第15話 性別によって分けられた部屋への侵入による判別法

 部屋に戻って夕飯を作っていると、輝が両手に大きな袋を抱えて帰ってきた。美空先輩にいいようにおもちゃにされたせいか、顔から疲れの色がにじみ出ている。


「おかえり。準備はできたみたいだな」

「白衣がいいってこーすけが言うからすぐに決まったのに、その後美空が中に着る服がどうとかって言いだして。結局動画ごとに着る服は変えるんだ、って言って」

「だいぶ買ってもらったな。今度清算してもらわないと」


 いったいいくつ動画を作るつもりなのか、トータルコーディネートで10回分はありそうだ。当然のように輝が着せられる女の子の服は安くないし、輝の服なんだから俺が買ってやらないと。


「いや、本当は輝が出すべきなんだけどな」


 すっかり家計の中に輝の分が入っている。夕飯の準備も当然二人分。今日は何も考える気が起きなくて、カレーをたっぷり作っている。もう一緒に住んでいることが当然になっている自分がいた。


 動画に出たら、輝を知っている人間から何か連絡があるだろうか。もしも家出とかだったら、親や友達は心配しているだろう。そんなときに動画で輝を見つけたとしたら。


「いや、考えすぎか」


 輝の名前や写真を使ってネットでも検索をしたことはある。捜索願や行方不明情報にそれらしい情報は何もなかった。だからこそ輝がどこから来たのか、どうしてわざわざ男と強調して言い張っているのかがわからない。そもそも輝という名前が本物という保証もない。


「ねぇ、早くご飯にしようよ。僕もう疲れたしお腹空いたし。美容院にも連れて行かれそうになったから逃げてきたんだよ」

「美空先輩に紹介してもらった方がいいんじゃないか? 俺は千円カットしか使わないし」

「別に髪なんて何でもいいよ。染め直すのも面倒だし」


 そういえば、輝の髪は金色に染めているけど、染め直しをしていないので根元の方は黒髪が伸びてきている。最初からそんな状態だったから、それはそれで似合っていると思っているけど、やっぱりどっちつかずでファッションとしてはどうなんだろうか。流行りとかよく知らないから何も言えないままでいる。


「そうだ。原稿できたから後で渡すよ。スタジオが押さえられたら収録に行こうか」

「え、もうできたの? まだ半分もできてなかったのに」


「まぁ、急に手が動き出したっていうか」

「ふーん、でも早く書けるなら忘れられる前に動画をあげられるからいいかもね。アップが止まると飽きられちゃうから」


 輝は知ったような口振りでふんと鼻を鳴らす。一日中部屋に引きこもってマンガやゲームに加えて動画をダラダラ見ているだけのことはある。


「今失礼なこと考えてない?」

「考えてない。考えてないっ!」


 必死に否定しながら、これ以上の追及を避けるために、俺はできたばかりのカレーを輝のテーブルに急いで差し出した。


*  *  *


 録音スタジオは案外簡単に見つかった。最近は俺たちと同じように動画作成をしたいという人は多いらしく、それ専用のスタジオも探してみると結構あった。


 サポートスタッフもついていろいろ手伝ってくれるという話になっている。ボタンやつまみがたくさんついた機械なんて並べられたところで俺には動かすことなんてできないからそういうところを選んだんだけど。


 2階にあがり、受付を済ませて、カラオケボックスみたいに廊下に並んだドアのうちの一つに案内される。ドラマやドキュメンタリーで見たことのある音響を調整するらしい機械の部屋。


 それからガラス戸で隔たれた向こう側にもう一つ部屋があり、真っ白な部屋にテーブルやイス、撮影用のカメラに生放送のコメント確認用らしいノートパソコンが置かれていた。


「おぉ、本格的だー」

「そりゃそうだろ。そういうところを選んできたんだから」

「ふーん、じゃあ着替えてくるね」


 廊下の先にあるロッカールームに向かうため、輝は一度スタジオから出ていく。その間に俺はスタッフさんから説明を受けて、テーブルを片付けてカメラの画角を調整する。後で文字での説明文や図を入れないといけないから輝の立ち位置は中央より右寄りだ。


「グリーンバックになるようにできますよ。そうすれば編集で好きな位置に調整できるかと」

「いや、そんな編集技術ないので」


 うまいこと切り貼りできればそういうこともできるらしいけど、今はとにかく一つ作ってみることが最優先だ。できるだけ編集の手間がかからなくなるように入念にカメラの位置を調整していると、着替えを終えた輝が戻ってくる。


 制服風のブレザーに水色基調のチェックのスカート。濃紺のサイハイソックスで膝上までしっかりとガードしている。そして写真にもあった大きな白衣を着た姿は中学生どころか小学生が背伸びして着ているように見えた。


「どう? 先生っぽいかな?」

「あぁ、ちびっ子先生って感じだ」

「なんか余計なものがついてる。素直にかわいいって言えばいいのに」


 自称男のくせに何を言ってるんだか。俺はカメラの位置をようやく決めて輝にカット割を書き加えた原稿を渡す。余りすぎて垂れ下がった袖の奥から輝の細い指が伸びてきて原稿をつかんだ。


 本当によく似合っている。美空先輩のセンスだから当然だけど、どこからどう見ても女の子。クラスにいたら誰もが一度は振り返って噂するに違いない。

 そこまで考えてふと気付く。


「さっきついていけばどっちのロッカーに入ったか見られたんじゃ」


 小声で呟く。

 カメラの調整なんてしてる場合じゃなかった。着替えのできるロッカーは当然男女別。

 輝がどっちに入るかを隠れて覗けば自分の性別を自白したようなものだったのに。


「ふ〜ん。そんなこと考えてたんだ」

「いや、何も言ってないぞ」

「そんなに僕の着替えを覗きたかったんだ。こーすけの変態!」


 丸めた原稿が顔面に振り下ろされる。誤解のおかげで目的がバレなくてよかったような悪かったような。


 もちろん撮影後はめちゃくちゃ警戒されたせいで、ロッカールームまで追いかけるどころか貸しスタジオから出ることもできないまま、着替えを済ませた輝を待つことしかできなかった。

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