第五章 天王星と冥王星③

 偽りの月、その居住エリアに存在する食堂。


 サラダとカレーを注文した小羽根がきょろきょろと空いている席を探していると、背後からぼそぼそとした声音で話しかけられた。


「あ、あ、あの、小羽根、さん」

「ん? あっ、アヌシュカ・ミルザちゃん! お久しぶり!」

「え、えっと、うん。久しぶり。す、座る場所探してるなら、こっち、どう?」


 健康そうな褐色の肌に抜群のプロポーションを誇るアヌシュカ・ミルザがおどおどとした様子を浮かべながら、奥のテーブルを指さした。

 そちらへと視線を向けると、そこにはブスっとした表情を浮かべているシャネル・アダムズと、にこやかな笑顔を浮かべているマリア・ハーパコスキの姿があった。どうやら彼女たちも食事中だったようだ。


「いいの!? うん、ぜひ! 一緒に食べたい!」

「うん。一緒に、食べよう」


 ほっとしたように微笑みを浮かべるアヌシュカ・ミルザと一緒にテーブルへと向かい、着席する。そして他愛もない談笑をしながら食事を開始した。


「ふーん、それじゃ小羽根ちゃんは、試作機のテストパイロットを募集するために開かれた臨時試験に合格して、スペースガールズになったのね。なるほど、それで一人だけ変わった時期にデビューした、と」

「そーなんですっ! 他の研修生に比べてMRN値が高かったらしくて合格できたんです! 別に、コネで採用されたわけじゃないんです!」

「うふふ、大丈夫、本当にコネ採用だと思ってる人なんていないわよ。きっとみんな、少しいじわるをしているだけ。ね、シャネル?」

「はん、どーだか」


 シャネルが窓の外へ顔を向けたままそっけなく返答する。

 彼女の態度は相変わらずだったが小羽根はそれほど居心地の悪さを感じなかった。マリアが愛想よく話を振ってくれるからというのもあったが、レベルⅢとの対決を経て、七期生の三人との距離が少しだけ縮まったように小羽根は感じていた。


「ふふ、ごめんね、小羽根ちゃん。シャネルったらいつもこうなのよ。本当は、小羽根ちゃんをこのテーブルに誘おうって言いだしたのも、彼女なのにね」

「なっ、マリーっ!? 何でそれを言っちゃうわけ!?」


 ガタっと椅子から立ち上がって、シャネルが抗議する。

 どうやら恥ずかしい話題だったらしく顔が紅潮していて、小羽根はそれを見てくすっと笑った。


「アンタも、何笑ってんのよ!」


 しばらく怒ったのちに、シャネルは再び椅子に腰を下ろした。


「アタシはまだアンタを認めたわけじゃないわ。無能力者のスペースガールズなんて戦闘で何の役にも立たないもの。でも、この前の戦いで民間人を守ろうとしたり、アタシのことを庇おうとしたのは、まあ良かったと思うわ。ほんの少しだけど見直してあげる」

「シャネルちゃんっ! うううー、ありがとう!」


 小羽根が立ち上がり、喜びながらシャネルの片手を握りしめると、彼女は怒るように自身の頭を勢いよく掻いて、しばらく悩んだ様子を見せた後に苛立ちを滲ませながら告げた。


「ああもうっ! 違うのよ! そう、違う。さっきのは嘘よ。見直したんじゃないわ。少し、ほんの少しだけど尊敬したのよ。……レベルⅢには、アタシたちじゃまったく刃が立たなかった。今だから言うけど、あのとき本当は怖かった。今まで何度も戦ってきたけどあのとき初めて、死ぬかもしれないって思ったの」


 気持ちを整理するように、彼女はゆっくりと言葉を紡いでいく。


「でもアンタは、アタシよりも弱いはずなのに果敢に戦っていて、あんなに酷いこと言ったアタシを守ろうとしたわ。その勇気と性格を目の当たりにして、すごいって思ったの。少しだけね。……ねえ、アンタはどうしてスペースガールズになろうと思ったの?」


 その質問を受けて小羽根は小さく頬を掻いた。


「えっと、わたしはね、六歳になるまで月面基地で暮らしてたの」


 決して隠していたわけではなかったが、歳の近い友人に明かすのは初めてだった。


「月で生まれて、月で過ごして、そして月の悲劇で全てを失った。パパもママも友達も先生もご近所さんもみんな死んだ中で、わたしだけが生き残った。救出されたときに、みんなの分まで生きなきゃって思ったの。みんなの分まで生きて、強くなって、今度はもう誰も死なせないように、みんなを守れるようにならなくちゃって」

「……そう。随分と優しい理由ね。とても、良いと思うわ」


 しばらく沈黙したのちに、シャネルは遠いところを見つめながら話しはじめた。


「アタシのパパはね、宇宙関連のビジネスを営んでいたの。会社はどんどん有名になって経営は軌道に乗って将来を期待されていた。今考えると、アタシたち家族はかなり裕福な生活を送っていたわ。だけど月の悲劇で一転。パパの会社は倒産して、多額の負債によって家族は住む家を追い出された。それから数年もしないうちにパパは首を吊って、ママは大量の錠剤とともに亡くなった。パパとママの人生を狂わせたBIOSを一匹残らず殲滅するために、アタシはスペースガールズになったのよ。はん、アンタの優しい理由とは正反対ね」


 そこまで語ったシャネルは、ふと小羽根の表情を見てぎょっとした。


「あ、アンタ、何でそんなに泣いてんのよ!?」

「うえ……えっぐ、うううう! だって、シャネルちゃんの気持ちとか、今まで頑張ってきたんだなって想像したら、涙が勝手に出てきちゃって……! うええええええええ!」

「泣くな、うっとおしい!」


 アヌシュカ・ミルザから受け取ったハンカチを使って小羽根は涙を拭った。


「まあいいわ。おかげで、アンタがどうしてスペースガールズになりたいと思ったのか分かった。たまにお金や名声目当ての輩がいるでしょ? アンタもそういう奴かと疑ってたのよ。悪かったわね、コネ採用扱いして」

「ううん、いいの! だっておかげでシャネルちゃんやマリーちゃん、アヌシュカ・ミルザちゃんと仲良くなれたんだもん!」

「……あっそ」


 シャネルは素っ気ない態度で顔を背けるが、耳が真っ赤だった。やがてむず痒い空気に耐えられなくなったのか、話題を変えるように小羽根へと話を振った。


「ところでアンタ、大星団はどこに配置されるの?」


 大量のBIOSが来襲する大星団については、ここ最近のスペースガールズたちの話題の的であり、誰がどこに配置されるのかは興味の尽きぬ内容だった。


「わたしは偽りの月で警備の予定だよ! シャネルちゃん達は?」

「アタシたちも同じよ。他の子にも聞いて回ったけど、どうも今回、七期生以下は基地の警備みたいね。はーあ、残念。本当は月近傍に行きたかったんだけど」


 BIOSは月から来襲する見込みであり、それを最前線で迎え撃つ月近傍への配置は花形であるとされていた。対して、偽りの月や衛星軌道基地、地球上での警備は万が一に備えた配置であり、ほとんど戦闘も発生せず配置人数も少ない地味な役割だった。


「はーあ、月近傍にはあのアッカーソン先輩と肩を並べる〝水星〟のゾフィー・グラッツェル先輩が配置されるらしいわよ。一度でいいから、その戦いっぷりを見てみたかったのに」

「ゾフィーさんって、あの〝仮面の守護者〟って呼ばれてる人?」

「そう! 常に仮面を装着していて、どんなときも一言すら声を発さず、だけど超強い。素性が謎に包まれた一期生。その正体を見たことあるのは十人にも満たないって話よ」

「へー、変わった人もいるんだねー」

「アンタ、大先輩になんてこと言うのよ」


 シャネルからの呆れた視線を受けながら、小羽根はえへへと笑った。


「でもとりあえず、同じ配置ってことも分かったし、また一緒に頑張ろうね、シャネルちゃん! マリーちゃん! ミルザちゃん!」


 小羽根が片手を突き出してきたので、シャネルは気恥ずかしそうにしながらもその上に自身の手を重ねた。マリア、アヌシュカ・ミルザもそれに続く。


 そして四人で手のひらを重ね合わせて、えいえいおーっ! と声を上げた。

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