第8話 とりあえずスってみた

 前回までのあらすじ。

 歩道橋から落っこちて、くそ女神に異世界に送られて、アルコール依存症の神父に辛い現実を突きつけられ、女の子にキャーキャー言われようと調子に乗ったら捕まりました。

 いや、捕まりましたじゃねぇよ。なんで牢屋に入れられてんの俺。


「ちょっと待ってくれ! こんなところに入れられる覚えはねぇぞ!?」


 鉄格子を掴み、見張りをしている男に必死に話しかける。


「何言ってんだお前。街中で人を殴ったら捕まるのは当然だろ」


 なんかぐうの音も出ないほどの正論が返ってきたんですけど。そりゃまぁ、元の世界でも警察署に連れてかれたり、程度によっては留置場に入れられたりするけどさ。い、いやだめだ! ここで納得したら俺は前科者になってしまう!


「人を殴ったってあれは不可抗力だぞ!? 大体、なんで俺だけ捕まってんだよ!?  不公平だっ!! 理不尽だっ!! 差別だっ!!」

「お前と一緒に騒いでたやつならそこで寝てるぞ」


 見張りの男が指差した方を見ると、酔っ払いのおっさんが気持ちよさそうに牢屋で寝ていた。お、あんたも捕まったのね。なんか仲間意識湧いたわ。


「とにかく今更喚いてもどうにもならん。無駄に体力を減らすだけだ」

「そ、そういうわけにはいかないだろ!!」

「つまらん喧嘩なんて三日間そこで頭冷やしたら出てこれるんだから、大人しくしておけ」

「三日!? 三日もこんなところに……!!」

「ほれ。夕飯食ってさっさと寝ろ」


 見張りの男が鬱陶しそうな顔で俺のいる牢屋に何かを入れてきた。……これはパンとスープとミルクだな。とりあえず腹が減ってるから食べよう。うん。味なんてあったもんじゃないが、空腹の俺にとってはご馳走以外のなにものでもない。なるほど。

 与えられた食事を一瞬で平らげると、俺はゆっくりと牢屋の中を見渡した。簡易的なトイレにベッドがある。当然布団なんかないから寝心地は良くないだろう。トイレも水栓式じゃなく、ボットン便所のような作りだ。


「いいか。逃げ出そうなんて考えるなよ。余計罪が重くなる。ちょっとでも変なことをしたら朝飯も昼飯も抜きになるからな」

 

 あ、三食出んのね。ふーん、そう。へー。


 三日後。


「だから、俺の話を聞いてくれよ!!」

「うるさい! 何を言おうがお前の罪は変わらんのだ!!」


 飽きもせず鉄格子にしがみついて、俺は自分の意見を主張していた。確かに、俺は酔っ払いのおっさんを殴ったかもしれない。だか、それは正義のためにやった事なのだ。にも拘らず、こんな不当な扱い断じてあってはならない。


「俺はあのハゲ方が気に食わなくて一方的にあのおっさんを殴ったんだ! 愉快犯だ! 暴力を振ることで生きている事を実感するクズ野郎だ! 三日間じゃ足りなすぎるだろ!!」


 うん。まぁ、そういうことだ。寝るとこもあって、ダラダラしてるだけで自動的にご飯をもらえるこの楽園から出たくない。わけのわからんタレント押し付けられて、一文なしでまた知らない世界に放り出されるくらいなら、俺はこの薄汚い空間に永住する。ちなみに、俺が鉄格子にしがみついているのは中からじゃなく外からね。釈放される寸前ってわけ。


「最初に言ってたことと違うだろ!! お前は女性にしつこく言いよる男を止めようとしたんだろうが!!」

「そんな正義感、俺にあるわけがねぇ!! いいから俺を牢屋にぶちこめ!!」


 ギャーギャー言いながら鉄格子に抱きつく俺を、騎士達が三人がかりで引き剥がそうとする。あー、この人達は王国騎士団の一員らしいよ。牢屋で暇だったから色々話を聞いたんだけど、自衛隊と警察を足して二で割ったような仕事をしてる連中だね。


「いい加減にしろ! 俺達も忙しいんだ! 訳の分からん駄々をこねてないで、さっさと鉄格子から離れろ!!」

「訳のわからんってなんだ!? 俺はこの地に骨を埋める覚悟で来てんだよ!!」

「牢屋に!?」


 もう嫌なんだ。二十も超えて新しい世界でゼロからやってくとか普通に無理。このなんのしがらみもない閉鎖的な空間で何にも考えずにダラダラ過ごして生きていきたい。

 そんなささやかな俺の願いも、騎士達は聞き入れてはくれなかった。三人がかりで俺を鉄格子から引き剥がし、そのままずるずると引きずっていかれる。


「頼むよ……このままじゃ故郷に残してきた母さんに顔向け出来ねぇよ……!」

「だったら、尚の事こんな場所からは出た方がいいだろ」

「世界一の囚人になるって約束したんだ……!」

「どんな約束してんだよ! 全力で止められるわ!!」

「いや『頑張ってきなよ』って背中押された」

「お母さんんん!?」


 そんなやりとりをしながらも、俺は着実に出口に近づいていた。このままじゃまずい。また魔王に首根っこどころか心臓まで掴まれたあの街でこれからどうすればいいのか分からず途方に暮れる羽目になる。どんなに無様でも抵抗し続けなければならん!


「おい! 暴れるな!!」

「いーやーだー!! 囚人王に俺はなるんだー!!」

「なっ、こ、こいつ……!!」

「――これは一体何の騒ぎかしら?」


 おもちゃ売り場の子供ばりに喚き散らしていたら、突然誰かが話しかけてきた。その声を聞いた瞬間、俺を取り押さえていた騎士達の動きが止まる。


「ん?」


 不審に思って声のした方へと顔を向けてみた。うはっ。めっちゃ綺麗な子が鎧を着て立ってんだけど。なになに、この子も騎士団なの? 是非ともお近づきになりたい。

 ……いや、待てよ。腰まで伸びる紺の髪はいい。少し小柄なところも女の子らしくて好感が持てる。だけど、その目尻が少しつりあがった目は……もしかして、そういうこと? いやいやいや、そんなお決まりの感じじゃ……。


「その冴えない顔したボンクラは一体誰なのよ?」


 そういう事でした。野郎ばかりの騎士団で、女だてらに天賦の才でブイブイ言わせてる系強気女子ってところですね。騎士の奴らが怯えた目であの女を見てるし。


「ベ、ベルナドッテ団長……こ、この男は……」

「街で酔っ払いと喧嘩して牢屋に入っていた者でして……」

「そんなどうでもいい奴に割いてる時間があると思ってるの?」


 しどろもどろに説明する騎士達にシルビアがピシャリと言い放つ。おー、怖っ。俺より年下そうなのに威圧感が俺の三倍はあるぞ。あっ、ゼロに三かけてもゼロか。誰の威圧感が皆無だこら。


「今どれだけこの国が危機に瀕してるのか自覚ある?」

「あ、あります」

「いつ魔王が攻めてきてもおかしくない状況なのよ? そうなればこの国は終わりよ。それくらい無能なあなた達にもわかるでしょ?」

「は、はい……」

「だったら、そんなクズさっさと放り出して国のために身を粉にして働きなさい。そんなんだからいい歳して牢屋番しかさせてもらえない低俗な下級騎士なのよ」


 冷たい声でそう言い捨てると、彼女は俺達に背を向けて歩き出した。


「……待てよ」


 そんなシルビアの背中に声をかける。ピタリと足を止めた彼女がため息を吐きつつ顔だけこちらに向けた。


「何かしら? あなたと会話する時間も理由も私にはまるでないんだけど?」

「お山の大将気取って調子に乗ったお嬢ちゃんが、随分と好き放題言ってくれたもんだな」


 シルビアの眉がピクリと反応する。俺を押さえていた騎士達が目に見えて動揺していた。


「お、おい! お前……!」

「聞き間違いかしら? 不愉快極まりない言葉が聞こえた気がするんだけど?」

「聞き間違いじゃねぇよ。俺は事実を言ったまでだ」


 止めようとした騎士の手を払い除けながら俺は不敵な笑みを浮かべる。低俗? 無能? ふざけんじゃねぇ。この人達がどれだけできる男達なのか知らねぇだろ。

 この人達はなぁ! 三食きっちり時間通りに運んでくれるんだぞ!! しかも、時々自分達のご飯を分けてくれたりするんだ!! なんだかんだ話にも付き合ってくれるし、めっちゃいい人達やん!! 名前知らんけど!! それなのにあんな言い方されちゃ黙ってられねぇだろ!!


「私を誰か知った上で喧嘩を売ってるのだとしたらいい度胸ね」

「は? お前のことなんか一ミリも知らねぇよ」


 そういやシルビア団長とか呼ばれてたな。じゃあ、騎士団のお偉いさんって事ね。だから何? 団長がなんぼのもんじゃい!! どれだけ強くてどれだけ国に貢献してるのかなんて知らねぇけど、そんなの俺には関係ねぇ!! 重要なのは明日を生きるための飯だ!! それを運んでくれていたこの人達はお前なんかよりもずっと価値がある!!


「……少し痛い目を見てもらう必要がありそうね」

「口で勝てなきゃ暴力か? いいぜ、こいよ」


 挑発するように指をくいくいと動かすと、シルビアの体に殺気が満ちた。こちとら酔っ払いと戯れあっただけで捕まったのに、なんてみみっちい事は言わん。ご立派な職についたやつの暴力は正当化される。それは元の世界でも同じ事だ。本当はツンデレとか嫌いじゃないんだけどな。デレがあるのかも分からんし、リアルにいたらこんなにも腹立つ代物だったとは思わなかったし、別にいいだろ。試したいこともあるし。


「それだけ大口叩くって事はさぞかし強いんでしょう……ね!」


 最後の一声と共にシルビアが動き出す。まさに人間離れした速度。十メートルはあろうかという距離をコンマ数秒でつめてきた。だが、俺の目には全てが見えている。

 ……まぁ、見えてるだけで全く反応なんてできないんだけど。

 殆ど棒立ちだった俺の頬にシルビアの拳が突き刺さった。そのまま吹っ飛んだ俺は容赦なく壁に叩きつけられ、力無く床に寝そべる。


「信じらんないくらい弱いんだけど。口先だけのお手本みたいな男ね」


 溢れんばかりの軽蔑を詰め込んだ声音でそう言うと、シルビアはさっさと歩き始めた。俺は痛む体を必死に堪え、立ち上がりながらニヤリと笑みを浮かべる。なるほど、こりゃ悪くないタレントかもしれんな。


「へへっ……偉ぶってても中身はおませな女の子なんだな」

「……はぁ?」

「それにしても、こいつはちょっとばかし背伸びしすぎなんじゃねぇか?」

「何言って……」


 面倒臭そうに振り返ったシルビアが俺の手にあるものを見て大きく目を見開く。そうだよなぁ。これを俺が持ってるのは驚きだよなぁ。

 悪いけどスらせてもらったよ……この紫色のブラジャーをな!!


「え!? ちょ……えぇ!?」

「うーん……サイズはBか? 俺はDよりのCぐらいがベストだと思ってるけど、まぁ大きさは好みもあるしな。でも、この色は酸いも甘いもの知り尽くしたお姉さんじゃないと着こなせないと思うぜー? あんたにはせいぜい可愛い子熊のキャラクターがプリントされた白パンツがお似合いだろ」

「あっ……あっ……!!」


 慌てて自分の胸部を確認し、耳まで真っ赤にしながら胸元を両手で押さえ、その場にへたり込むシルビア。おっ、その感じは結構可愛いぞ。部下を見下して辛辣な発言をする女王キャラよりよっぽどいい。いやーいい事したなー。団長さんの萌えポイントをみんなに知ってもらえたし、俺はなんかスカッとしたし、まさにウィンウィンってやつだ! 下着が紫だったってのには生暖かい笑みが溢れそうになって、それを部下に知られたのはアレだと思うけど、必要経費って事で許してちょんまげ。


 がしゃんっ!!


 騎士団長さんのブラをスったら牢屋にぶち込まれました。

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