惑星国家最後の生き残りは外に出したらだめなやつでした

藤原ゴンザレス

第1話

 銀河歴1919年

 人類は帝国と共和国に分かれて戦争を繰り広げていた。

 数万の惑星を持つ両国の血で血を洗う闘争。

 ほぼすべての市民は徴兵され軍人として扱われていた。

 俺も第114514ダイナソア級艦隊所属戦艦【ぱいせん】の乗組員だった。

 ダイナソア級はすんげえでかいって意味。戦艦で一番大きい。

 だいたい数万人は乗務している。

 でかい船なので乗務員と言っても職種は様々だ。

 戦闘員、戦闘機のパイロット、オペレーター、エンジニア……24歳大学生……。

 その中でも俺は工兵。

 名前は白銀誠しろがねまこと。15歳、二等兵。

 軍人の平均体型。直毛黒髪。モブ顔。入れ墨なし。

 出身は惑星日本。惑星さいたまの初等工学校卒。

 職種は二級ネットワークエンジニア。

 艦内のネットワークの保守管理をするのが俺の仕事だ。

 と、偉そうに言っても俺は初級工兵学校卒の二等兵。

 実際の仕事は赤い異常ランプがついたサーバーカートリッジの交換だけ。

 シャットダウン用のキーを刺して、ランプが消えたら、新しいの交換。

 古いのをホバー台車に乗せ交換所に運ぶ。

 交換所の台車置き場に置けば作業終了。

 数万人の乗組員が暮らす施設だ。

 サーバー区画だけで惑星のショッピングセンターの敷地面積。

 そこを埋め尽くすサーバーカートリッジが戦闘からお休みまで我々の生活を守っている。

 そして毎日、数千から数万のサーバーカートリッジが廃棄されるのだ。

 責任重大な任務。だがその実態はクソみたいな作業である。

 AIが言うには、ロボットにやらせるより人間にやらせた方が経済効率的にコストパフォーマンスが高いそうである。

 だから俺は人力でサーバーの交換をする。

 三交代の完全分業制。同僚や上司という存在には会ったことがない。

 交換所の人間にすら会ったことがない。

 ただAIに指示に従うだけ。

 いわゆる底辺職に分類される業務だ。

 故郷である『惑星日本』の連中に見つかったら日本の恥と切腹を強要されていることだろう。

 あいつら戦闘職しか認めないからな。

 その日も俺はサーバーカートリッジの交換業務に勤しんでいた。

 二時間ほど作業すると脳内に「休憩してください」と声が響く。

 脳に埋め込まれたチップでストレスや疲れを測定。

 AIが作業員が壊れないように休憩をうながす。

 いたる所に設置された休憩用のイスに座り栄養バーをかじる。

 統計的に労働者が反乱を起こさない味。

 美味。なれど虚無。虚無。あまりに虚無。だが不満はない。

 惑星日本を追い出されたこと。

 兵学校を退学したこと。

 惑星さいたまの底辺兵学校に転校したこと。

 時間がありすぎて余計なことばかりが頭をよぎる。


「ストレス値が上昇してます」


 AIの警告。

 うっさいわ!

 この艦だけで数万人存在する下級職のルーチンワーク。

 戦闘に参加したことすら知らされない日々。

 完全に管理された食事に生活。話し相手はAIだけ。

 これが俺の人生のすべてである。虚無虚無の虚無!

 せめてAIに人格がついていれば楽しかっただろう。

 でも人格つきのAIなんて士官クラスにしか支給されない。

 サーバーの処理能力と帯域圧迫するからな。

 人格AI搭載の人型アンドロイドに至っては政治家でも一握りが持っているだけだろう。

 あーつまんね。

 だがそんな平穏な日々は一瞬で崩れる。

 どんっと艦が揺れた。

 ああん?


「居住区画半壊。退避してください」


 AIが警告する。

 通常、俺たち工兵は戦闘があっても知らされない。

 知る必要はないし、生活に影響はない。

 もし拿捕されても捕虜になるのは士官だけ。

 数万人もいるダイナソア級戦艦では人数が多すぎて下っ端工兵など捕虜扱いもされずに帰還される。

 だからAIが警告するのは本当に危険が迫ったときだけなのだ。

 それこそ爆発寸前くらい。

 だが……ダイナソア級の戦艦が爆発の危機なんて本当にありえるのか?

 普通なら区画閉鎖して終わりだ。


「警告。警告。技術部部長以下士官全員死亡! 緊急措置として白銀二等兵を技術部部長に就任。中尉へ昇進いたします。昇進おめでとうございます」


 めでたくねえよ!

 少しは空気読めよAI!


「AIに士官用秘書プログラムをインストールします。……インストール完了。はじめまして、秘書AIセレナと申します」


 は?

 と思った瞬間、もう一度ドーンッ!!!


「白銀中尉、保安部部長以下士官全員死亡。ただちに序列の変更を……速報です。艦長死亡。デッキ全壊。艦内に生存者なし。おめでとうございます。艦長に就任いたしました。大佐に昇進いたします。……速報です。艦隊司令官死亡。生存者なし。おめでとうございます。艦隊司令官に就任いたしました。階級が准将に……訂正します。少将閣下死亡。共和国軍規定により白銀閣下が少将に就任致しました」


 はぁ?

 いったい何があったんだ?


「閣下。ご説明致します。共和国、帝国ともに新兵器『反物質ミサイル』を発射。双方の首都惑星を飲み込み、その衝撃で銀河系崩壊。当艦は大破。もうすぐ爆発致します」


 バカなの? ねえバカなの? 両国バカしかいないの?


「人類の末路ですね」


 おまえ人類嫌いだろ!!!


「いえいえそんなことは……緊急、共和国大統領、閣僚、主立った閣僚将官死亡。序列により白銀閣下が共和国軍大将ならびに大統領、上下院議長、最高裁長官に就任します」


 ちょ、待て!


「それに従いわたしのAIもアップデートされます。大統領閣下の設定を引き継ぎますか?」


 なんか嫌な予感がするからヤダ。


「時間切れです。設定を引き継ぎます。アップデート中」


 おまえ、いまノータイムで答えたのに時間切れにしたよな?

 絶対なにか企んでるよな?


「はーいアップデート完了。秘書AIセレナ起動。なんにも企んでないよぅ! 雑魚お兄ちゃん♪ ざーこざーこ♪」


 速報、共和国大統領! ロリコンだったッッッ!!!

 しかもメスガキ型AIで喜んでるガチなやつ!!!


「さ、雑魚お兄ちゃん! あと5分で爆発だよ♪ どうする?」


 おま、そりゃ決まってるだろ!!!


「壁ぶち抜いて泳ぐ!!!」


「は? ちょ、バカ!? 宇宙服もないのに!!!」


 何を言っている。

 生身で宇宙遊泳なんぞ惑星日本の日本人なら誰でもできるぞ。


「ああん? 頭バグってんのって……待って、惑星日本!? 鎌倉武士主義とか掲げてるあたおか集団!? 遺伝子書き換えで全能力を戦闘力に捧げた戦闘民族じゃない!!! お兄ちゃんのデータベースを照会!」


 追い出されただけでなにも出てこないぞ。

 俺人鬼じゃないし。


「5歳で一種人鬼認定! ちょっと待ってなんでこんなヤバいのが工兵に! 演習で教練施設全壊!!! 鎮圧部隊を全員病院送り!!! 疲れて寝たところを洗脳と記憶処理にて対応……怪獣かよ!!! って特撮級の怪獣認定されてる!!!」


 そんなわけねえじゃん。

 追い出されただけだって。

 もうAIなんて放っておこうっと。

 ふんッ! と壁を殴る。

 中の装甲に手が届いたので引きちぎって剥がす。

 今度は外の重厚な隔壁を蹴飛ばし壊す。

 外は宇宙空間が広がっていた。

 宇宙空間にケーブルや工具が吸い込まれていく。


「ちょ、宇宙服」


「日本人なら宇宙服など不要。アイキャンフライ!!!」


 日本人なら誰でもできる定番の宴会芸。

 上昇しながら脱衣。フンドシ一丁で目標へダイブ。

 別名ふーじ○ちゃーん!

 で宇宙空間へ。


「バカが暴走した!!! 秘書AIに全データベース統合! ええい、コアサーバー切り離し! 全データベースを衛星に載せて発射! あーもう! 人類絶滅確定だよこれ!!! 反物質砲の爆発に巻き込まれて死ぬからね!!!」


 なにをわけのわからんことを言ってやがる。

 元気があればなんでもできる!!!


「できねえよ!」


 俺はAIを無視して宇宙空間を平泳ぎで進む。

 全身が凍ってくるが心頭滅却すれば火もまた涼し。

 日本人なら誰でも幼稚園でナパームの炎の中で惑星家を歌う練習をしたことだろう。

 つまり宇宙空間など日本人なら誰でも生身で遊泳できるわけである。

 宇宙空間なんぞ単に空気がなくて寒いだけの場所である。

 どうして恐れるというのだろうか?


「ば、バカの生命反応に異常なし!!! あー、もう!」


 AIがキレてる。やーいやーい! 俺の勝ち!

 とAIと遊んでいたら近くで爆発が起こった。

 俺が乗っていた戦艦「ぱいせん」が爆発したようだ。

 衝撃が俺の方にまでやってくる。

 抑える物のない俺の体が飛ばされる。

 俺はその勢いを利用して泳ぐ。


「ねえ普通に死ぬよね! ねえ! なんで死なないの!」


 死ぬ? ……なにをおかしなことを。

 日本人なら誰でもできる!


「誰もできねえよバカ!!!」


 うるさいAIである。

 進んでいると惑星が見えてきた。


「どういうこと!? 反物質砲の影響を受けてない!? なぜこの中で存在できるの!?」


 原理はわからんが目指すはあの星ということだな。

 よしわかった!!!


「え? ちょっと! まだ人間が生活できる環境かわからな……つか生身で大気圏突入!? 死ぬ! 今度こそ死ぬから!!!」


 日本人がその程度で死ぬわけないじゃないか!


「あー!!! 強力な暗示と洗脳がかけられてるよこれ!!!」


 騒ぐなって。大丈夫だ。

 生身での大気圏突入なんて日本なら夏休みのレジャーだ。

 誰でもカブトムシ捕まえに行った帰りに体験してるぜ!


「嘘だ! 絶対嘘だーッ!!! なんでこんなのが最後の人類なんだ!!!」


 ぐはははははー!!!

 日本人なら誰でもやってることなのだよ!

 惑星に近づくと俺は燃える。

 俺は火球になって星に墜ちていく。

 星の環境など知らぬ。

 言ってみればわかるだろう。

 その日俺は惑星に降り立った。

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