「…なるほど、つまり直感で判断してるってことね…あなたの脳みそが殺せっていえば殺すし、言わなかったら殺さない…そういうことね」


 多分、そうなんだろう。改めてそれを口にしてみろと言われても困る。


 「ふ~ん…ある意味一番正直ね…いくらきれいに言葉を重ねようと指令を出すのは脳みそに外ならない…まぁ……そうね」


 茨木が大きく息を吐く。


 「どんな説教師が出てくるのかと思ってたけど…まさか、こんな純朴な少年だったなんてね…なんか馬鹿みたい」


 馬鹿…

 

 「…はぁ、でも、許くん…貴方…腕は確かみたいね…少年のそれじゃないわ」


 …


 「その流儀を保ったまま生き残っているのは…正直言って異常だわ…」


 異常…


 「あなた今まで何人相手にしてきたか覚えてる…?」


 茨木が再び外を見る。


 「…確か、15人ぐらい」


 「そうね、17人、別に刀を握った人間が全員必ず相手を殺そうとするわけじゃないわ、でもあなたを殺そうとする人間は少なくなかったはず……あなたの…その子供じみた理論を守るためにはそいつらも殺しちゃいけない…」


 「子供じみた…って…」


 腕には確かに…少し自信がある…。だが…それは……あんたも同じだろ。


 「師が有能だったのかしら…それとも才能が?それとも運が良かったのかしら…?全部?」


 戦績を見たわけでも太刀筋を見たわけでも無いが、近くにいるだけで分かる。


 こいつは間違いなく強い。


 「まぁ…それは天のみぞ知るわね…それにしても、悪いことをしたわ…」


 「…立会人頼んだのって」


 「あなたとお話してみたかったから、そして…あなたの理論を目の前で否定してみたかった…」


 否定?


 なんで…


 「ただ、貴方の理論…貴方の中でしかまかり通らないはずの物だったから…否定も何もないわ…貴方が強いだけ、ただただ強かったからそれが偶然まかり通ってただけ…」


 カーナビが千葉県に入ったことを知らせるために音がなり、光る。その蛍光によって無表情な顔があらわになる。


 …その肌は唇とは似合わない程に白い。


 「…えっと、じゃあ勝負は……」


 「やるわ、勿論、貴方にも立会人をやってもらうわ…相手に一度命をかけさせる決意をさせたのだからそれを一方的に放棄するなんて無作法でしょう?」


 …


 「あなたには…分からないかも知れないけど…命をかける決意するっていうのはね…ただ決意するだけじゃ足りないの」


 茨木はどこか遠い所を見ているようだ。


 「一度命をかけた人間は…それまでと同じ生活はできないの」


 ~


 高速道路から降りて暫く行くと、街灯の数が明らかに少なくなり、車の動きが遅くなる。


 周りに畑と民家…そして少し向こうには…学校。


 「そろそろね…」


 暗く冷たい校舎の横の体育館だけが窓から明かりを漏らしている。


 あれか…。


 学校に近づくにつれ車のスピードが落ちていく。


 …体育館がすぐそこにある。


 体育館横の門が開いており、そこには既に黒いヴァンが2台止まっている。


 それにしても、対戦相手はなぜここを選んだ?


 駐車場に車が止まり、ドアが開く。


 「ふ~ん…」


 「現在時刻は21時45分です、それでは良いご勝負を」


 本当にここで勝負するのか…。にわかには信じられない。


 「…あの…降りてくれます…?」


 「ごめん…」


 刀袋を持って下り砂利を踏んで体育館に向かう。ここら辺確かに少しだけ、民家から離れているが…こう電気がついていては遠くからみえるんじゃないのか?


 ドアが少しだけ開いてる…。


 中からは物音ひとつしない。


 静まり返った中に二人分の砂利を踏む音だけが響いている。


 ……


 おい…


 対戦相手って…


 「お待たせしましたね、佐々木さん」


 


 


 

 


 


 


 

 


 


 


 


 

 


 


 


 


 

 


 

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