第28話 答え合わせ

「ああ、それは先祖がえりだね」

船穂は淡々と言った。

ここは銀次の家。

 餓鬼との対決から一夜あけ、僕は宮前が約束した通りにしようと説明をかね、船穂に話を聞きにきていた。

集まれる場所がないため、また銀次に無理を言って彼の家に集合することにした。

そこで銀次はまた僕に悪態をついたが今回ばかりは気にはしなかった。

これから船穂も来ることを告げると銀次は露骨に嫌な顔をしていた。

なぜ銀次と船穂は愛称が悪いのかわからないが我慢して欲しいと考えた。

そして船穂がきて僕は彼女にことのいきさつ、餓鬼は消滅したこと、宮前が人魚の姿をしていたことを。


「先祖がえりって一体、何?」

僕と宮前は頚を横にひねった。

銀次はただ不機嫌そうに顔をしかめ、窓の外をみていた。

船穂はふうと息をつくと口を開いた。

「何世代も前の先祖が持っていた形が突然、子孫に現れることさ。この言葉は遺伝子、つまり遺伝に関する言葉なんだけど、ここで難しい理屈は抜きにしよう。簡単に言えば、犬がいたとして、その犬が生まれたときに狼の毛並みや形式が似るみたいなものさ」

「つまりは宮前の先祖に人魚がいたって言うことか?」

「そういうことさ」

船穂は不適に笑うと宮前をみた。

「最初からわかっていたのか?」

「確信は持てなかったけれど、まぁ、大体はね。餓鬼が彼女を追いかけている時点で怪異、妖怪に関係することだと考えた。餓鬼は妖力というか怪異、妖怪の持つ何かしか狙わないからね」

「だから餓鬼は宮前を狙っていたんだ。宮前に怪異のにおいがしたから」

「そういうこと、それに宮前さんの場合は怪異や妖怪が内因だから質問して立証をたてたんだ」

船穂はテーブルにおいてあった銀次が出したコーヒーを口にした。

『では次の質問だ。君は中学生の時、何の部活をしていた?』

『泳ぎは速いほうだった?』

『大会で優勝したことは?』

『好きなこと、もしくは物は?』

なんて質問をしていたがあれは宮前の内なる怪異、妖怪の可能性を詮索するためにきいていたものだったらしい。

「けど船穂は何で宮前が人魚なんて疑ったんだ?」

「ヤクは質問ばかりだね。まぁいいさ、答えるとしよう」

船穂は銀次の出したコーヒーをテーブルの上に置くと僕を困った奴だといわんばかりにオーバーアクションをした。

 そしてうすっらと微笑みを浮かべるといった。

「確かにあの質問からだと断定はできないけど質問によっては消去法で彼女の中に存在する怪異や妖怪の種類を絞ることができる。それに宮前さんの両親、得に彼女の父親の血族、あるいは先祖に秘密があるとおもったんだけどね。彼女に教えてもらえていないからね。僕は断定することはできないけど予想はつくよ」

船穂はただ黙り口をつぐんでいた宮前を見つめる。

「君のお父さんの姓を教えてくれないかな」

「…………いいわよ」

宮前はつぶやくように言った。

「八百比丘尼……」

宮前が口にしたのを聞いて反応したのは船穂と銀次の二人で僕はといえばそんな長い苗字があるんだと思ったくらいだ。

「まぁ、姓が違うのは彼女の家庭の問題だろうけど、彼女は生まれからして超常現象、怪異の類に関わっていたわけだ」

船穂はただ淡々とそれを口にした。

「でも八百比丘尼ってなんだ?」

僕はわからず船穂に聞いた。

宮前も知らないのか不思議そうな顔をして船穂をみていた。

「八百比丘尼って言うのは人魚の肉を口にしたといわれる一人の女性の伝説さ。人魚の肉を食べたものの総称してそういう」

船穂はただ冷静に静かに口を開いた。

「じゃあ、宮前の先祖がそれを食べて人魚になった奴がいて彼女は先祖がえりして人魚になったってことか?」

「それは違うよ、ヤク。彼女の場合は遠い先祖に人魚と交わってできた子供がいるということさ」

「人魚と交わってできた子供?」

僕は素っ頓狂な声を上げた。

宮前はただ船穂をじっと見つめているだけだった。

「地方によっては海の神、つまりは竜神と呼ばれる神への供物として人間を人柱にしていたことも古い時代にはあったんだよ。だから人魚としてその怪異を認識する前に人魚を崇拝の対象としていたところが会ってもおかしくはない」

船穂はいつもの不適な笑みをやめ真剣な顔つきになっていた。

「つまりは人間を人魚への生贄としてささげたということか」

「そういうことさ」

船穂はにやりと笑った。

「生贄となったものと人魚が交わっていてもおかしくはない。それに人魚は体半分は魚でも半分は人間だからね。人魚と人間のハーフが陸で暮らし、そのまた子供が子をなし、続いていく。 その過程でだんだんと人間の血の方が濃くなるだろうね。だから今回のような事象が起きたんだ」

船穂はふっと口角をあげ、フッ笑った。

「じゃあ、宮前は僕を助けようとしたときにたまたま先祖がえりしたってことだよな」

宮前は僕の顔を見ていたが無表情だった。

「そうだろうか?」

船穂は語気を強めて言った。

気を抜いていたから少しびっくりした。

「ヤクも怪異や妖怪に取り憑かれたことがあるからわかるかもしれないが、奴らが現れる要因は何だったか憶えているか?」

「確か…、悩み事や、人の心の変化で現れるんじゃなかったっけ?」

「そうだろう。じゃあ、彼女の悩みごとは一体なんだろうね? そうだとしたらもし本当にヤクの言うたまたまなんてありえるのかな?」

船穂は意地悪く口元をゆがめ、宮前を追い詰めるように見つめ、言った。

その顔は人の心を揺さぶる悪魔のように見えた。

宮前はきつく下唇を噛み、視線を落としていた。

「ちょっと待て、船穂! 確かに何かしら心の闇を餌にしてくるのはわかる。けれど、それはやりすぎじゃないか? 誰にだって話たくないことだってあるはずだろう! 宮前を追い詰めるような言い草だけど彼女は悪くないだろう!」

僕は思わず声を荒げて抗議した。なんだか宮前が可愛そうに見えた。

「ヤク、僕は一言も彼女が悪いなんて発言はしていないけどね」

船穂は淡々いうと笑みを浮かべたまま、僕を見た。

「それに僕はいつも言ってるだろう。話したくなければ話さなくていいと。彼女にだってそれを決める権利はあるはずだろう? 違うかい、ヤク?」

僕は船穂のこういうところが嫌いだった。

船穂は誰であろうと容赦しない。

たとえそれが強者だろうが、弱者であろうと。

どんなものにでも現実を突きつける。

彼女に比べれば、詐欺師の銀次のほうがまだ優しい。

「正しいのか間違いなのかわからない……」

「じゃあ、本人に聞こう。宮前さん」

下を見てうつむいていた宮前はびくっと反応し驚き、顔を上げた。

「君に最後の質問をしたい。君は何を恐れているんだい?」

その質問は唐突であまりにも予想外だった。

宮前はその質問を聞くと昨日のような取り乱す様子はないが何かためらうような、何度か声を出さず口を動かしていた。

「答えたくなければ答えなくていいよ。けれど君が恐れていることは君自身でかけた呪いだし、簡単に取れるものではないよ。どうしたい? 確かに君は怪異の存在の一部になった。でも宮前さん。君にとっての問題はそこではない。違うかい?」

宮前は昨日、見せた気丈な顔ではなく、ただ何かに押しつぶされそうな女の子の顔だった。

彼女は瞳を潤ませ、泣きそうな表情をしていた。

「君はどうしたい? 楽になりたいのかい? それとも…」

「船穂!」

僕は思わず叫んでいた。

「もういいだろ。もう昨日のことは終わったんだし、何も…」

宮前のつらそうな顔を見ているのは酷だった。

しかし、僕の言葉をさえぎるように、宮前は僕の名前を叫んだ。

そしてこういった。

「大丈夫…。ちゃんと話すから。もう過去のことだから」と。

僕が反論しようとしたとき、銀次が僕をさえぎるように左手を出しそして僕を見て首を横にふった。銀次の表情はこれ以上止めろと言う表情をしていた。

船穂はただ黙り、宮前を見ていた。

宮前は一度目をつぶり、息を吐き出すと口を開いた。

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