第34話 ギャンブルに不確定要素が与える影響について

 事務所になっている部屋から3つ隣のドアを開けると、狭く薄暗い部屋にライトが落ちて、俺にとっては見慣れた長方形のグリーンのフェルト生地が張られたテーブルが照らされている。

 中央には一組の新品のトランプがしっかりとフィルムに守られて置かれていた。


「テキサスホールデムだ。チップは10枚。レイズは上限5枚としよう。すぐに終わってしまってはおもしろくないからな。ベットはリバーまで見えてから一度だけ行う。スモールブラインドは交互に行う。それでいいな?」


「わかった。さっさと始めよう」


 父親はドアから反対側、テーブルの奥に回って座席に着いた。ポーカーに上座も下座もないだろう、

とは思うけど、それが奴のプライドの高さを示している。俺は向かいに座ってトランプのフィルムを剥がし、不正がないかを確かめる。問題は見つからない。


「ねぇ、輝ちゃん。さっきの呪文の意味がわからなかったんだけど?」

「美空ってテキサスホールデムポーカーってやったことないの?」


「ポーカーはやったことはあるよぉ。5枚のカードで役を作るんだよね」

「そうだよ。テキサスホールデムは自分の手札2枚と場に出てるコミュニティカードっていう5枚のカードの合わせて7枚から5枚選んで役を作るんだ。カードの交換はなしだから完全な心理戦になるね」


「ふーん。じゃあ運よりも相手を見るのが大切なんだ」

「今回は二人だし、普通はコミュニティカードが3枚、4枚、5枚の時にベットをするんだけど、リバー、5枚目を見てからベットするって言ってるから、今回のルールだと運の方が大切かも」


 日本ではあまり馴染みのないテキサスホールデムのルールが輝の口からスラスラと出てくる。こうして見ると、本当にディーラーとして働かされていたんだと思う。


 事務員が一人、手招きで呼ばれて即席のディーラーとなった。俺から見ても明らかに素人の手さばきで、カードのシャッフルもぎこちない。逆に言えば父親の指示で不正を行えるようには見えない。それでも怪しい動きがないかと目を光らせながら、自分の手元に伏せカードが2枚。父親にも2枚。コミュニティーカードが5枚。テーブルに並べられていく。


 カードをめくる。場に出たカードと見比べると一番いい役は10のワンペア。

 手札の交換がないテキサスホールデムでは決して悪くないように思えるけど、勝負に行くには心許なかった。


「さて、私が先行で構わないか?」


 向かいの父親の楽しそうな声が聞こえる。息子と遊べて楽しいという意思を感じられて吐き気がした。そんなこと俺が生まれてから一度だって思ったこともないくせに。


「譲ってやるよ。ここで勝負が決まるわけでもない」


 レイズしてくるなら今回は降りるのもアリだ。チップを1枚失っても相手がどう考えているのかという情報は得ることができる。


「ちょっと待ったー!」


 父親の手がチップに伸びる寸前、右手を高々と上げて美空先輩が叫んだ。


「何かな?」


 何か不正をしているのを見つけたんだろうか。でもルールも知らない美空先輩が気付けることを、俺や輝が気付けないだろうか。


「私も参加したい!」


 全然関係なかった。


 美空先輩は空いている俺の右側の席に座ると、ディーラーに自分の手札を要求する。ディーラー役の事務員は困ったように父親の顔を窺う。両手でテーブルを小さく叩きながら子犬がエサをねだるようにキラキラとした目で見ている。


「構わん。二人だと駆け引きも少なくなるしな。誰かのチップがなくなったときに私とお前のどちらのチップが多いかで決めればいいだろう」


「やったことないから挑戦してみたくて」

「美空ってこういう時にこういうこと言えるよね」


「輝ちゃんもやる?」

「僕はやらないよ。賞品みたいなものなんだから、入るわけにはいかないよ」


 緊迫していた空気が一気に緩んだ。受け取った手札とコミュニティカードを見比べながら自分の役を確認する美空先輩を待ちながら、俺はカードで口元を隠しながら息を吐いた。少し気負いしすぎていたかもしれない。相手との駆け引きは冷静さを欠いた方が負ける。美空先輩はそういうことを暗に言いたかったのかもしれない。


「よし、準備おっけーだよ」


 やっぱり何も考えてないだけかもしれない。


「では、レイズだ」


 2枚のチップが差し出される。ここでさらにリレイズでチップ積むか、同額で勝負を受けコールするか、勝負を降りフォールドするか。相手に勝てるか勝てないかを読んでいく。


 しかも隣には初心者だけど豪運の美空先輩がいる。このノイズをどうやって扱っていくか。


 ただある意味でこれはアドバンテージだ。俺は美空先輩が豪運であることを知っている。素直に張れば高い手。降りれば安い手だとわかりやすい。


 あの父親がいつそれに気付くかはわからないけど、それまでに差をつけることはできる。


「じゃあ私も2枚っと」

「俺は、降りる」


 チップを1枚差し出して手札を伏せる。


「つまらんな。勝負に水を差しおって」

「勝てる勝負をするのがポーカーだろ」


 そう言いつつ、父親はレイズせずに今回はチップ2枚を賭けた勝負になった。


「ショウダウン!」


 美空先輩が輝から今聞いたばかりの用語を叫ぶ。同時に俺と父親も手札を開いた。

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