(5)

 21日。

 また次の次の日の水曜日、時刻はお昼。

 ぐうとお腹がご飯を待ちわびる中、私、中野葉月は、こっそりと教室を抜け出して、屋上にあるベンチに腰を掛けて光を待っていた。

 事の発端はおとといの日直の仕事の後。私は意を決して光とお昼を一緒にする約束を取り付けていた。

 以下、その拙い会話。(原文ママってやつ?)


「……ねーね光?」

「どうした、葉月?」

「せっかくの機会だし、話すのも久しぶりなっちゃたし、明後日のお昼一緒にどう、かな?」

「うん、全然いいよ。場所はどこにする? なるべく……人目に付かない所がいいだろ?」

「そ、そうだね……じゃあ屋上なんてどう? 私、友達に屋上の鍵を部で管理してる子いるからその子に借りて……どうかな?」

「おっ! 屋上でお昼とはいいね~。風情があるね~」

「じゃあ明日の昼に。あの……じゃあ、部活頑張ってね」

「おう。サンキュー!」


 終わり。

 もうわざとらしくなってないかなって心配で、光にバレないかすごいドキドキした……まあ結果、あんまり疑ってはこなかったし、了承も得たので良しとしよう。

 本当はそれこそ楓ちゃんと秋宮君も誘うつもりだったんだけど、話し合った結果、やっぱり二人で食べた方が良いということで、結局私一人になった。

 今日はやけに空が澄み渡っている。

 雲一つない蒼に私の心まで洗い流されるかのような、清々しい気持ちがした。

 相変わらず、足元には何処からか待ってきた桜の花。

 ふと気になってそれを一つ拾い上げて鼻の近くに持ってくると、すうっと、花とか樹とか土の、そう。春の匂いが体に沁みていった。

 そうやって心を穏やかにしていると「ガチャッ」と扉が開く音がして、視線を移すとそこから光が姿を現した。


「ごめんごめん。ちょっとクラスの奴に絡まれててさー」


 どうやら急いで来たらしい。ゼーゼーと、少しばかりか肩で息をしているのが見て取れる。


「全然大丈夫だよ。じゃあほらっ、早速食べよ?」

「悪いな、弁当まで用意してもらって……ってなんだこれ⁉ すごい豪華じゃん……!」

「今日は頑張って、光の好物を栄養バランスよく入れてみましたー」


 実は昨日の約束の中で私は光分の弁当も用意しておく、ということも取り付けていたのだ。

 しかも光に弁当を作るのはこれが初めてじゃない。なんなら中学生のころなんかは、月一程度で作ってあげてた気がする。


「おっ! 俺の好きな卵焼きじゃーん! もうこれ食べていいか? お腹がすいて力が出ない」

「いただきます、をちゃんと言ってからね?」

「いただきまーす…………んっ!」

「どう、光? おいしい?」


 光は食べ物の中でも特に「卵料理」、そして更にその中で「卵焼き」が大好きなのだ。それ故に私が弁当を作る時は毎回のように卵焼きを入れてたんだけど……なんせ作るのが久しぶりだから光の口に合うかどうか……

 光の反応を恐る恐る待っていると、


「マジでうまいです、葉月様」

「ほ、本当に⁉ 良かった~、口に合うか心配で」


 私の不安を一瞬で晴れさせるような、それはそれは最高級の言葉が心に響いた。


「いやマジでおいしい! ここ最近で食べた料理で一番うまい!」

「そ、そこまで褒められると逆に恥ずかしい……」

「そんなこと無いよ。もうこれは自慢した方が良いレベル!」


 思った以上に好評らしく、光は更にもう一口ぱくりと食べながら弁当に夢中になっている。

 本当に良かったー……まだ昨日しか話してないけど、なんだかいい感じな気がする。これもまた、幼なじみのおかげ、なのかな?

 そんな様子を横目に私も弁当を食べ始めた矢先、ふと光が食べるのを止めて少し微笑んだ。


「そう言えば、こうやってご飯作ってもらうのも久しぶりだし、こうやって連日学校で話すのもいつぶりだ? 高一の時もあんましなかったな。休日はたまに遊んでたけど」

「確かにそうだね」

「まあ高校生になってお互い予想以上に忙しくなったからな……なんかこうやってると懐かしいよ。昔を思い出したみたいで」

「うん。高校になってからは思ってた以上に、予想以上に! 光の部活が忙しくなっちゃたから、なかなか話す機会もなかったもんね」

「ちょっと言葉に毒を入れるの止めなさい。折角、葉月のおいしい弁当食べてるのによー」


 やや声を張り上げて、むかあっとした表情を向けてくる。


「ごめんごめん。ついつい……」

「ほんと、昔から直す気ゼロじゃん。その言い方。あんまり俺以外の所ですんなよ?」

「しないよ、光以外にこんなこと」

「逆にそれはそれで、俺への集中砲火やん」


 そこで、っふっふ、っはっは、と二人して微笑する。

 なんだか顔が熱い。今日は比較的涼しい……だってほら、桜だって舞っているのに。


「でも、話す機会が減ったのはこっちが悪いよ。私、まだ臆病なところ改善して無いし……」

「そんなこと無いよ」

「あるよー。しかも高校になってより一層光の周りに人増えたし、結構イケイケな人も中学校の時より増えたし……余計近づけなくなった」


 他人から良く言われるイメージ通り、私は人よりも人見知りなのであんまり大勢の人がいるところには行きたくない。でも光の周りには一杯……理不尽だ。


「それはごめん、としか言いようがないなー……すみません」

「あ、ううん。怒ってるとかじゃないから。私の気持ちの問題だし……」


 そこで切ろうかと思ったが、やはりここでも私の中に潜む小さな悪魔が心にささやいてきた。

 「でも」と不自然にならない程度に、言葉を続ける。


「このまま光と学校で話す機会も減るのも少し寂しい、かな……」


 わざとそんな弱い言葉を口にしてみる。


「それは勿論俺もだよ。やっぱりたまに葉月とはこうやって話したくなってくるんだよなー。もう昔からの名残だよ、こうなるのはさ」

「……じゃ、じゃあさ。これを良い機会にもうちょっと普段でもこうやって話してみない? 週末だけ、とかじゃなくて。学校でも!」

「俺は全然良いけど……葉月は大丈夫なのか? 俺の周りに人いるのは変わんないけど……」

「うんいいの。これも、昨日言った目標を達成するための大きな一歩だから!」


 「それはどっちの?」なんてこと光に聞かれたらどうしよう、と心の中ではソワソワしていものの、光の返事は率直。


「なら頑張るしかないな」

「うん!」


 その一言だけで、私は報われたような気がする。


「じゃ、じゃあさ。明日もここで昼ごはん食べない? 今度は……四人で!」

「四人? 俺と葉月以外の二人って?」

「同じクラスの楓ちゃんと秋宮君。最近、ふとしたことから話すようになったんだよね」


 勿論、悩み部のことを光に知られてはいけない。慎重に約束を取り付けようとしてみる。


「楓と秋宮とは、また変わったメンツだな」

「光は嫌だ?」

「いや、全然オッケーよ。楓とも話したこと全然あるし。秋宮は……ちょっとあいつ、なかなかに面白そーなんだよな」


 光は悪そうな顔をしてにやける。

 秋宮君、なにしたのかな。君の知らない所で、なんか興味持たれてるけど大丈夫かな……まあ秋宮君のことだしいっか。(丸投げ)

 と、上手い具合に話を進められて内心喜んでいると、光がにかっと笑う。

 そして、私の頭にその大きくて優しい手をポンと。


「ただ! 無理はするなよ? 我慢して、昔みたいにどうやって人と話したらいいか分かんなくて泣き出すなよ?」

「――ッ! そ、そんなことするわけないよ⁉ ど、どんだけ昔の話してるの⁉ 思い出させるの止めてよ、今はそんなことないですぅー!」

「ごめんごめん、いつものお返しが」

「むむむ……もう手どけてってば……」


 飛んだカウンターを喰らってしまった。光の手、前よりも温もりがある気がする。

 当時の私が脳内に鮮明に映し出されて恥ずかしさで頬が熱くなるのをまた感じる。

 私、さっきからどれだけ顔赤くなっちゃってるのかなー……恥ずかしいからあんまり見ないで欲しい。

 でも、私だけを見て欲しい。私以外見られないくらい、私を求めて欲しい。


「もういいもん! ほらっ! 弁当冷めちゃうから早く食べなさい」

「へい」


 そんな本心が現れる自分を隠すように、私は強引に食べることを促す。

 ……でも、本当にこうやって光と学校で話すのは久しぶりだ。

 それを考えると……私はなんだか、今この瞬間をこうやって普通に光と話せているのが嬉しくて仕方ない。

 今すぐにでも屋上からこのどこまでも広がる青空に向かって叫びたい。


 ――もっとそばにいたい。


 ――もっとそばであなたを見ていたい。


 そんな想いが膨れ上がって。

 私は自分の弁当箱から卵焼きを一つ、光の弁当箱にひょいと入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る