3 やれる事をやれるだけ

 自宅のアパートの階段を駆け上がり、六畳一間のワンルームのソファーにぐったりとした彼女を寝かせる。

 幸い此処に至るまで誰にも見られず連れて来られた。


 端から見て子供を部屋に連れ込んでいるという光景が社会的印象が最悪という事もあるが、それ以上に通報されて警察が家に来るような状況になれば、そこから発展してウィザードを呼ばれてしまうかもしれない。

 それだけは避けなければならなかった。


「で、どうするよ……」


 医学に長ける訳では無く現代医学が通じる相手でも無い。

 おそらく最も適切な答えを知っていそうなのがウィザードの連中だが、当然の事ながらそこに頼る訳には行かない。

 だとしたら……頼るべきは、自分よりも彼女の体に詳しいであろう存在の知識だ。


「なあおい、なんかねえのか元気になる方法! 自分の体だろ!」


 まず間違いなく、彼女自身の方が問題解決に至るプロセスを示しやすい。

 そう思って尋ねたのだが、彼女は力ない声で逆に聞いて来る。


「……改めてじゃが、お主……本当に自分がやっている事を……分かっておるのか? ワシはお主の体を……乗っ取ろうとしておった。言わば敵じゃよ、ワシらは」


「質問を質問で返すなよ馬鹿か……で、なんかねえのか」


 再びの問いに彼女は暫くだまり込むが、やがて口を開く。


「言った通りワシは、お主の生体エネルギーを……当てにしておった。それがまともに得られなかった今……ワシの体を維持しておるのは……お主からの微弱なエネルギーと、未契約の状態のワシに内包されておった最低限のエネルギーの二つ」


 契約とかいう怪しい言葉や、そもそも一人で剣の状態で突き刺さていた時のエネルギーどうしてたのとか疑問は残るがひとまず。


「とにかく何かしらの手段でエネルギーを摂取できりゃいいのか?」


「そ、そういう事に……なるかの」


「……つってもどうやって……」


 必死に思考をフル回転させる。


(足りねえものを補うってなるとなんかこう、輸血とか点滴みてえな……いや、ちょっと待て)


 酷く短絡的で、これが正解な可能性は著しく低い気がする。

 だけどやれる事が限られている以上、やれる事をやれるだけやらなければならない。


「お前にその手段は分からねえんだな」


「……ま、分かれば絶望しとらんの」


「だったらこれ食っとけ!」


 ソファー前のガラステーブルの上に載っていた貰い物のクッキーを開封し手渡す。


「……これは?」


「クッキー。異世界から来てるから分かんねえのか……食い物だ食い物! とりあえず何でも良いからエネルギー補給チャレンジやるぞ」


「……食い物?」


「待てそこからか!?」


 だが当然と言えば当然かもしれない。


(元は剣……だからな)


 そもそも何かを食べて生きていく、地球の生物と同列に考えてはいけない。

 ……だからこそより愚策にも感じるが。


「まあとにかく口に入れて呑み込め。ああ、よく噛めよ……っと、あと牛乳。牛乳用意しとく。栄養価高いから飲んどけ」


 急いで冷蔵庫に走り、コップと牛乳を手に取りつつ、冷蔵庫の中の比較的壊滅的な中身を確認しつつ急いで彼女の元へ。

 戻った先の彼女は無事クッキーを口にしていた。


「どうだ!?」


「……甘くておいしい」


「よし味覚はあんのか……」


 飯食う事知らねえのに甘いとかそういう感想出て来るんだというのは一旦置いておいて、やるべき事は定めた。


「とにかく剣のお前に飯食わせてエネルギーに変えられるかは分からねえけど、変えれる前提で動くぞ。とりあえずそこにあるのは全部食え。動けない程なら一個二個じゃ足りねえ」


 というか全部でも足りない。

 そしてすぐに用意できる菓子の類いは他に何も無く、あるのは一食分程度の白米と卵位だけ。


「その間に俺はちゃんとしてるかどうかは自信ねえが飯作って来る」


「ちゃんとした……飯?」


「お粥だ! 速攻で作って来る!」


 そう言ってキッチンに再び戻って来る。

 ……全部徒労に終わるかもしれないのは分かっているけど。

 本当はこんな事をするべきではないというのは分かっているけど。


 それでも今の自分にも辛うじてできる事に、手を伸ばした。

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