第5話 恋のキューピットは不要なようで

「いやっ! もう笑い事じゃないから……!! いつからいたの!?」

「猫又さんの飛んでくるとは思わなかった辺りからです」

「結構序盤からいたんだね! いたなら言って欲しかったな!」


よほど私に見られたことが恥ずかしいのか、真っ赤な顔でいつもよりオーバーなリアクションを見せる天狗さん。

先ほどまでの紳士さはいずこへ。

思わずそう口に出してしまいそうになるほどの変わりように、私だけでなく猫又さんも驚いているようだった。

とはいっても、私たちは小声で喋っているからか話の内容までは聞こえていないらしい。

私と天狗さんが話している内容が気になる猫又さんは、分かれた尻尾をふよふよ動かしている。


「その、あの……多分バレてるだろうから言うけど。僕は猫又と……つ、つつ付き合いたいとかそんなんじゃなくて、ただ一緒にいたいだけだから、協力しようだとか別に気にしなくていいよ。というか忘れて……!」

「…………えっ」


ようやく落ち着きを取り戻したピュアっピュアな天狗さんが、顔を赤らめながら協力はいらないと告げる。

その宣言に私は酷く打ちのめされた。

なぜなら、ピュアさ滲み出るこの二人組を、死ぬ気で推したいと思っていたからである。

何なら縁の下の力持ち的な役割で、二人の仲を深めさせたいとまで思っていた。

だというのに、天狗さんは付き合いたい訳では無いと言う。

そばにいられたらそれでいいのだ、と。

嬉しそうに少し恥ずかしさを含みながら言った天狗さんに、私は雷に打たれた時の如く衝撃を受けた。


今まで読んできた少女漫画に、そんなセリフを言ったキャラはいなかった。

皆が皆「あの子と付き合いたい」と言って、実現させるために努力をする。

その努力の末に結ばれる、素敵なことだと私は思う。

しかし、それなら一緒にいたいと願う天狗さんは努力をしていないのかと問われれば、それも違うと思うのだ。

漫画の少女たちが付き合うための努力をしているのだとしたら――天狗さんは、猫又さんと一緒にいるための努力をしているのだから。


こちらが一方的にそばにいたいと思っていても、相手がそう思っていなければ自然にふわっと離れていってしまう。

他に大切な人ができたり、嫌われたりと理由は様々だ。

もちろん心境の変化だけでなく、環境の変化もあるだろう。

――つまり、いつ離れ離れになるか分からない、それも気まぐれでいつこの町から出ていってもおかしくない猫又さん相手に、天狗さんは奮闘しているのだ。

一緒にいられるように、いて楽しいと思ってもらえるように。

……とまあ、勝手にそう考えたのだが、天狗さんが言うように私の協力なんていらないのかもしれない。

天狗さんは気づいていないだろうけれど、先ほど二人が話していた時の猫又さんの表情を見るに、彼女も同じ気持ちを抱いているように見えた。

心底楽しそうに、尻尾を揺らしながら相槌を打っているように。

――これならきっと。


「恋のキューピットはいらなかったようですね」

「きゅうぴ……?」

「ふふ、なんでもないです」


彼らのカタカナに対する知識は相変わらずのようで、私は思わず笑みを浮かべる。


「猫又さん、一緒に夏芽さんのとこ行きません? この前のトランプのリベンジをしに」

「とらんぷ?りべんじ……? む、難しい単語を使うんじゃないよ。……まあ、ちょうど夏芽に顔を見せてやろうと思っていたからねぇ。良いよ行こうじゃないか。ほら、天狗! ぼさっとしてないで運んでおくれよ」

「え、ええっ? 僕は運搬係じゃないんだけどなぁ……」


ポリポリと頬をかきながら、嬉しそうに笑う天狗さんを見て、私はやはり応援したいという気持ちになる。

彼の人柄故か、例え付き合いたいと望んでいなかったとしても、せめて仲を深めるお手伝いくらいはさせてほしいと思わせるのだ。

私と夏芽さんの仲直りを手伝ってくれた時のように、今度は私が。


「あっ、あー! そういえば私、家にこれ置いてから行かないとなので、先に"二人"で行っててください」

「おや、そうなのかい。それじゃ天狗行くよ」

「う、うん」


棒読みでそう伝えれば、猫又さんは素直に受け取り天狗さんの上に乗って飛ぶよう催促した。

しかし、乗られた側の天狗さんは真っ赤な顔で私を恨めしそうに見る。

きっと心の中では「百合ちゃんめ……」と呟いていることだろう。

私は私で企みが上手くいき、口に手を当ててバレないようにニヤニヤ笑った。

天狗さんの黒くて艶やかな翼が、バサリと広がり青い空へ羽ばたいていく。


ああなんだ、意外と共通点あるじゃないか。


「百合ー! 後でちゃんと来るんだよー!」

「分かってますー!」


天狗さんの上で上手くバランスをとりながら手を振る猫又さんに、私も大声を出しながら手を振り返す。

さて、私も早く家にこれを置いて神社へ向かわなければ。

だんだんと手の負荷になってきているハンバーグの食材たちを一瞥し、家まで一歩、二歩とだんだん走る速度を速くしていく。

いた場所が家とあまり遠くない場所だったので、数分もすれば目的地である我が家に着いた。

体力不足の私の体は数分走っただけでも悲鳴をあげ、膝に手をついて息を整える。

そして、早く神社に行きたいという気持ちが先走り、思いっきりドアを開いて母に大声で言い放った。


「お母さんただいまー。トランプ出してー!」



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