第10話

 夜。疲れて横になっていた。

 もうどうでもいい。

 なにもかも虚しい。

 学校も親もやるなと言った不良の行いこそが社会に求められ、僕らオタクは存在すら許されない。

 だとしたら万引きやガスパン、バイクの無免許運転、それに喧嘩でもしてればよかった。

 それこそが僕らが社会に求められていたものだったのだ。

 僕らは嫌われていた。

 何もしてないのに。

 でも僕らの存在を消し去りたいほど社会はオタクを憎んでいたのだ。

 寺に行けば真人間になれるだろうか?

 でもそれは僕という人間の死なのではないだろうか?

 いっそ寺に火をつけてしまおうか。

 ……できるわけがない。

 するとドカドカと音がした。


「おい! おまえオタクなんだってな!!!」


 親父がやって来た。

 ノックもせずにドアを開け俺の部屋に突入。

 バンッといきなり俺の頬をビンタした。


「なにすんだよ!!!」


「うるさい!!! おまえ異常者になったんだってな!!! いままで甘い顔してたが、父さんはもう許さんぞ! いまから寺に連れて行く!!!」


「ちょっと待ってよ! なに言ってんの? 寺の都合は? それに学校は!?」


「もう電話した。先生もおまえが真人間になるって言ったら喜んでたぞ!!!」


「はあ? 登校拒否は落伍者だって言ってたじゃん!」


 と言った瞬間、拳が飛んできた。

 がつんと音がして頬の骨から嫌な音がした。

 歯で苦の中を傷つけたらしい。

 口から血のにおいがしてくる。


「ゴチャゴチャ言うな! さっさと着替えろ!!! いまから寺におまえを預ける! おまえを人殺しになんかしない!」


 親に見捨てられた。

 僕はそう思った。

 もう彼らは親ではないのだ。

 抵抗する気力も失われ、言うとおりに着替える。

 夜の道を車で運ばれていく。

 その間ずっと無言だった。

 父親は自分が若い頃の話を延々としている。

 母親は「気持ちはわかる。でもいまは我慢して」とひたすら泣いていた。

 猿芝居。

 ああ、あの僕の大嫌いな青春映画の世界が僕の家にまで浸食してきた。

 ……気持ち悪い。

 本当に、心の底から嫌悪感がわき上がってくる。

 ただ彼らは僕を更正させたというストーリーに酔っていた。

 僕なんか見てなかった。

 ただ僕という人間を否定しただけだ。


「よかったわ……これでダメだったらヨットスクールに行ってもらう予定だったの」


 それこそ何人も死んでいるあの収容所だ。

 そうか、彼らは僕を殺すつもりだったのか……。

 それほどまでに僕を憎んでいたのか。

 僕は自分の殻に閉じこもった。

 明け方近くになって寺に到着した。

 寺は山というか丘というか、とにかく高いところにあってその隣にプレハブみたいなみすぼらしい建物があった。

 どうやらあの建物が僕がこれから滞在する寮らしい。

 父親が僕と母親を残して寺の境内に入っていった。

 しばらくすると戻ってきて、黄色い色のついた眼鏡をかけた老住職とチンピラみたいな坊主に寮に通される。

 あんないされた応接室には住職の書いた本と手塚治虫の『ブッダ』が並んでいた。

 壁には文部省やら警察の感謝状が並んでいる。

 ああ……どう見ても承認欲求の固まりだ。

 こんなゴミにいくら払ったんだ!!!

 クソが! こんな生臭坊主にだまされやがって!!!


「それで、オタクを治したいってことでいいですかな?」


 老住職が親に話しかけた。


「ええ。異常者になってしまったんです。このまま子どもを殺しては世間様に申し訳ない。どうにか腐った根性を叩き直していただきたい」


 頼む。住職は狂っていませんように!!!

 僕は祈った。

 世界で一人くらいは僕の味方をしてくれてもいいはずだ。


「わかりました。その……なんと言いますか……体罰はしてもよろしいでしょうか。いえー最近、世間がうるさいですからね」


 ふざけんな。


「ええ。ビシバシやってください。よろしくお願いします」


 みんな死んでしまえ!!!

 僕の怨嗟の声は表に出ることはなかった。

 空気を読んだわけでも遠慮したわけでもない。

 僕はこうしてる間にもこいつらをどうやって殺せばいいか考えていた。

 このゴミクズどもとクラスの連中、教師も殺してやりたかった。

 誰も彼も、どいつもこいつも僕を否定する。

 僕を追い出そうとする!!!

 僕がなにをやった!!!

 いつ僕がお前らに迷惑をかけたか!?

 憎悪が僕を塗りつぶしていった。

 だが僕は甘く考えていた。

 真の悪の存在を。

 本当のクズの存在を。

 本当の悪はアニメみたいに世界征服をするわけじゃない。

 ただ楽して稼ぎたいとか褒められたいとか。

 そういうゴミみたいな存在なのだ。

 僕はまだそれを知らなかった。

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