2-5 着せ替え人形トワちゃんと初めての敗北

 いやー、いい仕事した。アズーラ夫妻にも気に入られちゃって、新しい馬車に追加の馬の手配までしてもらっちゃって。

 異世界ライフのスタートとしてはこれ以上ないくらいなんじゃない?

 今日はそんな異世界ライフでの次なるイベント、バザールの開催日だ。

 

「さぁ、目標は七割販売だ!頑張ろう!」

 

 いつになくテンションが高いアランが、声を張り上げる。

 それもそのはず、夢だった旅商人としての第一歩なのだから。

 

 二人はギルド指定の販売スペースに連れてこられた。当たり前だが私たち以外にも多くの出店が並んでいて、軽くお祭り状態になっている。

 トワが他の店の商品を見ている間も、アランは品物であるケルグの毛織の服を広げて客の呼び込みを始めている。

 いや、私は別にサボっているわけじゃないぞ。今回はちゃんと仕事があるんだから。

 

 トワは顔を屋台で買ったブラックウルフのお面で隠し、普段羽織っている灰色のローブは脱ぎ捨て、腰に手を当てて店頭の前に突っ立っている。

 

 仕事というのはマネキン。客寄せパンダってわけ。

 

「はぁ、はぁ……サイコォー。次こっちのエッロいの着てみようか……」

 

 着替えなんか一人で出来るからいいと断ったのだが、店の手伝いとして付いてくれているギルドの女性職員の目付きがちょっとヤバい。

 で、断りにくい雰囲気だったから着せ替え人形にされているんだけど、普段なら絶対に着ないような胸元が危ないやつやら、背中の防御力がゼロなやつなども着させられる羽目になった。

 

 ――クソぅ、人のことおもちゃにしやがって……

 

 通りかかったお姉さんや、着替えの時にギルドの女性職員にベタベタ触られるのは全然いいのだが、男どもにエロい目で見られるのは、ぞわりとするものがあった。

 体は美少女でも心は男なんだから。そういう気は無いっての。

 

 それでも、屈辱的な目に遭った甲斐はあったのかな。店頭に並んでいる服は飛ぶように売れている。

 まだ初日、しかも始まって数時間。であるのに、あと一着で完売……あ、売れた。

  

「……うそ、だろ……いつもは最終日まで粘って七割だったのに。

 ありがとう、トワちゃん!君のおかげだ!」

「え、いや。私はただマネキンしてただけですけど」

「いや、これは絶対君の魅力のおかげだ。本当にありがとう!」

 

 私の魅力のおかげ、だってさ。顔は隠してたんだけどな。体だけ見られてそんなことを言われても、なんだか複雑だ。

 アランはお礼を言いながらトワの手を握ってブンブン振っているが、そろそろ腕がもげそうなので辞めてもらいたい。

 そうそう。あの変態ギルドの女性職員にも一応(着せ替え人形にされた件は置いておいて)お礼を言っておいたのだが、去り際にこんな事を言っていた。 

 

「いいのよー。私もエネルギー補充出来たから!ああー!捗るわー!!!」

 

 本当にヤバい人だったみたいだ。頬を紅潮させながら涎をダラダラ垂らす姿はあまり見せられたものでは無い。

 警察、じゃなかった。衛兵に捕まらない事を祈るばかり。


 さて、売りが終わったら今度は後片付けだ。積み下ろしの時とは違って、空の木箱なら非力な腕でもなんとか持ち上げることができる。もう置物とは言わせないぞ。

 それが終わる頃にはもう夕暮れ。いい感じに夕飯時になった。

 

「屋台のものばっかり食べていたから、今夜は宿の夕食にしてみようか」

「あ、そうですね。食べ歩きが楽しくてすっかり忘れてました」

 

 宿の食事だって楽しみにしていたのに、私としたことが。



「女将さんただいま。夕食を二人分頼むよ」

 

 宿に帰った二人は、開口一番に夕食のオーダーをした。

 女将さんは流れるように席に案内し、すぐにメニューが手渡され、続いて食べられない物の確認をされる。 

 

 さて困った。アランは迷わず「ありません」と答えたが、トワは体が変わってしまっているのだ。そんなもの分からない。


「多分、大丈夫だと思います」

 

 ま、きっと大丈夫さ。それに、もしなんかあっても回復魔法があるしどうとでもなるでしょ。

 と、今までアレルギーに悩んだことの無いトワは軽く考え飛ばした。

 そしていざメニューを見て注文するのだが、何が何だかさっぱりだ。字は読めるのだが、だからといって料理が分かるわけでもないだろう。そういう事だ。


「僕は今日のオススメを頼むよ。トワちゃんは決まった?」

「じゃあ、私もそれで」

 

 まあ、何が出てくるか分からないというのも、闇鍋をつつく感覚で楽しいかもしれないからな。

 それから待つこと十数分……

 

「おまたせ!オススメ定食のオーク肉のガーリック炒めに、パンと野菜スープだよ」

 

 ――お、オーク肉!ついに出たかオーク肉!

 オススメ選んで良かった!これは間違いなく当たり!


 テカテカと輝く肉塊に、タレとニンニクの香りも相まってとても美味しそうだ。

 

「いただきます!」

 

 二人の間では恒例となった挨拶で食事を始める。

 

 ――……うんまぁーい!!

 なんだこれは!?噛むたび噛むたび肉汁が溢れ出すのに全然くどくなくて、どんどん食べ進められるぞ!

 これは是非ともレシピゲット&オークの乱獲をしなくては!

 パンは……ちょっと固いけど、野菜スープにつければ優しい味がほんのり広がってなかなかイけるな。

 

 あとで絶対にレシピを聞き出そうと心に決め、今は目の前のお宝オーク肉にかぶりついてゆく。

 

「ごちそうさまでしたー」 

 

 早速レシピを聞きに行くと、「皿洗いを手伝ってくれたらいいよ」と簡単に承諾された。 

 普通は教えてくれないものだと思うのだが、子供だからと情けをかけられているのだろうか?

 なんだか釈然としない気分になりながらも、無事にレシピを入手できたのでキラキラとした笑顔でお礼を言い、アランの元に戻る。

 

「オーク肉のガーリック炒め、レシピゲットです!これからの夕飯が楽しみだなぁ」

「ハハハ……もはや才能だね」

 

 次々とレシピを盗んでくるトワの手腕に、凄いを通り越して最早呆れ気味である。

 


 食後に待っているのはお風呂だ!

 と言っても、銭湯とかそんな素晴らしいものは無いため、魔法で簡単に済ませるのだ。

 宿屋の裏庭でアランに『洗浄ウォッシュ』と『弱風撃ライトウィンド』をかけてもらい、さっぱりする。

 これだけの事だ。

 トワは便利な魔法だなーと関心していたが、アランは顔を真っ赤にして自分と戦っていた。

 

 ――服着たままなんだから、そこまで照れなくてもいいのに。

 

 トワは自分が女になってしまったため鈍ったのだろうが、濡れ濡れスケスケはアランにとってかなりの刺激だったようだ。

 

 魔法で体も綺麗になったところで、あとは寝るだけなのだが……

 ここでもアランは「落ち着け、平常心だ平常心」とブツブツ唱えながら自分と戦っていた。

 流石に、少し可哀想かな?

 

 

 そんな葛藤はどこへやら。アランはすやすやと寝息をたてていた。

 しかし、何故か今度はトワが戦っていた。

 ただ、戦っているのは自分とじゃない。強烈な吐き気とだ。

 

 ――やばいなんだこれ……気持ち悪い、フラフラする……

 

 今まで体感したことがないような強烈な不調を感じ、本能的にやばいと察知する。これは、もしかしてアレルギー?

 

「アラ……たすけ……」

 

 アランを起こそうとしたが耐えきれず、途中で吐いて気を失った。

 

「ん?トワちゃんどうしたの?ッ!?」

 

 トワがドサリとベットに倒れ込み、アランはその揺れで目を覚ます。彼の目には、青い顔で今にも死にそうなトワが映ったことだろう。

 

「トワちゃん!?なんだこれすごい熱じゃないか!

 とにかく病院に!」

 

 アランはトワを抱きかかえ、宿を飛び出す。

 

 時刻はもう深夜。それでも緊急性が高いと判断され、病院ではすぐに治療が始まった。最終的には高位の治癒術師まで呼び出されることに。

 

『聖なる水よ、かの者に恩恵を与え、傷を癒し、命を救いたまえ。聖なる癒しセイクリッドヒール

 

 初級中級ときて上級。それの更に上の神聖回復魔法の効果は凄まじく、今にも死にそうだったトワの状態はみるみる良くなってゆく。

 

「もう大丈夫だと思いますけど……」

 

 治癒術士は言葉を途切れさせた。それに嫌な気を覚えたアランが詰め寄り、本当に大丈夫なのかと問いただすが、彼女は落ち着いてとアランを諌める。

 

「体の方は完治しているので大丈夫です。ただ、回復魔法の効力が半分くらいしか発揮されなかったというだけなんです。紛らわしくしてしまってすみません」

 

 トワは無事助かった。が、治癒術士はこんな経験は初めてなのだそう。不思議そうに首を傾げている。

 だがとりあえず、もう安心ということでいいだろう。

 医者は治癒術師を下がらせ、何があったのか確認するためにアランを椅子に座らせた。

 

「なるほど。寝る前まで元気だったのにいきなり体調不良を訴え、吐いて倒れたと……夕飯は何を食べましたかな?」

 

 聞かれることに全て正直に答えていくアラン。

 そんな時、医師の元に一枚の羊皮紙が届けられた。

 それを見た医師が再度尋ねる。

 

「夕飯で、肉料理の方にニンニク。野菜スープの方にはネギが入っていたんですよね?」

 

 その口調は何かを確信しているようだが、反面、表情はとても困惑しているように見える。

 

「はい。確かに入っていました」

「……獣人族の方が同様の症状に陥り、運ばれてきたことがあります。

 その時に原因を調べ、ネギやニンニクが引き起こしたものだと結論が出ているのですが……」

「獣人族がですか?でもトワちゃんは……」

「ええ、彼女は人族であるはずです。

 身分証にも人族と出ているのですから、それは間違いないでしょう」

「では、なぜこんなことに?」

「……原因不明です」

 

 その後も、トワが目を覚ますまで質問が繰り返されるが、結局原因は分からず、獣人族と同じように口にするものに制限をかけるということで話は纏まった。

 

 

「本当に、ご迷惑おかけしました」

 

 死ぬ寸前という感じだったのが嘘のようだ。飛び跳ね、スキップだって出来る。今はやらないけど。にしても回復魔法の効果は恐ろしいな。


 病院からの帰り道、アランに食べてはいけないものを何度も言い聞かせられた。トワ自身も、あんなに辛い思いはもう一生したくないのでしっかりと頭に刻み込んだのだが……

 

 ――あーあ……オーク肉のガーリック炒め、ほんとに美味しかったんだけどなー。

 

 そうなのだ。お宝とまで言えるほど美味しかったものが食べられないと判明したのだ。

 ダメと言われても美味しいものは美味しい。本当に残念だ。

 

 ――ん?いや待てよ。時間魔法で巻き戻せば食べられる、か?

 いや、ダメか。勿体ないもんね。

 

 味わうことだけなら可能ではある。しかし、巻き戻したものはどうする?一度トワのお腹に入ったものだ。誰かに食べてもらうとしても、コレは嫌だろう。

 悔しいが諦めるしかないのだ。

 これまでやりたい放題やってきたトワの初めての敗北である。

 

「初めて敗北が食べ物とは……なんだかなぁー……」

 

 そんなことを漏らしてしまうくらい微妙な気持ちであった。


――――――――――

アレルギーは酷いものだと本当にヤバいです。ガチのマジで軽視しないように!

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