(4)

「……きくーん! 薪君! ねえ聞いてるー?」

「あ……ああ、ごめん……ついぼおーっとしてた」

「ほら、次のお店行くから。葉月ちゃんたち先行っちゃてるよ?」


 かき氷を食べた後、しばらく頭がジンジンしてその痛みに耐えていると、頭上からそんな声がした。

 どうやら、もう葉月と月島は次の屋台に行ってしまったらしい。


「って、あいつらの向かってるの射的じゃん」

「あーそれね。なんか葉月ちゃんが『私やってみたい!』って謎に張り切ってて」

「小学生かな?」

「いいじゃん、折角の祭りなんだし」


「そんなもんかー? まあ俺の場合は小学三年生の頃に「射的なんぞで景品は取れん! こんな小さな銃であんなデカいものを倒すとかとか無理。やってる奴ら全員金の無駄ww」って既に悟りを開いてたまである」

「えー……薪君、夢がなさすぎる……さぞかし悲しい人生だったんだね」

「やめろやめろ。勝手に悲しいとか決めつけないで。いやでもそうか、そうなのか?」

「そう言えばさっきなに考え事してたの?」

「いやだ、話したくない」

「えー! いいじゃ~ん!」


 そうやって背伸びしながら言い寄ってくる楓。

 えーい、鬱陶しい煩わしい邪魔くさいでも可愛い。


「ほらっ、良いから早く追い付くぞ」


 その場から逃げるように、俺は容器をゴミ箱に捨てて歩き始めた。



「遅いぞー秋宮。おかげでもう射的終わっちゃった」


 俺たちが射的屋の前に着く時にはもう二人が店の前で立ち尽くしていた。


「げっ、早すぎないそれ? なに? 全部外しちゃってすぐ終わっちゃったの? まさか葉月下手だったの?」

「むむむー。秋宮君それバカにしてるでしょ⁉ ふふーん……私、こう見えて射的のセンスあるんだよ。これを見よっ! じゃーん!」


 葉月はセルフ効果音と共に背後に隠していた景品と思われる駄菓子かなにかを取り出してきた。あれ、すごい小さいけどなにそれ? 幼稚園生用のお菓子? それともスモールライトでも当てたのかな?


「え、景品ってそれ?」

「うん、そうだけど?」

「それ駄菓子屋とかで十円とかで売ってるような雑魚菓子じゃん」

「えっ雑魚? 私、雑魚を掴まされてたの?」

「掴んだのはお前な。ってか本当にすごい景品と思ってたのか?」

「だ、だってぇー……今日が初めてだったんだもん」


 自分がとった景品がそこまでの代物じゃないと分かったのか、急に肩を落としてしょんぼりする。


「すごい自信ありげに景品を見せてくるからなんかゲーム機でも当てたのかと思った」

「だからー。それは初めてだったからなんかすごい商品なのか分からなかったからだもん! 今はもう……そんなにすごい思ってないもん」

「まあま、そんなに責めないでくれよ秋宮。初めて取れた景品なんだ。もっと無理やりにでも褒めてあげないと」


 両手を体の前に広げて微笑む月島。

 お前はカーネルサンダースのあの像か? それとも新手の宗教勧誘でもしてるのかな? そう思うくらいこいつの今の笑顔には心がこもっていないんだが……しかも本音ちょっと出てたよね?


「まあほんとは取るのに俺も協力してあげたから、百パーセント葉月の実力じゃないけどね」

「え、えー。そんな早い手のひら返しあるの……」

「世の中、厳しいんだよ……葉月」

「なんか悟り開かれちゃった……もう射的やりたくないっ」


 みんなからいじられて葉月はぷいとそっぽを向く。

 そんな姿が面白くて、俺たち三人が隠れて微笑していると、


「まあ、楽しかったからいっか」


 ルンルン、とすぐに開き直った。

 これはまさに「え、えー。そんな早い手のひら返しがあるの……」だな。



 その後も俺たちは順々に屋台を談笑しながら歩き回っていた。

 途中、焼き鳥屋さんや綿あめ屋、そしてヨーヨー釣りなどに立ち寄り存分に祭りを満喫している。なんで高校生にまでなってヨーヨー釣りしなきゃいけないんだよおい……。

 しかも取ってる途中、隣にいた小さい小学生くらいの女の子に「隣の人、おっきーのにヨーヨー釣りやってるー!」とか言われちゃったじゃん! 

 もう俺恥ずかしくて死にそうだったよ⁉ 

 挙句の果てには「ねーねーお母さん、この人楽しいのかなー?」と純粋な目で見られました。お母さんの方も「え、あ、まあきっとなんかあるのよ……」とかもはや俺を憐れんでたよね? もう目が蔑んでたよね⁉ あぁーもう死にたいよぉー! 死にたいぃー。

 とまあ俺の恥of恥エピソードはこれくらいで、今俺たちは「お面屋」の前に足を運んでいた。

 「なんでまたお面屋なんか……」と愚痴をこぼしそうになったが、女性陣が「なんかお祭りっぽい!」とやけにテンションが高かったので大人しく同行した。

 月島も隣でやれやれといった感じで二人がお面を買う姿をじっと見つめている。


「ねーねー、そのー……光はどんなお面が私似合うと思う? 思った以上にたくさんあって決められない」


 確かにぱっと見でもそれ相応の種類のお面が屋台に並んでいた。勿論プリ〇ュアもあります。みんな大好きに違いないので一応伝えておきました。僕は大好きです! 映画館で必死になってペンライト振って応援してたよ!


「うーん……あんま俺気にしたこと無いからなー。正直どれでも似合うと思うが?」

「『なんでも』は嬉しいけど……ちょっとずるい。ちゃんとなにがいいか教えて欲しい」


 葉月はどうしても光の選んでくれたお面をかぶりたいらしい。伏目になりながらも、もう顔に「選んで欲しい!」って文字がこれでもかと羅列している。


「じゃあこれ」


 月島は一つのお面を手にして葉月に直接かけた。


「これって……」



「なんでまたイヌ?」


「なんで、とはまた答えにくいなー……」


「それって適当に答えたってことじゃん」


 葉月は両手をぎゅうっと体の前で握って月島に言い寄る。それに伴って月島の方は頭を少し掻きながら、一歩後ずさりする。


「イヌっぽいからだよ、葉月が」

「私がイヌ?」

「そうイヌ。なんかすごい特定の人には懐くし、言動とか見てても『あーイヌだなー』って思うこと多々あるし」

「それ褒めてないよねー」


 葉月は珍しく声を荒げて、ジト目になる。

 すると隣にいた楓が「でもでも!」となにやら楽しげな声を上げた。


「月島君の言う通り、葉月ちゃんはイヌっぽいと思う! あっ、勿論良い意味だよ?」

「か、楓ちゃん……まで私、そんなにイヌっぽいかなー?」

「うん、すごい仲良くしてくれてるし、あと可愛いし」

「楓ちゃんが言うなら……じゃあこれにする」

「本当に似合ってると思うぞ、葉月」

「あ、あーうん。光もありがと」


 月島の言葉に悪意が無いと見えたのか、楓は大人しく勧められたイヌのお面を持ってレジの方へと向かっていった。

 ちなみに……レジに行く時と、レジから帰ってくる時にすごい嬉しそうにスキップを刻んでいたのはまた別の話。


「どうした葉月? なんかレジ言ってる間に良いことでもあったか?」


俺が不思議がるように次の屋台に向かう最中に聞いてみたのだが、返ってきたのは


「ふふーん♪ なんでもないよーだ」


というなんとも幸せそうな本音だった。


幸せなら手を叩こう。

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