第11話 初めてのデート③



「じゃあ、初デート記念ということで、これ」

 

そう言って、彼から渡されたのは、何かをモチーフにしたと考えられる、とても可愛いデフォルメされた手のひらにちょこん、と乗るようなサイズの編みぐるみだった。

 というか、“何か”というより、完全に“自分”がモチーフになった編みぐるみだった。

 服は通っている高校の制服で、着こなしも私の普段の着こなし方と全く同じだ。

 背中の部分からはタグが出ており、『拓人:作』と縫ってあった。

 いつの間にこんなものを作ったのだろうか?デートの約束をしたのは今週の水曜だ。ということは、これを製作する時間は、水・木・金・土曜の夜だけだ。見たところ、かなり精密に作られている。どれだけ時間がかかったのだろうか。

 そもそも、ショッピングや映画館でも思ったが、彼は、他人には興味がなさそうに見えるのに反して、とても周りを良く観察している。そして、これでもかというくらいに用意周到すぎる。正直、少し引く。今日だって、最後の最後で、手作りの編みぐるみを渡してくるなんて思ってもみなかった。

 そこでふと、周りを良く観察し、そして、気遣いも難なくこなすことが出来る彼に疑問を抱く。


“なぜ彼は、周りと関わろうとしないのか”


 考えてみれば、不思議である。彼ほどの人が一度クラスや地域社会の人の輪に入ったら、たちまちほぼ全ての人と良好な関係を築けるであろう。それにも関わらず、クラスでは遥輝くん、家では、話を聞く限りだと、妹さんという、最低限の人としか関わりを持っていない。

 もし彼が、今と同じクラスの中で一人浮くキャラだったとしたら、そういった観察眼などは身に付かないはずだ。それらは、人と関わっていくなかで、自然と備わり、磨かれていくものだ。

 私は、彼とは小学校、中学校は同じではない。ウソ抜きで、高校で初めて出会った。だから、高校以前の彼を知らない。

 

 私の知らない高校以前の彼は、今とは全然違ったのかもしれない。


 そう思った。

 私は、今日の彼とのデートで、彼に興味が湧いた。そして、先ほど抱いた疑問によって、それはさらに大きくなった。

 次、彼の幼馴染みであり友人の遥輝くんに聞いてみようと思う。

 

「ありがとう。やっぱりコレって拓人の手作り?」


 あえて今更気づいたかのように自分の恋人に問いかける。


「そうだ。俺は体育以外の実技があまり得意ではないから、妹の美久に頼んで教えてもらいながら編んだんだ。不格好だったらすまん」


“美久”。それは、今彼がいった通り、彼の妹の名前だ。

 その名前は聞いたことがある。この辺りの中学校でとても可愛い子がいるという噂を聞いたことがある。実際に見たことはない。

 そして、彼にその事は話していない。別に、話しても意味はないと考えたからだ。


「全然不格好じゃないよ!すごい細かいところまで作られてるし、可愛いよ!ありがとう」


 これは本心である。紛れもない。私は、父親からはなにも貰った記憶がない。その代わり、母からは沢山の愛情と、プレゼントを貰ってきた。

 その私にとって、母親以外からのプレゼントは初であり、それが丁寧に作られたものであれば、尚更嬉しい。嬉しいに決まっている。


「そうか。ありがとう」


「………」


 私は思わず、瞬きをした。

 なぜなら、彼が、笑ったからだ。そう、笑ったのだ。今日のデートでは、一度も笑ったところを見たことがなかった。(映画で泣いたところは見たが)

 彼は、私が自分の表情に衝撃を覚えていることには気付いていない様子だ。

 彼は私に褒められたことを照れるように、少し下を向いてから、薄く柔らかに微笑みをその整った顔に浮かべた。

 私は、そんな彼の顔を見て、

 

 思ったより、可愛い顔をするんだな


と思った。

 何時もは基本的にポーカーフェイスの彼だったが、微笑みを浮かべたこの瞬間だけは、純粋な小学生の様に笑った。

 例えば、学校から家に帰る途中で、荷物を重そうに運んでいるおばあさんを助け、お礼を言われて、照れ臭くなったかの様に。

 私も、一度、そういうことがあったので、何となく、その例えが一番今の瞬間の表情に合うがした。

 しかし、その微笑みは、私が再び瞬きを終える頃には消えていた。あとに残るのは普段の無表情な顔。しかしそこには微かに自分を戒める様な表情が顔を覗かせていた。

 

「どうしたの?」


「何でもない。己を律しただけだ。」


「?」


 一体、己の(彼の)“何を”戒めたのだろうか?


「じゃあ、今日はこれで」


そう言って彼が、離れていく。聞きたいことはあるが、私も少し今日のことを振り返る時間が欲しい。


「うん、また明日ね」


「また明日」









「ただいま~」


 玄関のドアを開け、もはや誰もいなかろうと癖になってしまったセリフを言う。


「お帰り、ヒナ」


 靴を脱いでいると、廊下の電気がついて、明るくなると共に、私の言葉に対する返事が聞こえてきた。


「帰ってきてたんだ、ママ。仕事は?早く終わったの?」


「ええ、そうよ。今日は絶対に早く帰らなきゃいけなかったもの。だって、ヒナの誕生日でしょ。ご馳走買ってきたわよ」


「ありがとう、ママ」


そう、私は今日で16歳になる。

 毎年やってくる私の誕生日の日は、ママはいつも、私の誕生日を祝うために仕事をいつもより数時間早く終わらせてくれる。どんなに飲み会などの誘いを受けてもだ。

 普段は、私一人だけで夕食を食べたり、寝たりすることが多い。


「あら?」


「どうしたの?」


「……ヒナ、どことなく嬉しそうな顔をしてるわね。何か良いことでもあったの?」


「……私、そんな顔してる?」


「してるわよ。ほら」


といって、鏡をリビングから持ってきて、私に見せてきた。


「ホントだ」


「でしょ?」


 鏡の中の私は確かに笑っていた。口角も上がり、手で戻そうとしてもなかなか元に戻ろうとしない。

 そこで一つ気付く。


「(あ、そっか……今日のデート、私“楽しい”って感じてたんだ)」


 そう小さく呟いた瞬間、ストンとふにおちた。

 そう、楽しかったのだ。私が今まで一緒に遊んでいた女子たちには、どこかついていけない節が、私にはあった。

 しかし、彼は違った。デートの一部始終を通して、私のテンポに合わせて行動をしてくれていた。

 表情こそ無に等しかったが、私が何を言っても受け止めてくれていた。

 彼の、私の服選びに対する素直な褒め言葉に照れたり。

 彼の、意外な涙もろさに笑ったり。

 彼の手作りの編みぐるみの精密さに驚いたり。

 もしかしたら彼は、今日が私の誕生日だと知っていたのかもしれない。………いや、それは無いか。話したこともないし、誰かに教えたこともない。

 とにかく、思い出せば楽しいデートだったと思えることが多くあった。

 

「まあ、楽しいことがあったとも言えるね」


「何よそれ。フフッ。それと、ケーキも買ってきたから、早く食べましょ。あ、手はちゃんと20~30秒かけて丁寧に洗ってよ」


「ハ~イ」


 ママは、再びリビングへ戻っていった。

 そういえば、私は、恋人が出来たことを彼女に話していない。

 しかし、今はまだ、私に恋人がいるということは伝えなくて良い。

 なぜなら、この私と彼との関係は、酷く曖昧なものだからだ。もともと、罰ゲームから始まった関係だったから、曖昧ではあった。それに加えて、佳歩の執拗な関係の継続を求めたから、余計あやふやで、脆くなってしまった。

 なぜ成り立っているか分からないくらいに。

 一つのきっかけできっと壊れてしまうくらいに。

 せめて、この関係が壊れるまでは、楽しんでいたいと思うくらいに。

 今ここで彼女に伝えて、変な期待を彼にしてほしくないし、彼にもされてほしくない。

 洗面所に向かう廊下の途中、編みぐるみを取り出し、編みぐるみのタグをみた後、微かに微笑みながら、私は洗面所へ向かった。


「ちゃんと手を洗ってきたわね。少し時間がかかったんじゃない?」


「そう?とにかく食べよ!」


「食べるの本当に好きね、ヒナは。あ、コラ、ケーキはもう少し後で食べるんだから………あぁ、もう仕方ないんだから」


「うう~ん、美味し~い❕やっぱりケーキは海田屋が一番だね!」


「そうね、私は特にこのチョコが好きね」


「私も私も❗️やっぱり親子だね、私たち」



……………


 春川家のバースデイパーティーはまだ続いていく。



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 作者です!

 受験勉強がついに本番間近のため、長引いてしまうようになりました。と言いつつ、1万円以上使ってアニメイトでマンガ13冊、小説を七冊買ってきましたが。

 このままでは、10万文字に届くか微妙です。頑張って、達成できるようにしたいと思います。

 最後に、謝辞を。

 読者の皆様、いつも読んでくださり、ありがとうございます。お陰で、PV数も3000を越えました!もっと人気が出るよう頑張ります‼️

 本作品を面白いと思った方は、本作品のフォローとレビュー、コメントをよろしくお願いします🎵



 

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