ヒーロー その⑨

 暗い。

 くらい、くらい、くらい。まるで黒いゴミ袋の中のような闇の中。

 暗すぎて、自分の輪郭さえ捉えられない。

 どこからが自分の身体で、どこからがただの暗闇なのか、それすら判別ができない。

 まるで、自分は死んでしまったかのようだ。

 知らなかった。一切の光が皆無の暗闇って、こんなに、いや当たり前なんだけど……暗いんだ。


 そして────……


 さて、そんな重圧さえ感じる闇の中に、わたし、佐藤春香は独り浮いていた。

 あの宇宙人に襲われてからどれだけ経ったのかさえ、今のわたしにはわからない。

 闇って凄い。空間だけじゃなく時間の感覚までもおかしくさせるんだ……。う、なんか今の台詞は厨二っぽいぞわたし。この年で厨二は流石に恥ずかしい。

 いやそうじゃなくて。

 そう、そうじゃない。今考えるべきはエビちゃんのことだ。

 あの子は無事なのだろうか。わたしが不甲斐ないばかりに、あの顔面モザイクビッチにエビちゃんを奪われてしまった。この暗闇のどこかに、あの子もいるのだろうか? それともアイツにナニカ……されていたりして……。

 悔しい。色んなことが。非力な自分。たった一人の幼い命を守れもしない自分。形離さんの信頼を裏切ってしまった自分。口先だけの自分。ああもう、本当色んな、色んなことが悔しくて惨めで嫌になる。

 ……いけない。

 今は自己嫌悪に陥っている場合じゃない。何とか脱出してエビちゃんを助ける方法を見つけ出さなければいけないのだ。

 ………………………………………………でも、無理だ。最初は息まいて頑張っていたが、その熱意をこの暗闇は根こそぎ奪っていく。

 だからいつしか頑張りは虚勢に変わり、虚勢は現実逃避へと堕ちていった。

 ダメダメ連鎖の真っ最中。ホント自分が嫌になる。

 でもそれもまだマシな状況。

 この現実逃避さえ剥がれ落ちて、その後に待っているモノを思うと、わたしは、わたしは……。


 ────怖い。


 そう、わたしは今、どうしようもなく怖いのだ。

 暗くて、くらくてくらくてくらくて、怖い。

 暗くて怖くて、たまらない。

 この黒いゴミ袋の中のような暗闇にとじ込められてからわたしはずっと、本当は怖くてたまらない。


 


 そんな当たり前だけど、生物にとっては致命的な恐怖が……わたしを狂い殺す。

 だから現実逃避さえ無理になって、この暗闇と真に対峙しなければならなくなった時、わたしはきっと壊れてしまう。発狂する。取り返しのつかないくらい、惨めに、あっけなく。

 ああ、だから、ダカラ、だから────……。

 怖い。怖いの。ここは暗くて何も見えなくて何もわからなくて自分がまだ生きているのかさえあやふやで怖くて怖くてだから怖いし怖いから怖いのをどうにか怖くして怖さを怖めに怖くも怖いと怖れて怖いから怖いと怖さが怖めに怖い怖い怖い。……怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖怖■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


 ────……助けて。

 

 人生最後の……人間らしい悲鳴を上げる。それでもやっぱりこの暗闇でも、わたしの悲鳴はヒーローにも聞こえない。


 なのにわたしは、


「助けて、形離さん!!!!」


 最後の最後に、彼の名前を叫んでいた。そして、


「もう大丈夫」

「────え?」


 誰にも聞こえるはずのないわたしの叫びは……噓みたいに優しく包み込まれていた。

 暗黒だった世界は搔き消え、光溢れる世界へと自分は帰還していた。


「すみません、遅くなりました」


 目の前にいたのは、右半分が破けたヒーローの仮面を付けた人。


「うあああああ、うああああああ」


 泣き声が、聞こえる。

 わたしの腕の中で泣く声。それは決して幻聴などではなく、確かにわたしの耳朶をなびかせるというか若干痛くて。

 それから強烈な夏の匂い……花火だろうか?それが鼻を刺激して、余計なにがなんだかわからなくて混乱する。


「え、え」


 けれどわかることもある。闇が、晴れていた。

 あの怖くてしかたなかった黒いゴミ袋の中のような闇が、今はもう噓のように晴れていたのだ。


「……形離、さん?」


 口にしたその名前は、暗闇の中で叫んだ名前の人。

 その名前の人は、どういうわけか焼け焦げた赤いヒーロースーツに身を包み、今も震えるわたしごとエビちゃんを抱いていて……重いだろうにそんな気配を微塵もみせずに抱きかかえてくれていた。


 いわゆる、お姫様抱っこというやつで。


 わたしは何がなんだかわからなかったが、それでも一つだけわかることがあった。


「はい。不肖花坂形離。大変遅刻してしまいましたが、二人を助けに参りました」


 ────ヒーロー形離さんが、わたしを助けだしてくれたのだと。

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