第6話 部屋着以外を着せたらどう見えるのかという実験

 土曜日の昼間。先週は少し肌寒いと思ったのに、今日は急に陽気も出てきて、部屋に差し込む日差しを避けるようにしながら、俺とてるはモニターを真剣に見つめていた。


「おらぁ、どけどけ!」

「もっとアイテムをうまく使わないと勝てないよ」

「テクニックがあればアイテムに頼らなくてもいいんだよ」


 そんなぽかぽか陽気など知らないとばかりに俺たちは昼間からレースゲームで対戦していた。


 あのブラックジャック以来、こうして輝とゲームで勝負して家事の分担を決めている。ただどちらが勝っても全部押しつけるわけじゃなく、ちょっとだけ配分が多くなる程度だ。輝は洗濯だけは絶対に譲らないので、買い出しはほとんど俺の固定の仕事になりつつある。


「よし、スター来た! これで俺の勝ちっ」


 勝利を確信したのも束の間。俺のアイテム欄に輝く星が、舌を出した幽霊に変わる。


「お前っ、奪いやがったな!」

「だから言ったじゃん。アイテムをうまく使わないとって」


 俺から奪ったスターの力で加速した輝のキャラクターは、あっという間に俺を後方から抜き去ってゴールラインを越えていった。


「はい、僕の勝ちー!」

「まぁ、ここ数日は勝ってたからな。今日くらいはいいだろ」


 最初こそトランプで決めていた勝負だったけど、最近は山ほどあるテレビゲームのどれかで対戦することが多い。もちろん俺はプレイ済みのゲームばかりだから、俺の方が勝率がいい。


 ただ日に日にうまくなっていく輝の上達スピードは異常で、ついに今日は負けてしまった。


「お前、毎日ずっとやってただろ。負けず嫌いだな」

「ふふん、僕はよわよわこーすけとは違うからね。すぐに全部で勝っちゃうんだから」

「一回勝ったくらいで生意気な」


 ちなみに脱衣による泣きの一回ルールは輝によって禁止されている。あんなのその日その時の勢いでやっただけで、俺だって何度もできるものじゃない。輝を脱がせる理由にはなるけど、俺の羞恥心がそれに耐えられそうになかった。


 ひと勝負を終えて、輝は洗濯の準備。使っているタオルを集めて布団カバーを外し始める。俺は買い出しのために少しマシな服をタンスの引き出しを開けて上から適当に取り出す。


 簡単に着られるからとやたらとパーカーが多かったのだが、今は輝にも渡しているので、今日は高校生の頃から使っているけど捨てるタイミングを失ったネルシャツに袖を通した。


 そういえば、輝はずっと出かけていない気がする。服だって俺のブカブカのパーカーをずっと気に入っていて、パーカーだけ着て下は何も履いていないんじゃないかと錯覚する。


 女の子はおしゃれに気を遣うイメージがあるけど、輝はそうじゃないんだろうか。


「そうか。服を買うついでにいろいろ試着させれば」


 これからは暖かくなるし薄着でもおかしくない。気の早い感じで水着なんか売っていてくれれば、輝の性別を暴くチャンスになる。


 着替えを済ませた俺はせっせと集めた洗濯物を白と色物に分別している輝に声をかけた。


「今日は一緒に行かないか?」

「えぇ、荷物持ち手伝えってこと?」

「そうじゃなくて。ずっと俺の服ばかり着てるだろ。自分の服欲しくないのか?」


 輝はそう言われて自分が着ているパーカーをじっと見る。そして俺に右手を広げて差し出した。


「なんだ? お手しろってか?」

「そうじゃなくてお金。服買うための」


「いや、だから一緒に行こうって言ってるんだろ」

「こーすけと一緒に行ったらエッチな服とか買わされそうだもん」


「俺をなんだと思ってるんだ」

「だって、こーすけは急に服を脱ぎ出す変態だし」


 それはその時の勢いだけだ。それに最後まで脱ぐことになったのは事故だった。

 変な警戒心を持っている輝は俺を値踏みするように睨んでいる。これは簡単に行きそうにない。


 それに輝の言っていることは半分当たっていた。妙なところで勘が鋭い。


「別に僕はこのままでもいいもん。こーすけのパーカーがあるから」

「いや、俺が困るんだが」


 服が減るというのと厚着過ぎて脱がせにくいという意味で。


「じゃあ一人で買いに行くからお金ちょーだい」


 俺たちの意見は見事にまっすぐな平行線を作る。こういう時は第三者に入ってもらうのが一番だ。


「わかった。3人ならどうだ?」

「ふーん、僕をダシにして美空と出かけたかったんだ。こーすけの極悪人!」

「なんでそうなる⁉︎」


 いやでもいいことを聞いた。輝を使えば適当な嘘を作らなくても美空先輩に会う理由になるのか。ちょっとだけ輝を部屋に置いていてもいいかもしれないなんて思う。


「まぁ、他に頼る人もいないからな」


 少しうわずった声を出すと、輝は俺の腰骨を思い切り殴る。

 肉の薄いところを的確に狙いやがる。悶絶する俺に指を差して笑う輝を睨み返しながらやっぱり追い出してやる、と心に誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る