1-1 孤独と出会い。そしてまた孤独へ

 本編開始です。

 1-1、2は胸糞微グロ注意かもです。m(_ _)m

 ―――――――――――


 僕には家族や友達、恋人といった人はいない。

 

 父は僕がまだ小さい頃、殺人の罪で死刑になり、母は僕が小学二年の夏、過労で亡くなった。

 母は、遺族への賠償金や生活費を稼ぐために、毎日毎日、殆ど寝ずに働き続けたのだ。

 そんな少年時代だったからか、あまり母と会うことはなく、遺体を見た時ですら、どこか他人事だった。

 

 それから中学卒業までは、児童養護施設で暮らすことになる。

 ずっと独りで過ごしてきた僕は、施設で同じような境遇の子供たちに囲まれるが馴染めず、次第に誰からも相手にされなくなってゆく。

 

 それでもあまり辛いとは感じない。

 なぜなら、施設には沢山の本が、物語があるからだ。

 今までは本なんて殆ど読んだことがなかった。

 読んでも読んでも無くならない物語に没頭し、自由な時間は、庭の隅で本を読んで過ごす日々が続く。

 

 そんなある日。

 

「うわっ!?」

 

 驚いて本から顔を上げるとそこには、真っ白な体に真っ赤な瞳の子犬がいた。どうやら脛を舐められたらしい。

 犬と遊んだことなど無いが、ひとまず頭を撫でてやり、近くに落ちていた木の棒を投げてみる。

 すると、何も言っていないのに、投げた木の棒を咥えて戻って来るではないか。

 

「お、すご……よしよし、いい子だねー」

 

 この時、初めて可哀想な子として扱われることも無く、一緒にいて嫌な気持ちにもならない存在と出会ったと思った。 

 それから、その子犬は毎日施設に遊びに来るようになり、僕も子犬と遊ぶ時間を楽しみにしている。

 

「ずっと一緒にいられたらいいなって願いを込めて、きみの名前は〈トワ〉だ!」

 

 よく遊んでいるのに名前の無いのではおかしいと思い、その子犬にトワという名前を付けた。

 そして、僕たちは兄妹のように一緒の時間を過ごす。

 

 

 暫く時が過ぎ、僕は中学を卒業して、高校への進学を許して貰える事となった。トワが来るまで、毎日のように本を読んでいたから、その知識で多少なりとも頭が良くなったのかもしれない。

 高校生、16歳。つまり、バイトができる年齢にもなったのだ。そこそこな時給が貰えるところで働くこと数ヶ月。

 ようやく一通りの家具家電と、家賃を払えるまでのお金が貯まった。

 僕は念願の一人暮らしを手に入れたのだ。

 

「えっと、ここだよね?施設と比べると少し……いや、結構ボロいけど……まぁいっか!」

 

 これから生活する事になるアパートは、施設の人の親戚が大家をしているものだそうで、庭でいいならトワを飼ってもいいと許可が貰えた。高校生が持つ端金でペット可の物件はなかなか見つからなかったから、本当に有難い。

 このボロアパートからトワと一緒に新しい人生を始めよう。

 そう決意した。

 

 

 ……決意したよ。そう、したはいいんだけど、どうしても友達というものは出来ない。流行とか詳しくないし、遊ぶお金も無いんだから、仕方ないっちゃ仕方ないのかも。

 それでも幸せなんだ。

 だって、家に帰れば大好きなトワと、ずっと一緒にいられるのだから。

 

 こうして、放課後はすぐに帰ってトワと過ごすかバイトに勤しむという、ささやかだが幸せな日々を過ごしている。 

 そんなある日、バイト先が休みだということで丸一日休日ができた。

 

「トワ、明日はお休みだからどこか行こっか。

 んー……ちょっと遠くの公園にでも行ってみる?」 

「ワンっ!」

 

 僕にとってトワは妹みたいな存在だが、もちろん犬なのでワンかウーかしか答えない。

 だが、それでも十分。 

 

「よしっ!じゃあ明日は楽しみにしてろよー。

 疲れて動けなくなるまで遊ぼう!」 

 

 わしゃわしゃと頭を撫で、ドッグフードをボウルに出してゆく。トワの真っ白な毛が夕日を反射してキラキラと輝いていて、本当に惚れ惚れするな。

 僕はトワの背中に顔を埋め、ゆっくりと彼女に囁いた。

 

「いつか、色んなところに行こうな。

 お金が貯まったら、一緒に世界中旅行するなんてのもいいかもね……それじゃ、また後で」

 

 美味しそうにエサを頬張るトワはワフッと元気よく返事をして、僕も宿題やら夕飯やらを済ませるため、部屋へと戻る。

 

 

「ギャン!!!」

「ハッすっげー声でたぜ!」

 

 夕飯を食べていた僕の耳に、よく知る声の、だが一度も聞いたことのない声が飛び込んでくる。

 

「やべッ飼い主出てきたじゃん」 

「オラー、逃げろ逃げろー!ハハハッ」

 

 部屋を飛び出した僕の目には、金髪で柄の悪そうな二人の男と――血まみれで倒れているトワが映った。 

 

「トワっ!?」

 

 彼女は呼びかけても、ピクリとすら動かない。

 

「ウソだ……そんな、そんな……あ、病院連れていかなきゃ」

 

 幸い、病院は徒歩五分くらいの位置にある。

 僕は血まみれのトワをなるべく揺らさないように、それでいて、全速力で病院に向かった。

 涙でろくに見えなくなった目を擦り、何度もトワに呼びかけながら、必死に。

 

 

「トワをッ、トワを助けてくださいっ!」

 

 病院に着くなり、大声で受付に駆け込んだ。

 

「申し訳ありませんが、当院で動物の処置はお受け出来ません。あ、それに……もう」

 

 受付の女性は、トワの光を映さなくなった瞳と、だらんと垂れた舌を見て冷たくもそう言い放つ。

 その言葉を聞いて、膝から崩れ落ちた。

 血の気が引くというのはこういう感覚なのか……

 そんな時、エントランスでの騒ぎを聞きつけた医師が駆けつけて、専門では無いにしろ、診てはくれる事となる。

 

「ん……何ヶ所も刺されているね。

 それに、この傷は心臓にも届いているね。可哀想に……」

 

 この人は何を言ってるんだ?心臓を、刺された?

 ダメだ、もう何も聞こえない。

 

 ――トワが死んだ?

 なんで、こんなことに?

 もう、トワには会えないの?

 

 それは、僕の心がすっぽりと抜け落ちてしまったような、そんな感覚だった。

 

 

 

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