第13話 サークル活動に興味を持ってもらうためにできる制作

「解説動画を作りましょう!」


 いつものように授業の合間の暇をつぶそうと4階まで上がって部室に入ると、美空先輩が両手を上げて飛び上がった。ぴょんっと跳ねただけなのに、胸元の服が大地震のように揺れて波打っている。


 俺は視線をそらしながら、咳を一つついて、美空先輩の肩をつかんでまずは座らせる。


「なんでですか?」

「私、すっごく考えたの。どうしてこの思考実験サークルにはメンバーが2人しかいないんだろう、って」

「そんなに悩むほど不明確な理由じゃないと思うんですけど」


 俺はやんわりとオブラートに包んで言ってみる。美空先輩は全然ピンときていないようだった。


「思考実験ってマイナーでしょ? だからあんまり興味を持ってもらえないんじゃないかって。だから解説動画を作って思考実験を広めるの」

「それって効果出る頃には美空先輩どころか俺も卒業してるんじゃ……」

「いいの! 岡坂大学思考実験サークルは永遠に不滅だよぉ!」


 それでいいのか、と思いながらもやること自体は賛成だった。動画を作るなら一緒にいられる時間も増えるし、いつものようになんとなく同じ部室にいるだけじゃなくて話をする機会も増える。休みの日だって会う理由になるかもしれない。


「わかりました。やりましょう!」

「こーくんもわかってくれた? よかったぁ。私、動画作成とか全然わからなくて」

「いや、俺もそんな経験ないですけど」


「え? 若い子はそういうの得意じゃないの?」

「美空先輩と一歳しか変わんないですよ」


 そういうわけで、思考実験サークルの動画作成はまず初心者向け動画作成を調べるところからスタートしたのだった。


 動画作成の解説動画を一通り見終えて、俺は自分の部屋で美空先輩から受け取った第1回の解説内容の案を流し読みしていた。


 解説動画のコンセプトは、思考実験の成り立ちや目的を簡単に説明していくものだ。最近は音声読み上げソフトも優秀だからそれを使ってやれば自分たちで喋る必要もない。


 思考実験といえば、少し前に道徳や倫理について考えるためのトロッコ問題というものがあった。だけど、思考実験は道徳だけじゃない。化学や物理、数学の中でも現実では実験できないことを考えるためにも使われている。


 紹介する思考実験の内容は、美空先輩が決めてくれている。概要や説明のポイントをまとめたわかりやすい資料ももらっている。普段はあんなにめちゃくちゃなのにこうしてレポートを書かせると超がつくほど優秀なんだから手に負えない。


 でもこれをどう動画に落とし込めばいいのか。考えれば考えるほど、頭の中に整理がつかなくてもう3日になるっていうのに、動画の原稿作成は半分も進んでいない。


 頭を抱えていると、ドアを叩く音がする。顔を向けると、輝が不満そうな顔で半分だけドアの隙間から顔を出してこちらを睨みつけていた。


「どうした? 風呂なら先に入っていいぞ」

「それはわかってる。最近あんまりゲームに付き合ってくれないから。忙しいの?」


「あぁ、ちょっとサークルでな」

「ふーん。お昼寝サークルじゃなかったんだ」


 輝は本気で意外そうな声を出した。確かにサークルと言いながら、だいたいは他愛のない話をするかそれぞれ好きに本を読むか昼寝をしている。


「もしかして、俺って今まで全然美空先輩と距離縮められてないんじゃ」

「何ブツブツ言ってるの?」

「いや、なんでもない。ちょっとサークルで動画を作ることになってさ」


 言っている間に部屋の中に入ってきた輝がいつの間にか俺のベッドに座って美空先輩が作ってくれた資料をパラパラとめくっている。


 そして興味が移ったように輝は急に立ち上がると、今度は俺の隣に立って画面を覗き込んだ。


「ふーん。これじゃちょっと堅っ苦しいんじゃないの?」

「あ、いつの間に。って見るなよ。まだ完成じゃないから」


 じーっと画面を見て、輝は真剣な表情で原稿を読んでいる。そんなことをされると慣れていない俺はめちゃくちゃ恥ずかしくなってくる。読み上げソフトは女の子の声だから、語尾とか口調とか想像で書いてるし。


「うわぁ。なんか現実を知らない妄想上の理想の女の子って感じ」

「うぐ、はっきり言うなよ」


「それに、読み上げソフトの解説動画なんてもうありふれてるじゃん。そんなに見てもらえるの?」

「それは、確かにそうかもしれないな」


 参考にいくつか動画を探してみたけど、ジャンルも様々で数もかなりある。素人がどうにか作ったネタも何もない動画じゃ埋もれてしまうことは間違いなかった。


「やっぱりさ、ビジュアルを意識して作った方がいいと思うんだよね。サムネイルも強くなるし」

「サムネイルって」


 輝に言われて考える。美空先輩が直接解説すれば、あのほんわかした声でファンは一気に増えるだろう。ついでに顔出しすれば超美人だから絶対にサムネイルを見てクリックする。俺なら絶対する。最後にあのスタイルを活かして胸の谷間が見えるような服を着てくれれば。


 そこまで考えて煩悩にまみれた頭をテーブルに打ちつけた。


「うわっ、どうしたの? 頭がおかしくなった?」

「おかしくはなってない」


「どうせ美空に水着でも着せておけばあっという間に再生数が100万越え、とか考えてたんでしょ」

「俺もそこまで露骨じゃない」


 考えていたレベルはあんまり変わらない気がするけど、輝から視線を逸らしながら答える。本当にそれで成功しそうだから少しだけもったいなく感じてしまう。


「こーすけはエッチだから美空にやらせるのはダメ。代わりはほら、ここにいるでしょ」

「ここに、って、俺がやっても谷間はできないぞ」


「違う! 僕がやってあげるって言ってるの! あと谷間ってやっぱり美空にエッチな服着せようとしてたんだ!」

「いや、そうじゃなくて!」


 輝がベッドに置かれていた俺の枕をつかんで思い切り振りかぶる。反射神経が終わっている俺は、避けることも守ることもできずに顔面で思い切り輝の攻撃を受けることになった。

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